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元平民のいじめられっ子のお嬢様は、何故か王子の友人に出世しました。

作者: 橋姫

令嬢もの。流行ってますよねぇ!

自分も読むのが大好きで、思いついたので、なんとなく書いてみました!

私は、ぼんやりと外を眺める。

怒りを外に漏らすようにして、目の前の彼らとは顔を合わせないように。


「いつもいつもそうやって、冷めたように見下しやがって!お前は、僕らより格上だとでも思っているのか!」


しかし、それがカンに触ったらしい彼らは私に掴みかかると服で見えないようなところを殴る、蹴るなどしている。

まぁ、有り体にゆってしまえば、私。アリス=ローゼンシアはいじめられている。

つまらない、坊っちゃまお嬢様達に、よって。


「あら、本当にお似合いですわよ?その薄汚れたドレス。うふふ」


そう言って、私をあざ笑うお嬢様方。


(早く終わらないかしら…。終わったら記録用の魔術具を回収して、治癒魔術を使って…と後なんだろ。まぁいいか。)


もう、どうでもいい。どうとでもなれ。家に迷惑さえかからなければ、誰に何をされようと構わない。どこでもきっと同じだ。

家に帰っても、義母様がいる。

学校にはこの子達がいる。

どこでも、どうせいじめられる。


我が家、ローゼンシア家は代々続く伯爵家…らしい。

貴族の家の子がなぜこうも表立っていじめられているのか、というと私が本妻の子ではなく妾の子だからだ。

平民としてのびのびと育った私には、貴族のし絡みや、お付き合いなどわかるわけもなく、見事に浮いている。


そうこうしてるうちに、いじめがはじまり、私は国主催のパーティ以外で社交行事に出席することもせず、笑うことも少なくなっていった。


そもそもなぜ私が引き取られたのかと言うのは、後の機会に語ることにする。


「なんとか言ったらどうなのよ!?」


「あら、言葉を忘れてしまったのかしら?」


「人形みたいだな、お前。」


口々に言う彼らは、それが録画されている事など知りもしない。

何も反応を示さない私に飽きて、立ち去っていった。





私は、むくりと立ち上がると、無表情のまま、魔術具を回収する。

魔術具、なんて言葉から連想することができるように。ここには魔術というものがある。

属性は様々だが、今は割愛。そんな説明するの、面倒くさい!


魔術具の録画の映像を使って復讐を……なんて、想像するだけで実際にはやらないけどさ。

同じ穴のムジナにはなりたくないし!


「其方…なぜ何も言わなかった?」


背後から突然声がして、びっくりして振り返った。そこに立っていたのは私と同じく、10代前半の男の子。青みがかった白髪。黄金の光を宿す目。少し癖のある彼の髪は優しそうな雰囲気を醸し出す。キラキラしてて、ふわふわで、愛されて育ったんだなぁってひと目見てわかる。

きっと多分、私とは正反対。


「問に答えよ。なぜ、されるがままなのだ。なぜ何もせぬ?」


「…。」

口を開く。なんとか、声を出そうとした。

けれど、喉に支えて何も声が出なかった。


あれ?おかしいな?

なんで声出ないの?


オロオロと視線を彷徨わせ、私は口をパクパクとしたが諦めてうつむいた。


あれ…あれ?なんで??

私の声…出てよ。


恐怖からボロボロと涙がこぼれ落ちる。

あれ?泣くなんて私らしくない。


「ど、どうしたのだ!?」


突然泣き出した私をみて、男の子は慌てている。

私は必死に1語ずつ区切って大きく口を開く。


ー声が、でないの。


「なに?」


私の口元が何かを言おうとパクパクしているのをみて、彼はもう一度、と指を立てる。


ー声、出ない。


「声が出ない!?」


彼は、心底驚いたように、私をつかむ。

彼が掴んだ肩は丁度あざがあったようで、少し顔を歪めると、彼は慌てて「すまぬ!」と手を離してくれた。



「しかし、大丈夫なのか!?声が出ない…と言うのは元からか!?それが原因であのようないじめに…???」


まくし立てるように彼が言うが、流石に全部一気に答えられない。


心配してくれてるのはありがたいけど…。

どうしよう…???

伝えるの、億劫…。


あ。書くものとか何かないかな?


ジェスチャーでなんとか書く動作をして伝えたら、彼は慌てて紙とペンを渡してくれた。


ん?てかこれ、結構高そうなペンね?

私なんかが使っていいのかしら…?


そう、首を傾げたが、お貴族様にはこんなもの大したこともないのかもしれない。

そう思い直して、更々とペンで書いていく。


ー大丈夫です。お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません。声の方はつい、先程気がついたんです。私の声が出なくなってる…って。


「それは、大変なことではないのか!?」


ーかも、しれません。でも、私が言葉を交わしていいような親しき仲の方はいません。授業中に少し困る程度で、他は困りませんわ。


先生方とはそれなりにうまくやっているので、事情を言えばなんとかなるだろう。


「そ、そうか…。ならば、私から、先生方にお伝えしておこう。それくらいしかできぬのでな。」


申し訳なさそうに彼が眉を下げた。

その様子に、なんていい子なの…!と感動してしまった。


ーありがとうございます。でも、申し訳ないですわ。私事を人に任せるのは忍びないではありませんか。大丈夫です、一人でなんとかしてみせます!


そう言って、ヘラリと弱々しく作り笑いをすると彼は眉を潜めた。


「こんな時に無理して笑うでない。この事は私にも責任がある故、償いをさせてくれ。」


ん?償い?責任?

なんで???


そう思って首を傾げると彼は「あぁ、まだ名乗ってなかったな。」と小さくつぶやいた。


「フランツ=アズーリオ=クロイツだ。して其方、名は?」


ーアリス=ローゼンシアですわ。


その紙を見せながら、微笑んで腰を落として貴族の礼をしてみる。


「あぁ、よろしく頼む。とりあえず、先生方には話しておくから今日はもう帰るがよい。…と。その前に、医務室に寄って行け、アリス嬢。」



アリス嬢。そう呼ばれてむず痒い。だって私、元平民だし。にしても久々に呼ばれたな、名前。


ペコリ、とお辞儀をして私は足早に立ち去った。

頬が緩んでだらしない顔をしてしまってたと思うけど、仕方ない。

嬉しいんだもの。


優しさに出会えた事が。









コンコン、とノックをして医務室に入る。すると仏頂面をした男がこちらを見た。

この人は、ハーディ先生。22歳。黒髪にエメラルドグリーンの瞳。一見すると少しきつそうなイメージがあるが、その中身は面倒見がいい。いつも、私の傷を治療してくれるのはハーディ先生だ。


「あぁ、お前か。また回復魔術が必要かい?」


こくんと頷くと、はぁ…とため息を一つついて私の体を治療してくれる。


いつもだったら元気いっぱいに「ハーディ先生!私、負けないから!頑張るわ、ありがとうございました〜!!」と、治療の後何か聞かれる前に脱兎のごとく逃げ出すのだが、今回は声を出せないのでそれができない。


お礼を言わないのは人としてマナー違反だ!と母によく叱られていた為、きっちりしないと性に合わないのだ。


いそいそとメモを取り出して、書き込む。


ーハーディ先生、治療ありがとうございました!私、もう家に帰りますね。


その紙を見せると、ハーディ先生は少し怪訝な顔をする。


「今日お前変だぞ?どうしたんだ。なんで一言も発しない?いつもみたいに勝ち誇ったような笑顔も見せないな。」


勝ち誇ったような笑顔かぁ。

いや、喧嘩してたんじゃなくて一方的にやられただけなんだけど。

私の強がりはそんなふうに見えていたのね?


そんな事を思いながら、メモに書き込む。


ー実はさっき、私声でなくなったことに気がついて。だから、筆談くらいしかできないのです。親切な方がメモとペンを貸してくださって、使わせて頂いてる次第ですわ。



それを見たハーディ先生はいっそう険しい顔をした。

しまいには、「あいつら…〆るか?」などと物騒なワードが飛び出している。

そんなことをして、ハーディ先生がやめさせられでもしたらいやだ。


慌てて頭を振る。

それをみたハーディ先生は眉間にしわを寄せていたが、やがて諦めたようにため息をついた。


「まぁそうだよなぁ〜。お前はそういうやつだよなぁ。なんで、いじめをするような奴らをかばうような真似を…。」


はぁ〜。とため息をつくハーディ先生。


違うわ、誤解よ!あんなやつらどうでもいいのよ!

でも、先生に迷惑かけたくないだけなのに。


うーん、えっと、えっと。

どう言えばいいのかな?


ーハーディ先生にここをやめられたら寂しいです。私にとって、ハーディ先生は数少ない大切な方なのです。だから、私の事は私がなんとかしてみせます!


ファイティングポーズと一緒にこれを渡す。

そのメモを受け取って、ハーディ先生は少し固まったが、すぐに気を取り直して私の頭をぽんぽんと優しく叩く。


「あー…いや。うん。ありがとう。」


そういった先生の顔はとっても嬉しそうだ。

だが、急に真面目な顔になったかと思うとハーディ先生は私のほっぺをぐにぃ〜と引っ張った。


「だがな?未婚の男相手にそんなこと言うんじゃない。変に誤解されても知らないぞ?お前は無防備すぎる。」


誤解?何が?

先生の事、大事に思ってるのホントなのに〜!


ていうか先生!ほっぺ痛い!離して!離して!


私がポカンとした表情をした後、痛みが増してきてジタバタと暴れたらハーディ先生は呆れたように笑ってた。


「他のやつの前でもこんだけ素直にしてりゃ、お前はいじめられたりしないだろうになぁ。」


そんなの無理です、先生。

だって平民は種として下だなんて言う相手に、笑いかけられません。

私の大事な人たちは、平民なんですよ。


私は椅子から降りると、医務室の扉をガラリと開けて外に出る。

そして、そのまま校門に向かうべく、走った。

「おいこら!廊下は走るものじゃ…!」


そんなハーディ先生の声が聞こえたが、おかまいなしだ。

一度振り返っていたずらっ子の笑みを浮かべてべーっとした後、私は校門へ走って向かった。



ダーーっと校門に向かうと、それを見たうちの迎えに来てくれた侍女のリナに見つかり叱られた。

「アリス様!もぉ、いついかなるときもおしとやかにして下さいってゆってるでしょう!」


だって、私はどうせ私なんだから偉い人たち相手にするとき以外、自由にしたっていいでしょ?


私が伯爵家に引き取られて一年。来たばかりのときのやり取りのようなものをしようと口を開くけど、あぁやっぱり、声が出ないみたい。おかしいな…。


不便だな…。そう思った。

何か言わなきゃ、と思うけど、それより体が勝手に動いてリナに抱きついた。


「…アリス様?」


どうしたんですか?と言いたげにこちらを見るリナ。

リナは優しい。義母様みたいに意地悪しないし、他の人達みたいに影で何かゆったりもしない。


伯爵家に来てから、自分の部屋だけしか安息の場所はなかったのだが、もし、彼女以外が私付きの侍女にでもなって、部屋に居座られたらきっと私はぽっきり心が折れてたと思う。



ぎゅぅ〜と服を掴んだけれど、私の感謝はリナに伝わっている様子もない。

ただ、困惑するように視線を彷徨わせているリナにどうやって伝えようかな?と思って、そういえばメモとペンをフランツに返し忘れた事を思い出した。

まるで自分の私物みたいに扱っちゃってたけど…。返さなきゃ、フランツ様きっと困るわよね?


うーん、とりあえず。


ー事情は割愛しますが、私、どうやら声が出なくなってしまったようです。こちらはフランツ様という方に借りたものなので…返さなくてはならないのですけれど…。鞄も取りに行かなくちゃならないので一緒に来てくれないかしら、リナ?



メモを見せながらリナを見上げると、それを読んだリナは驚きから目を見張った。オロオロと心配そうにこちらを気遣うリナの瞳には怒りの色はもう見る影もない。


「フランツ様…というと、フランツ王子ですか?後、声が出なくなったとおっしゃいましたが、一体何が…。」


王子?え?あの人王子様だったの!?

やだ!不敬とか言われて罰されでもしたらどうしようかしら!?


そういえば、この国の名前、クロイツ王国…って言わなかったかしら!?なんで名前を聞いてわからなかったの私!?


「アリス嬢。探したぞ。」


ー!?


すぐ後ろで声がする。振り返ると、そこにはフランツが立っていた。


え、えっと、何故ここに…?って、あぁ、私フランツ様のものを借りっぱなしなんじゃない!

盗んだとか思われた!?


慌てて、その場で頭を下げて、メモとペンを差し出した。


「む?もういいのか?」


コクコクコクコク。


頭を振りすぎてちょっと酔いそう…。


「鞄忘れていったであろう?教室から取ってきてやったぞ。ほら。」


そう言って私に鞄を差しだした。


ていうかまって!一国の王子様に鞄なんか取りに行かせたの私!?

きゃぁーー

これやっぱり不敬罪よね!?

どうしよう。えっえっ!!


もしかしたら処刑されちゃう!?


慌てて顔をあげて、頭を何度も下げて受け取って、頭を抱えた。

そしてその様子を見てたフランツが何を思ったのかふっと笑いだした。


「アリス嬢、心配しなくとも勝手に私がやった事だ、不敬だなんて言うつもりはない。それよりさっきから一人で何をしているんだ?」


楽しそうに笑うフランツは、本当に気にしていないようだ。


私はおもむろに、鞄からノートを取り出すと更々と書き込んでそれをフランツに見せた。


ー変なところを見せてごめんなさい!そして、いろいろありがとうございました。本当に感謝してもしたりないくらい、しています。私などでお礼ができることがあれば、何でもさせて頂きますので!


さぁ、何なりと命令を!


「ふむ…。先刻もゆったが、罪滅ぼしなのだから礼などいらぬのだがな…。」


ーダメです!いくら知らなかったとはいえ、一国の王子様の御手を煩わせてしまったのですから!それに、礼を尽くせと母に教わったので、何もしないわけにはまいりません!


そう言って、プクーっと頬を膨らませた。

あら?私、この人の前でもあんまり緊張しなくて済むみたい?

…いやいや、一国の王子様相手にそんなんじゃだめじゃない!?


「うむ。…そうだな。ならばーー。」






「私の友人になっては貰えないだろうか。」




…………………え?


「あの…恐れながら私の発言をお許しください殿下。」


フランツの後ろに控えていた従者の一人がこちらをギロッとにらむと、フランツの方へと向き直った。


「よい、許す。」


「はっ。…殿下はこの国で一番高貴な御方でいらっしゃいます。対して、彼女は伯爵令嬢。それも、元平民です。殿下の友人としてふさわしくありません。」


そうよ!

私なんて貴族から邪険にされまくってるんだから!王子様なんかの隣にいられるわけないじゃない!!

更にいじめが過激になっちゃうわ!


そう思いながらうんうんと頷いていると、フランツは事もなさ気に言う。


「ふん。そんなもので友人を差別するなど、人間性が透けて見えるようだな、ディン。ならば王族に相応しい友人とは何か?」


「もちろん、公爵家のような高貴な…。」


「身分は所詮身分だ。いくら身分が高かろうと、おのが野心の為にしか動けぬものより、どんな状況であれ一人耐え抜いてみせた彼女のほうがよほどいいと私は思うのだがな?」


ぐっ…と言葉に詰まったディンという男はどうやら、思い当たる人物がいるようだ。


「まぁ、私も婚約者になれ、というつもりはないのだが?」


友人でも恐れ多いのに婚約者ってゆった!?

そんなことになったら、きっと私学園で血祭りに上げられちゃう!


「アリス嬢。今一度問おう。私の友人になっては貰えないだろうか?」


ーとても光栄なお話です。ですが申し訳ありません。私などフランツ王子の友人にはとても。先程そちらのディン様が仰られたように、私は元ただの平民でございます。私にはそのような資格がございません。


ノートを見せながら、私はその場で深々と王族に対するお辞儀をした。


それを見たディンはフンと鼻を鳴らしている。

対して、フランツはといえば。


「…何でもするってゆったのに…。」


うっ。


「…嘘つき。」


あう…。


ーわかりました…。私で良ければ。


それを読んだフランツはとても嬉しそうにはにかんだ。









………………………


家に帰った後、夕食を済ませて部屋に戻ると、リナが私をガシっと掴んだ。



「さぁアリス様。時間はたっぷり。紙もペンもご用意させて頂きましたわ。今までの事、すべて聞かせて頂いてもよろしいですね?」


あら、リナさん、笑顔が怖いです。


何故かその場で正座させられ、反省文のごとくすべて洗いざらい書かされたわけだが、魔術具の方は伏せさせて貰った。


リナ達を含め、数人の使用人達は私が信頼している者たちだが、事もあろうに義母様に真っ向から抗議しに行こうとした者たちだ。


そんな彼女らに証拠たるものを渡しでもしたら、それを使って何をするか、わかったものではないのだ。


別にいじめられようが、よく…はないけどいいから、私の大事な人達が傷つくのだけは絶対嫌。



そんな内心を知ってか知らずか、すべてを読み終わったリナは怒りに身を震わせた。


「アリス様…なんで、今まで黙ってらっしゃったのですか…っ!」


ーだって、怒るかと思って。それにこれは私の問題なのよ?巻き込むわけにいかないでしょ?


まぁ、ハーディ先生だけは傷の治療をしてもらってるから、知ってるだろうけど。


「怒りますよ!当たり前じゃないですか!だってアリス様は、本当に大事なお母様の為にこんな理不尽に耐えてるだけじゃないですか!」


そう。そうなのだ。


私の母は貴族の父との夢を見た。

身分差を超えた恋という甘美な夢を見た母は、貴族の父ローゼンシア伯爵の子を身に宿し、そして生まれたのがこの私。

だが、父には既に婚約者がいて…なんていう、ありふれた話。


そのうちに私の母は体を壊し、薬もなく途方に暮れていたところに、ローゼンシア伯爵が現れ、薬をやる代わりに私を預けろと言い出したのだ。母は反対していたが、私はそれに応じてローゼンシア伯爵家ただ一人の子として伯爵家へ迎え入れられた。

16の頃の話だ。

そして、一年の教育期間を終え、学園へ編入した。


「それに、私はアリス様付きの侍女なんですよ…っ!巻き込むとかそんなの考えずに、もう少し…心開いてくれたっていいじゃないですか…!」


ーでも、貴族からしたら平民なんて忌み嫌う存在なんでしょ。感覚も違うし。そんな私に、心から仕えたいと思えるわけないじゃない。その上面倒事だけ持ち込まれたら、リナ達が可哀想じゃないの。


「違います!私は、ちゃんと!この家じゃなくて貴族でもなくてアリス様に仕えたいと思ってここにいるんです!心配して、何が悪いんですか!迷惑?可哀想?そんなこと言わないでくださいませ…。」


リナの言葉に、私は目を瞬く。

リナは泣きながら私を見つめている。


ー悪かったわ。でもね、ただの主従関係でもなんでも。平民としてではなくちゃんと一人の人間として向き合ってくれるリナに、心配かけたり、私のことで傷ついたりしてほしくなかったのよ。


インクがすこし滲んでいる。

視界がぼやける。頬をしたって落ちるものはすこし熱いくらいだった。



「今度、隠し事したら許しませんからね!!」


泣きすぎて鼻声になっているけれど、リナはすこしおどけているように見えた。


あ。いけない。

魔術具の事、バレたら私また傷つけちゃう?


オロオロと視線を下に彷徨わせると、それを目ざとくリナが見つける。


「…アリス様?まだなにか…??」

ニコリと笑っているが、目が一切笑ってない。

あ、だめだ。これ見つかったら雷が落ちる!


そう思った瞬間、私は慌てて部屋を飛び出し庭に逃げた。




どこに逃げようかしら?と走るとドンっと誰かにぶつかる。

私は慌てて相手から距離を取った。

そこにいたのはなんと、ローゼンシア伯爵。私の父親。


「…アリス?ここで何をしている?もう、夜遅い。外で遊ぶなら明日に…。」


「アーリースーさーまー???」


ビクッと私がリナの声で身を固くしたのをみたローゼンシア伯爵は、「…こっちだ。」と言って私の手を引き自分の私室へ向かい、招き入れる。

そして自分は外に出ると、リナを注意しに行った。


リナはもう休みなさい。アリスは私の私室にいるから問題ない。

そのような事だけを伝えて戻ってきた。



「やぁ、すまなかったなアリス。」


そう言って、私を身をかがめて覗き込むローゼンシア伯爵。


何をしたいのかよくわからないので、瞬きを2、3度して見つめていたらふっとローゼンシア伯爵の目に優しい光が宿った。


「今日は、いろいろ大変だったんだな。ひどく疲れた顔をしている。」


私を見ているようで、私を通して誰かを見ているような目だ。



「声が…出なくなったんだって?」


ローゼンシア伯爵の手は優しく私の頭を撫でている。

けれど今までこのような触れ合いなどしたことがなかったのでどう反応したらいいのか、正直私にはわからない。


ただ、こくんと頷くと、ローゼンシア伯爵はすこし辛そうな表情を浮かべた。


「そうか…。悪かった。本当に今まで気付いてやれなくて。これじゃ、父親失格だな…。」


はぁ…とため息が聞こえた。


父親失格?

父親らしいってなんだろ?

いた事無いからわかんないや。



沈んだ気持ちが少しでも楽になればいいな。そんなことを思いながら、私は伯爵の頭に手を伸ばし、よしよしとなでた。

そしてはっ!?と我にかえり、すぐに手を離す。



ご、ごめんなさい!馴れ馴れしく触ったりして!?


そう思ってその場で頭を下げて身を固くしたら、私の頭上に降ってきたのは叱責ではなく笑い声だった。


「ありがとう」

そう言って。私の頭を撫で返す伯爵。


私はキョロキョロと書くものを見渡して、メモ帳とペンを指差す。

そして伯爵を見上げる。

「あぁ。いいよ使って。話をしようか。」


どうやらきちんと意図は伝わったらしい。感謝の意味を込めて微笑むと、伯爵は少し驚いた顔をした。


ーローゼンシア伯爵様、私何かご無礼をいたしましたか?不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ありません。


「そういうわけではない。…ただ、こんな風に笑う子だったのだなと思ってな。」


いや、私だって人間だから笑うよ!?


ポカンとした顔をしていたら、それを見た伯爵が笑った。


「悪い意味ではないのだよ。…あぁ後、いい加減ローゼンシア伯爵様、と呼ぶのをやめないか?これでも私は君の父親だ。家族なのだ。距離を取られているようで少し寂しい。」


はぁ。さいですか。

じゃあお父様と呼べばいいんですね?

…でも、義母様はきっと嫌がると思うんだけど。


「あぁ、そうだね。アレはきっと嫌がるだろうが、気にしなくていいんだよ。あいつの些細な嫌がらせも聞き及んではいる。でも、アレがなんと言おうとお前は私の娘なんだ。」


そう言って、ニコッとされた。


でもね、私面倒事嫌いなんだけど…??

だからされるがままだったし、何もしてこなかったのになぁ。


うーんと考えているとカチャンという音を立てて何かが落ちた。

魔術具だ。そう、魔術具。


…えっ。


慌てて拾おうとしたが、私が手を伸ばす前に伯爵に拾われてしまった。


「アリス…そういえば、リナから逃げ回っていたな?それはもしかしてこれの為かい?」


え、えっと…。


ーはい、隠していたずらでもしようかと思いまして!あの、大した事のない、中身が空っぽなただの記録用の魔術具ですので、伯爵様が気にするような事では!こちらに返していただければ充分ですので!


乱暴に書きなぐって見せると、伯爵はニコッと微笑んで再生を始めた。

伯爵の目が、お父様って呼べといったよな?とゆってた気がしたのは気のせいだと思いたい。


この魔術具のいいところは、再生するものが決めた人にしか見せられないというところよねー。

おかげで私はどこまで見たんだかわからないわ。


なんとか奪い返そうと試みるが、ひょいっと持ち上げられてしまっては届かない。


うぬぅ…。


伯爵は無表情で魔術具を見ていたが、しばらくすると私に返してきた。


「…何故言わなかった?」


静かに問われた。

その目には激しい怒りが渦巻いているのが見える。


本日二度の雷!?


そう思って身構え目をつぶる。

しかし一向に痛みも罵声も怒号も来なかった。

代わりに与えられたのはぬくもり。

私は、優しく抱きしめられていた。


「こんなことをされているとまでは思っていなかった。そうか、辛かったな…。悪かった。本当に。」


その声を聞いて安心してしまったのだろうか。

私はせきを切ったように涙が溢れて止まらなかった。

そして、気がついたら眠ってしまっていた。






……………


その後一週間。私はローゼンシア伯爵様に言われて学校をおやすみした。


その間、義母様は里帰りをするとかで領地を出られた。

そうして今日はいよいよ休み明けだ。

いつもどおりに気合を入れて学校に向かったが、教室に向かおうとする足をそのままくるりと方向転換させてしまった。


敵前逃亡なんて私らしくないわ! 


そう思ったのだが、どうしようもなくて。

赴くままに私が向かったのは医務室だった。

扉を開けて中に入り、ハーディ先生に抱きつく。


「うぉっ!?」

その声を聞いて思わず笑みが溢れた。


ごめんなさいハーディ先生。なんか、どうしたらいいのかわからなくて。

そしたら甘えたくなってしまって。


心の中でそう言ったが、当然先生にはわかるはずもなくただ困惑しているようだ。


ガバッと顔を上げると、ハーディ先生が軽く目を見張るのが見える。


「お前なぁ…。それはちょっとずるいと思うぞ。何も言えねぇじゃねぇか…。」


ハーディ先生は観念したようにぱっと両手を上げてバンザイの姿勢だ。


…え?どんな顔してる?


「泣くな、あーもー…。無防備な姿晒すなってゆっただろうが馬鹿。」


馬鹿ってひどいですよ、先生。

ていうか私、いつの間にか泣いてたの?


私は先生から離れて頬を拭う。


「未婚の男に抱きつくやつが馬鹿以外のなんだってんだよ…。こっちの気も知らねぇくせに。」


なんの話?

…ていうかメモ無しでなんでわかるの!?エスパー!?


「お前気付いてるか知らないけど、いろいろ顔に出てるぞ。貴族としての教示はどうした。感情悟らせるなって言われなかったか?」


うぅ〜…。伯爵様やリナ達に叱られちゃうわ…。


「…ったく。いろいろ話は聞いてる。本来ならお前から聞くべきなんだろうが…まぁ懇切丁寧に証拠持ってローゼンシア伯爵が自ら説明してったんだから、今更か。」


証拠?

え?ローゼンシア伯爵が…なんだって?


理解が追いつかない頭で一つ思い出したのは、そういえばローゼンシア伯爵様の私室に魔術具置いてっちゃったんだなぁくらいの感想だった。





つまりは、こういうことらしい。

ローゼンシア伯爵は、私に自宅療養を言い渡した後、その証拠を持って学園に訪れ、写っていた生徒全員を退学処分にさせたそうだ。勿論、これには実行犯の親たちは難色を示したらしいが、フランツ王子の友人に手を出した事等を伝えて黙って受け入れなければ領地を取り上げる、爵位を取り上げさせるために王に進言すると言って黙らせたらしい。


なんというか、今までの反動から一気にモンスターペアレントに…???


そんなことをゆったら、ハーディ先生はめちゃくちゃ笑ってた。


「それで、貴族が平民ごときの娘のためにそんなことをするのか!貴族としての教示はないのか!とかゆったら、伯爵様が『うちの可愛い娘を泣かせたクズ共には甘すぎる罰だ』…って」


はぁ。それはなんというか…うちの伯爵様(モンペ)が申し訳ありません…。


普段はあんなにかっこいい、仕事ができる伯爵様なんだけどな…。



「まぁ、こんな素直で健気なじゃじゃ馬なんて可愛くて仕方ないんだろうな。」


それ、誰の話?

ていうかじゃじゃ馬ってひどくないですか!?


抗議の意味を込めて頬をぷくーっとすると「悪かった悪かった」と言って笑いながら頭を、撫でてくる。



ー誠意がこもってないです!ハーディ先生!!!


「悪かったってほんとに思ってるって。それに素直も健気も可愛らしいも褒め言葉だろ?じゃじゃ馬くらい聞き流せ。」



「あ、あとそうだ。それと言葉封じの呪いの方。それも解除したほうが良さそうだな?」


ん?

それって何?

後言葉封じの呪い?

え、もしかしてそれのせいで今話せないの?


「…いやぁ、楽しかったよ。もう少し素直になればいいと思って、自分の気持ちを抑制しないようにと軽く呪いをかけたんだが、無表情の其方がこれだけ表情豊かだったとはな。」


後ろから声がする。振り返るといたのはフランツだ。

ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。


え?何?どういうこと?

えっとつまり、私が情緒不安定になる原因は、この王子様も一つの原因なの?


「いや、解除の薬草を手に入れるのに難儀したのは申し訳なく思っていたのだが…。廊下を走り回り、ハーディに子供のような顔を向ける其方は中々面白かったぞ?」

そう言ってフランツはあっかんべーのポーズ。



えっ!?あれ、フランツ様に見られてたの!?

ひぃ〜!

ローゼンシア伯爵家末代までの恥が王家に晒されたっ!?

いや、原因私だけど!


「…王子。失礼ながら、解除の薬を彼女に先に飲ませても?」


「あぁ、そうだな。それがいいであろう。」


その言葉を受けて、私はハーディ先生に試験管の中に入っている薬品2つのうちの片方を手渡される。


1つめを飲んで、私は顔をしかめた。


なにこれ、苦い…。



ていうかハーディ先生、そんな畏まった話し方できたんですね。

でも、間違っても睨んじゃだめですよ。

いずれこの国のトップに立つ御方ですよーこの人は。


なんたって、王家の人間ですからね!

自分で仕事を探して、幼い頃から弟子入りして仕事をさせてもらう下町の私達平民何かとはわけが違うわ!

約束された将来!なんて羨ましい。


そしてフランツ様はハーディ先生の態度を特に気にした様子もないみたい。

寛大な御心に感謝。なむなむ。


「…くくく…。」


あれ?なんでフランツ様はこんな笑ってるの??



「お前。考えていることがすべて声に出てるぞ。」


「んへぇ!?」


ハーディ先生に言われて慌てて口元を手で覆う。


ていうか何あの間抜け声。

あ、私か。


「ハーディ先生。早く2つめの薬ください!このままじゃ私きっと不敬罪に問われかねない問題発言しちゃいそうです!」


「その発言が既に問題発言だと思うんだが。」


「はうっ!」


確かに。


ジト目でこちらを見ながら、ハーディ先生が薬品を渡す。

それを飲み、その場で私は土下座。


「も、申し訳ありません殿下!もし罰を与えるのでしたら私一人にお与えくださいませ。ローゼンシア伯爵家にはなんの責任もありませんので!!!」


口の中に薬品独特の酸味が広がる。

うぇ〜なにこれ口の中酸っぱいよぉ…。


「いや、よい。それに私は其方の友人、だからな。友人に無意味な遠慮はいらぬ。」


そう言って笑うフランツ様の顔はとっても優しそ…。

いや、違うわ、意地の悪い笑顔を浮かべていらっしゃる!!


「殿下の寛大な御心に感謝いたします。」


そう言いながら立ち上がり私がニコリと微笑むと、殿下は少し苦々しい顔をした。


「其方、友人ならばもう少し、取り繕わずに普通に接してはもらえぬか?ハーディにはあんなに表情豊かに話しているであろう?」


いや、まぁいつも助けて貰ってて、よく会うのに取り繕うのも馬鹿馬鹿しくなってたから先生にはやりたい放題だったけどさ。


「…殿下はいずれ、この国を統べる王になれる御方だと私は思っております。そのような御方に、私のような平民上がりの者が馴れ馴れしくなどできません。」



「…友人になってくれるってゆったのに…。これじゃ意味ない…。」


「え?」


小声でなんか仰ってたけど、なんて?


「…殿下。そろそろ授業が始まります。彼女の事は私に任せて、教室に戻られた方がよろしいかと。」


ハーディ先生の言葉に、はっとなって時刻を見れば、授業開始10分前。


「大変!遅刻しちゃうわ!」


敵前逃亡なんてらしくない事せずに、やってやるわよ待ってろ甘ったれ貴族共!


「アリスも戻るのか?」


ハーディ先生の声は気遣わしげだ。


「当たり前です!敵前逃亡なんて私らしくないでしょ?放課後またきっと遊びに来るからその時は話聞いてくださいね!ハーディ先生!…行きましょう殿下、授業に遅れますわ!」


私は殿下の手首を掴んでぐいっと引っ張り、走り出す。

もしかしたら、これも不敬かも?なんて思うけど、遅刻しないことが最優先だ。


「おいこら!アリス!廊下は走るな!!」


ハーディ先生の声が聞こえた。でも私はへっちゃらだ。

いつもどおりに、後ろを振り返ってあっかんべーってして走って逃げた。


このときのアリスは気がついていない。ハーディ先生が、自分のことをお前ではなくアリスと呼ぶようになった事に。



「殿下!殿下のクラスはどこですの!?」


私なんかより殿下を優先しなくちゃ!


息絶え絶えに走りながら殿下に問う。

そもそもこの人いくつ?私聞いてないわ。

忘れてた。


「なんだ、気がついていなかったのか?其方のクラスの隣だ。」


あら。そうですか。なら方向は間違ってないですね!

ダーーーっと全力疾走。


ぶつからないように避けて、教室に急ぐ。

自分のクラスの前で殿下の手を離し、別れて教室に飛び込む。


さぁ、いじめでも何でも反応なんかしてやらないわよ!

私は母の薬のためならなんだってしてやるんだから!

敵前逃亡なんてらしくない。

正々堂々なんてせずとも耐え抜いて見せるわ!


どんとかかってこい!!

2020年3月9日、加筆修正。


容姿についての記載を付け足しました。

この度は読んでくださり、ありがとうございました。


もし、反響が大きければ…手を加えて、長編化させていきたいと思ってます!

一日で反応もこれまでの作品よりよく、とても嬉しいです!


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