彼岸花
短編小説 彼岸花
---彼岸花には毒がある
彼女はそう言ってた。
それがどう意味するのかも理解しないまま、「そうなんだ」と返すのが精一杯だった。
彼女と付き合い始めて2年。
僕は彼女のネガティブさにうんざりしていた。
助けを求める割には、僕の言葉が届いてないようなそんな彼女が嫌いだった。
最初のうちは良かったのかもしれない、ロマンチックな関係だとも思ってた。
でも彼女はそうじゃなかった。
死に対して「憧れ」の様なものを抱いてると気付いた時に、僕は底から湧き出てくるような嫌悪感に包まれた。
「どうしてそんな事を考えるの?」
「僕には理解できない。やめてくれ」
何度も同じ言葉を吐きだした。
それでも彼女の考えは変わらないらしい。
好きにしたらいいさ。
いつも決まってそう考えるようにしてた
そんなある日彼女から連絡がきた
「もしもし…」
「彼岸花ってね、毒があるんだよ」
「…」
前と同じ事を言ってる。
「とても綺麗な花だと思うの。儚さを感じる…」
「あなたもそう思うでしょ?」
「…てくれ」
「え…?」
「もうやめてくれよ!どうしてそんな事しか言わないんだ!死にたいなら死ねばいい!」
「俺を巻き込むな!もううんざりなんだよ…」
「ごめんなさい…」
数秒--- 感情的になってしまった自分に後悔が走る
しかし彼女は、
「またダメなのね…」
「え?…」
また…?
「私の事は忘れて… 今まで幸せだったよ…」
泣いている…?
彼女の泣き声を聞くのは初めてだった。
「まって…!」
しかし電話はそこで切れてしまった。
何度かけ直しても取ってくれない。
僕はバイト先から駆け出した。問題なんか後で考えればいい。
額から流れる汗が鬱陶しい
それでも止まりたくなかった。全てが終わってしまう気がした。
僕達の住むアパートについた。
ジャラジャラとすごい音を立てながら鍵を開ける
彼女はいない。
肺がひどく冷たく感じる。
急いで、屋上に駆け上がる。
彼女はいた。そこに。
フェンスの向こうに。
「待って…!!」
必死に叫ぶ
すると彼女は、一瞬止まり--
嬉しそうな顔で微笑みながら
「また逢える日を楽しみにしています」
そう言って--
消えていった。
初めて見る表情だった。
暖かな布団に包まれてるような、幸せな顔だった。
その刹那。
「あぁ…ああああああああああ…!!!」
思い出した。
彼女が死ぬ瞬間を何度も見てきた、僕の目の前で。
彼女を助けるため、何度も何度も何度も何度も
幾度となく繰り返してきたこと。
またダメだった
もううんざりだ
「彼岸花には毒があるんだよ」
彼女の言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
「そうだったね…」
「やっとわかったよ」
僕はフェンスを乗り越える。
こんなに気持ちのいい風を感じたことはあっただろうか。
僕は知ってたんだ、彼岸花の花言葉を。
毒がとっくに僕を蝕んでいたことも
彼女が見える
「また逢えるかな…?」
「また逢えるよ」
「嬉しい…」
「今度は間違えないよ。きっと」
そう言って
僕は消えた。