九十話 グリフォン乗りに一番重要なこと
ついに魔法競技会当日がやってきた。
といっても、ファイブオンファイブ無差別級は五日目の午前に六試合全部をやってしまう。
それまでは一日一回、スカイジョストの試合があるだけなので、五日目までははっきり言って暇だ。
俺とベルは寮のエントランスで朝食を食べていた。
寮の生徒であふれかえっているのはいつも通りだが、エントランスにはどことなく緊張感が漂っている。騒がしいことには騒がしいが、不思議と賑やかとは感じない。嵐の前の静けさ、って感じだな。去年もこんな感じだったっけ?
「ベルのキングスラウンドはいつだっけ」
「ええと、明日と明後日、二日間だね」
ベルは無差別級の他に、キングスラウンドというチェスみたいなボードゲームのトーナメントに出る。何気に出場者が六十四人もいる大規模な大会だが、何試合も同時に進行するので二日で終わるとのことだ。
「じゃあ今日は暇か。……どうする?俺も九時半からスカイジョストやったら今日は終わりだから暇なんだよな」
スカイジョストは三十二人のトーナメント戦で五回戦あり、一日一回戦ずつ行われる。激しい空戦は体に負担がかかるので一日一回、無理のないスケジュールにしてあるとのことだ。俺とルカさんとか一回の練習で何回やってんだ、って話だが。
「うーん、どうしようか。君にスカイジョストを教えた人の試合は見るつもりだけど、他は特に思いつかないね」
おっと。ルカさんの試合か。
二日前から掲示されているスカイジョストのトーナメント表では俺は第一回戦の第一試合だが、ルカさんは最終試合だ。もし俺が順調に勝ち進んだとすれば、ルカさんとは五日目に決勝で当たることになる。
ちなみにスカイジョストの決勝は午後二時半からだそうだが、その前の午前十時にはファイブオンファイブ無差別級の競技がある。つまり決勝に残った場合無差別級が終わった後にルカさんと戦うことになる。ヘビー過ぎるだろ。
「ようクライヴ。んで、隣にいるのがライゼルだな。去年は見てたぜ、今年の無差別級も期待してるぞ」
俺たちの元にルカさんがやってきて、空いていた隣の席にどかりと座った。
「あ、ありがとうございます。……ええと、あなたがルカ・イクハルトですか?」
軽く会釈する俺の隣で、ベルがそう聞いた。
「ああ。俺を知ってるのか?」
「ええ、リオから聞きました。それと、一個でもいいから戦闘系競技に出て欲しいとキースさんが」
「はは!悪いな、飛ぶことにしか興味がなくてね。……しかし、やっぱり決勝で戦うことになったな、クライヴ」
ルカさんが少し声を弾ませながら言った。
戦うことになった、ねえ。どうやら俺が決勝まで残る前提らしい。
しかも、まるでトーナメントの組み合わせがわかっていたかのような口ぶりだ。
「……やっぱり、って、トーナメントの組み合わせのことですか?」
「ああ。運営側は何も言っちゃいないが、スカイジョストは本来初心者と経験者の差が激しい競技だ。だからだろうが、最初のうちは大体同じくらいの実力のやつと当たるよう明らかに配慮がされてる。……というわけで今年初めてで、しかも最悪のグリフォンと組まされちまったお前は端っこにいるってわけだ」
なるほど。
「じゃあルカさんは激戦区にいるってわけですか」
「他の連中にとってのな。俺からすれば大した相手じゃない。お前が俺の代わりに出たって勝てる。決勝まででお前の相手になりそうなやつは――そうだな、準決勝で当たるイヌワシ寮のリーラ・シュミットくらいだろう」
準決勝で当たる。またまた、もう確定しているかのような言い方だ。
「割と強い感じですか」
「まあな。毎年決勝か準決勝で俺と当たるように調整されてる。ほら、今年も決勝で当たるようになってるだろ」
確かに。
俺と準決勝で当たるってことは、その次はルカさんだ。
「シュミット家……。グリフォン乗りの名門ですね」
ベルが言った。
ベルが知ってるってことは、そこそこ高い身分ってことか。
「という話だな。あいつの攻撃を食らったことはないが。まあ他の連中よりはいい動きする、ってくらいだ。お前なら勝てる。あんま気張ることはないぜ」
ルカさんが俺にそう言ったのを聞いて、ベルは驚いたような表情をした。
「そんなに強いんですか、リオは」
「この学院じゃ俺の次に強い。少なくともな」
うわあ、断言されてしまった。
「始めてから二週間ですよね?」
「そうだ。だが、グリフォン乗りにとって一番重要なことを分かっている。俺に言わせればな」
ん?一番重要なこと?
「俺も初耳なんですけど。なんですか、それ」
「そういえばこの話はしたことなかったか、それは――いや。後にしよう。そろそろ開会式が始まっちまうし、その後すぐにお前の試合だからな。それに、俺以外のグリフォン乗りと戦ってからの方が分かるってもんだ」
はあ。
そういや、俺はルカさん以外のグリフォン乗りと戦ったことはなかったな。考えてみれば、他の人がどんな感じなのかとか全く知らない。まあ、ルカさんの言葉を信じるなら、大した相手じゃないらしいが。
朝食を食べ終わった俺たちは、魔法競技会の開会式が行われる大ホールに向かった。
開会式はさくっと終わり、俺たちは大ホールを出てグリフォンの厩舎にやってきたが、俺が相方のグリフォンを厩舎から引いてきた瞬間。
「――ほうっ!イクハルト君と共にいるとは!」
聞き覚えのあり過ぎる、よく通る声。
お付きの人に囲まれたウィロス大臣の来訪だ。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう!クライヴ君、ライゼル君、そしてイクハルト君!クライヴ君もスカイジョストに出ると聞いたが、君とはいくらか手合わせはしたのかね?」
「ええ。というより、俺はずっとクライヴとやっていましたよ。先日、数年ぶりにピルムを食らいました」
「なんと!そこまでか!今年のスカイジョストは荒れそうだ!むろん、ファイブオンファイブ無差別級も大いに楽しませてもらうつもりだが――」
「大臣、そろそろクライヴ君の競技時間です」
そしていつも通り、お付きの人が長引きそうな大臣の話を遮った。
「おお、それはすまなかった!では、武運を祈っているぞ、クライヴ君!あわよくばルカ・イクハルトとの――」
お付きの人に引きずられて遠ざかっていく大臣の声。はいはいテンプレテンプレ。これもいつも通りだな。
「それじゃあ行ってこい。勝ってきな」
ルカさんが俺の肩をばしんと叩いた。
「僕も観客席で応援するよ、頑張って」
俺は軽く手を振って二人に応え、相方と一緒に試合会場へと向かった。
「それでは、ただいまよりスカイジョスト第一回戦第一試合を開始いたします!――|スタンド イー レディ《汝らよ準備は良いか》!?」
でかい旗をもってグリフォンに乗っている審判の人が、俺と相手の間でホバリングしながら叫んだ。拡声の魔法で増幅された声が空に響く。
俺と相手は右手に持つピルムを掲げて応えた。
それを見た審判の人が、でかい旗を振り上げた。試合開始だ!
俺はまず、相手の様子を伺いながら上昇。
すると、相手はまっすぐこちらへと突進してきた。俺も、相手より高い高度を保ちながら前に飛んで、互いに接近する。
俺と相手の距離がどんどう近づいてくる。
すでに相手はこちらにピルムを向けている。
そして相手の口が動いた。
その瞬間、相方は体をぐるりと回転させ背面飛行の姿勢に移りながら、ちょっと上昇して相手が放ったピルムを回避。そのまま直進し、相手とすれ違う寸前に俺は≪ピルム ヴラ≫の呪文を唱え始める。
相手とすれ違うのと同時に、相方はぐわん、と羽ばたき、同時に勢いよく尻を振り上げて宙返りをした。そしてすれ違った相手の方に向いたその一瞬、ちょうど呪文を唱え終わった俺はこちらに背を向けている相手にピルムを放った。
相方は慣性に従って前進しながらそのまま一回転した。
俺たちは急降下して離脱し次の攻撃に備えるが、試合終了のコールが聞こえた。どうやらさっきのピルムがちゃんと当たったようだ。
「お疲れさん。楽勝だったな」
試合を終えて地上に降りてきた俺の元に、ルカさんとベルがやってきた。
「すごい動きだったね、宙返りしながら攻撃なんて。目が回っちゃいそうだよ」
相手とすれ違った直後に宙返りして攻撃。かなりの曲芸だが、ルカさんと初めて戦った時に、勝手に飛び回る相方に合わせて攻撃したら偶然そうなって以来、俺と相方の定番のコンビネーションとなっている。
「まあ、得意技だから。……あっ、それで、グリフォン乗りにとって一番重要なことってなんですか」
俺はルカさんが朝にちょろっと仄めかしたことについて聞いてみた。
「ああ、あのことか。……そうだな、今の戦いじゃあっけなさすぎてよくわからないだろうからな。もう少し骨のあるやつと戦ったら教えよう」
ええー。
ルカさんはそう言ってまた焦らした。
んんー、なんなんだろ?ここまでもったいぶるんだから、ルカさんにとっては相当重要なことなんだろうけど。
考え始めた俺だったが、視線の先に、こちらへ手を振るウィロス大臣が見えたので思考を中断した。んもう、暇な人だな!




