八十八話 飛翔
「――≪ヴラ フルティティル≫!」
「上からだ!」
「速い!――」
魔法競技会本番一週間前。
ファイブオンファイブの練習で、いつものように四対一で戦っている俺は、四人の真上から螺旋を描いて急降下しながら攻撃。地面にぶつかる寸前で姿勢を起こし、後ろ向きに飛びながら着地、追撃に移る。
というわけで、ちょっと飛べるようになりました。
「――信じられないわ、本番一週間前にいきなり空を飛び始めるだなんて」
ファイブオンファイブ無差別級のメンバーの一人、六年生のセシリーさんが呆れた口調で言った。
「全くです、これでは連携も何もない。幸い元から独立して動く作戦でしたが。スカイジョストの方も順調なようで何よりです。ルカ・イクハルトには感謝しなくては」
「俺たちも今からやつにしごいてもらうか?」
キースさんがそんな冗談を口にした。
ファイブオンファイブで、俺は相手に突撃して撹乱するのが役目だ。
そのためにはいかに素早く動き回れるか、というのが突撃を成功させるためにも、そのあと長く生き残るためにも重要になってくるのだが、人間そのものは基本的には走るしか高速移動手段がないので、どうしたもんかなあ、と悩んでいた。
そんな俺がスカイジョストをやれば、「あっ俺も飛べばいいじゃん」という発想に行き着くのは自然といえよう。
なので俺はある時学校屋外のある場所で早速自分に≪ヴラ≫の呪文をかけてみたのだが、いっやー、今までの人生で五本指に入る恐怖体験だった。
俺が自分に≪ヴラ≫の呪文をかけた瞬間、俺の体は地面から飛び上がり、勢いよく空気が抜ける風船のように空中を飛び回った。つまり、制御不能になったわけだ。はは。五体満足でことなきを得た今だから笑える。
その時俺はパニック状態だったから詳しいことは覚えてないが、たぶん、とりあえず地面に落ちたくない、と思ってとにかく≪ヴラ≫の呪文をかけまくっていたはずだ。鼻水とかたらして泣き叫びながら。
で、実際、まるっきり制御不能ではあったが、地面に墜落はしなかった。しばらくめちゃくちゃに飛び回っているうちに「墜落はしないっぽいから大丈夫か」とだんだん落ち着いてきた俺は、だれか助けてくださーい、と思いながら無心で≪ヴラ≫の呪文を唱えていた。相方のグリフォンが飛ぶ様子とかイメージしながら。
すると、途端に飛行が安定した。つか、俺がイメージした通りに飛んだ。
んだよ、飛び方ちゃんと想起してなかっただけじゃん!と気づき、完全に恐怖心が消えた俺が色々遊んでみた結果、あらかじめ飛行ルートを想起して呪文を唱えることで、その通りに飛べることを発見した。
てなわけで安定して飛行できるようになった俺はほどほどに飛んでから着陸し、飛行能力を体得した。
スピード自体は全然大したことはなくて、たとえば≪フルティウス≫とか≪ヴィロキウス≫とかで強化してもグリフォンよりずっと遅い。
だけど、ファイブオンファイブの狭い試合会場でグリフォン並みの飛行速度でかっ飛んだら衝突しちゃうからそこまで速く飛ぶ必要は、実はない。≪フルティティル≫くらいでちょうどいい。
今までは二次元の動きだったのが、三次元機動に拡張されたことで、特に回避能力が大幅に向上した。ベルの魔法陣の弾幕をひらひらと躱したりするとテンションが上がる。調子に乗って食らうことも多々あるけど。
そういえば。
ルカさんの魔法使いとしての実力はどうなんだろうか。キースさんたちは普通に知っているようだから、やはり学院最強のグリフォン乗りとしては有名らしいが。
「あの、そういえばルカさん本人ってどれくらい強いんですか?」
俺はキースさんにそう聞いてみた。
「ん?あいつか?強いぞ。多分俺たちよりもな。――だから、一個だけでいいから戦闘系競技に出てくれ、と何回も言ってるんだが、あいつはグリフォンに乗ること以外興味がないからな」
おっと。やっぱり隠れた強者だったか。あの雰囲気で弱いってことはないだろ、とは思っていたが。
そんなわけで本番一週間前になって急に俺自身も空を飛び始めたわけだが、スカイジョストが俺の戦いに影響を与えたように、俺が空を飛べるようになったことで、相方に乗っての飛行にもキレが増していた。
「――まさか一発もらっちまうとはな。いつ以来だ?」
俺はなんと、ここにきてルカさんのグリフォンに一発命中させることに成功していた。そのあとは普通に負けたが、今まではピルムを命中させることすらできなかったんだから大変なことだ。
「これで、今のお前はこの学院で二番目に優れたグリフォン騎手になったってわけだ」
ルカさんがそう笑った。
確かに、ルカさんは三年生くらいから一度も相手から攻撃を食らったことがないらしいからな。今のルカさんはその時よりも強くなっているはずだから、それに当てちゃった俺はもしかして結構すごいことをしたのかもしれない。
だけど、まあ、なんつうか、今まで掠りもさせられずにいた相手に、少なくとも一発は当てられるとわかったら、もう一発、いや、二発と当てたくなるのが人間ってもんだろう。
すぐに一番になってみせますよ。つぶやきが漏れてしまったのか、それともあからさまにそんな雰囲気だったのか、ルカさんはニッと口角を上げて言った。
「その意気だぜ、クライヴ。――あと一週間だ。お前はもっと上へ昇れる。そして挑んでこい、この俺にな」




