八十四話 暴れ鷲獅子
俺がグリフォンにまたがるやいなや、グリフォンが勝手に飛び始めた!
螺旋を描きながら上空に舞い上がるグリフォンに振り回され、俺の視界がぐるぐると回転する。そして、間髪入れずにムチャクチャな急旋回を何度も繰り返した。地面、厩舎、雲がぐちゃぐちゃに混じり合って見える中で、風切音が爆音で響く。つか、ちょっと吐きそう。
グリフォンはふと思いついたかのようにいきなり急降下を始めた。風をきって地面に垂直に落下していく。
今度は、ものすごい勢いで地面が迫ってくる。うおお、ぶつかるぶつかる!
だが、グリフォンはクチバシの先端が触れるか触れないかというところでぎゅん、とほぼ直角にカーブ、土煙を上げながら地面すれすれを水平に飛行。さらにもう一度、直角カーブで体を起こしてまっすぐに急上昇した。
く、くそ!
俺は手綱を握りしめ、ひたすら耐えた。グリフォンの動きに合わせて体の重心を動かし、放り出されないように踏ん張る。
確かにこいつは暴れ馬だ!再び空高くに飛び上がったグリフォンは背面飛行に移り悠々と飛んでいる。
つっても、なんだかんだドラゴンよりはマシだ!身体強化の魔法をかけてないが、なんとか耐えられている。
小山のような図体でねずみ花火みたいに飛び回ったりしないし、鞍や鐙のおかげで踏ん張りが効く。振り落とされる恐怖はそんなに感じない。
……問題はどうやってグリフォンを操るのか全くわからない、ということで、つまり地上に降りられない。一体俺はいつまでこいつの曲芸飛行に付き合えばいいんだ?
しばらくの間、暴れるグリフォンに無心で身を任せていた俺は、ふとグリフォンが普通にまっすぐ飛んでいることに気づいた。
おや?少し落ち着いたな。
「――ファーストインプレッションは及第点らしいな」
右から声が聞こえてきた。
そっちをみると、同じくグリフォンに乗ったルカさんが隣を飛んでいた。
「わがままに付き合うのが中々上手いじゃないか。さあ、次はお前が操る番だぜ」
いや、操る番だぜ、と言われても。
「あの、飛び方がわからないんですけど」
「飛び方?イメージさ」
は?
「どう飛んで欲しいかイメージするだけでいい。魔法を使うときと同じだ。お前はそれがとびきり得意だろう?――俺についてきな」
ルカさんはそう言って速度を上げ、俺の前に出た。
魔法と同じ。つまり、想起しろってことか?
前を飛んでいるルカさんが右に旋回した。
ええと、イメージ、イメージ――まず九十度横転して、そっからこう、上半身を反らせながら羽ばたく?……って、ああっ、また勝手に飛び始めてしまった!
俺がグダグダと想起しようとしている間に、俺が乗っているグリフォンが勝手にルカさんを追いかけ始めた。
右に九十度傾いた姿勢で旋回していたルカさんは、再び姿勢を水平に戻すと、今度は弧を描いて上に向かった。これは、宙返りをするつもりか?
俺はルカさんの後に続くように想起しようとするが、その前に俺が乗っているグリフォンが勝手に後を追った。
おーおー、楽でいいぜ。って、それじゃ俺が乗ってる意味がない!
とにかく、グリフォンの一挙手一投足をいちいち想像なんてしていられない。もっと簡素に想像しよう。
そうだ、グリフォンは飛行機じゃない。自分で飛べるし、俺が乗っているこのじゃじゃ馬なんて、自分勝手に飛びたくてしょうがないようなやつだ。
俺はルカさんの軌道を追う矢印をイメージした。
すると、グリフォンはなんとなく矢印に沿うような感じに飛び始めた。おお。
ルカさんは宙返りの頂点の部分に来ると、百八十度回転して水平になった。
回転はどう伝えようか?俺はねじれた矢印をイメージしてみた。そうしたらグリフォンはちゃんと百八十度回転した。やったぜ。
続けて反時計回りに傾いて、半分くらい背面飛行の状態で斜め下方向に宙返りするルカさんの軌道をなぞる。ルカさんは地面と平行になると同時に急上昇。俺もその後に続いた。
どんどん上昇していきながら、ルカさんは速度を落としていった。そして一瞬空中で静止すると、そのまま重力に従って反転、まっすぐ地面を向いて急降下を始めた。
未だ上昇している俺とルカさんは、互いに手が届きそうなくらい近くですれ違う。俺と目があったルカさんは、ニッ、と笑って降下していった。
俺も、つか俺が乗っているグリフォンも、さっきの動きをマネて空中で速度を失ってから、重力に身を任せてぐるんとひっくり返って急降下。
ルカさんはすでに上半身を上げて水平飛行をしていた。俺も姿勢を水平に戻して後ろをついていくと、ルカさんは速度を落として、俺の隣にやってきた。
「いいぞ、うまく飛べてるじゃないか。……生憎だがそろそろ時間だ。一回降りよう」
一緒に並んで着陸した俺はグリフォンから降りた。
ふう、やっと一息つける。
なんか久々に地面に立った気がするな。そんなに長い時間飛んでないはずだが、あまりに濃密な飛行だった。
「――クライヴ!まさか初飛行であんな風に飛ぶなんて!それもあいつに乗って!なにより、よく無事でした!」
俺たちの元にアーベルさんが駆け寄ってきた。
「言ったでしょう、相棒が認めたなら絶対に乗れると。兄弟なんですから」
えっ。
「そうなんですか?」
「ええ。ルカのグリフォンと、君が乗ったグリフォンは兄弟なんです。とんでもなく気性が荒くて、手のつけようがない兄弟でした。片方はルカが見事に乗りこなしましたが、そっちの方はもう乗れる騎手は現れないものと諦めていましたよ」
そうだったのか。
しかし、あいつ、だとか、そっちの方、だとか。相棒、はともかくとして、ちょっと呼び方が変じゃないか?
「あの、このグリフォンたちに名前とかってないんですか?」
俺がそう聞くと、ルカさんが答えた。
「こいつらは人に名前をつけられるのが嫌いなのさ。だから俺はこいつを相棒と呼んでる。クライヴ、お前の方は――まだ相棒とは呼ばせてくれないだろうな、まあ適当に考えてくれ」
名前をつけられるのが嫌い?
なんだそりゃ、プライドの問題なのか?
「それじゃあ、俺は失礼します。……クライヴ、次回からは実際にスカイジョストをやろう。立ち回りだの戦術だのはその時教えるが、それまでに一人でできる訓練を教えておこう。――自分がグリフォンに乗って飛んでいるところを常にイメージしろ。どれだけ空を飛ぶことを考えているかが、どれだけ飛べるかを決める。……じゃあな」
ルカさんはグリフォンを引いて厩舎に預けると、そのまま帰っていった。
……なんか、当たり前のように俺の師匠になってるけど、元は成り行きだよな?
つか、なんかすっげえ凄腕感があるけど、何者なんだ?
俺はルカさんについて、どうも知り合いらしいアーベルさんに聞いてみた。
「あの、ルカさんって何者なんですか?」
「彼はツバメ寮の六年生、つまり君の先輩ですよ。僕の後輩でもありますけど。――そして、スカイジョスト、いや、飛行の天才です!五年前、一年生だった彼がふらりとこの厩舎に現れて以来、彼は一度も負けていない。学院の空は彼の物です」




