八十一話 賢者製薬
「なあ、ちょっと頼みがあるんだけど」
マリーと解散して寮に帰ってきた俺は、早速ベルにそう切り出した。
「ん?なんだい」
「あのさ、“賢者の塗り油”って知ってる?」
「ああ、リオがこの前くれた薬のことだね。知ってるけど、それがどうかした?」
「えっと、今日、あの薬売るって言ったじゃん?それで売れたんだけどさ、売れすぎたっていうか。百二十本売ったんだけど一瞬で売り切れちゃったんだよね」
「へえ、それはすごいね」
「でさ、来週も売ることにしたんだけどさ、俺とマリーの二人で作るんじゃ絶対足りないから手伝って欲しいんだけど」
「うーん。いいけど、僕にあの薬が作れるかなあ」
「難しいとこは俺とマリーがやるから大丈夫。それとお金も――」
俺はどこを任せるか、そしてどれくらい取り分を渡す予定かを説明し、説明を聞いたベルは快諾してくれた。
よっしゃ、これで一人!
続けて側で話を聞いていたルームメイトのダリル、ルークにも同様の提案をしたところ二人も参加してくれることになり、三人確保。
翌日。
俺はイヌワシ寮のオークス姉妹を訪ね、“賢者の塗り油”の生産を手伝ってくれないかと頼んだ。
「やります!休日に第五演習場ですか?それじゃあお姉ちゃんと一緒に行きますね」
「まだ何も言ってない。……まあ、わたしもやるけど」
うっしゃ。
オークス姉妹も参戦することになった。これで五人目!
……さーて。
最後、六人目はボーヴォラークのご令嬢だ。
俺はドラゴン寮を訪ねた。
「ごきげんよう、クライヴ。わたくしに何か用ですって?」
「いやあ、実は聡明なるボーヴォラーク侯爵令嬢様のお力をお借りしたく存じまして参上した次第でございます」
「ごめんあそばせ、へりくだりすぎて何をおっしゃってるのかよくわからないのですけれど」
「わりい、じゃあ普通に話す。ええと、“賢者の塗り油”ってあるじゃん?――」
俺は今までと同じように事の詳細を説明した。
すると。
「そんなことでしたの?別段断る理由もなくてよ。協力いたしますわ」
うはっ。
なんと普通に六人集まってしまった。やったぜ。
これであとはマリーが一人連れてくるかどうかだが。
そして休日。
俺たちは第五演習場に集まった。
メンツは俺、マリー、ベル、ダリル、ルーク、シャーロット&ディアナ、ボーヴォラーク、そしてマリーが連れてきた上級生の女の人。
誰だろう、と思っていたら、その人は去年の魔法競技会でファイブオンファイブに出場したマリーに、戦い方を教えたという人だった。
あの時のマリーは軽やかなステップで試合会場狭しと跳び回り、華麗なムーンサルトで不意を打ったりとすごい戦い方をしていた。後で聞いてみたら舞踏クラブの人に教えてもらったと言っていたが、その人だ。
ちょっと戦ってみてーな、と思いつつ。俺たちは役割分担を話し合った。
結果、材料調達係がオークス姉妹、ブース設営係がダリルとルーク、果実の加工係がボーヴォラーク、綿花のタネの加工係がベル、そしてダンス師匠――名前はミナだそうだが――はわりと錬金術が得意とのことだったので火鼠の肝の加工を任せることになり、ここに賢者製薬チームが発足した。
そして分業体制での賢者の塗り油の生産が始まった。
オークス姉妹が材料を調達してくる間に準備を済ませ、俺とマリー、ベル、ボーヴォラーク、ミナさんが同時並行で作業を行う。
やはり人数を増やすのは単純に効果的だ。発足したばかりでもたつく場面も多々あったが、それでも三百本を販売日までに生産することができた。
ダリルとルークが販売ブースを設営している所へ、他のメンバーが三百本の瓶を持っていく。
人数が増えたので販売のスピードも上がる。レジを四列に増やし、一列に二人、お金を受け取る係と瓶を渡す係で会計を行うことで数倍早くなる。
さーて、ついに販売の時間がやってきた。
販売ブースにはやはり長蛇の列ができている。ははは、気分は文化祭だ。
「うわー、すっごい人ですね!」
「ちょ、ちょっと!なんですの、この人数は!?」
ディアナとボーヴォラークが叫んだ。
「言っただろ、百二十本じゃ全然足りなかったって」
「にしてもこれはすごいね、もしかしたら三百本でも足りないんじゃないかい?」
ベルが恐ろしいことを言った。
い、いや。流石に足りる。と思うが。
普通に足りなかった。
会計は滞りなく済んだ。俺たちは十分もかからずに三百本を売り切った。売り切ってしまった。
俺たちは再び一週間後に販売することを約束した。まあ、来週はもっとたくさん作れるだろう。
一週間後。
俺の予想通り生産数が伸びて、四百五十本を生産することができた。
しかしあっさり売り切れ。俺たちはまたまた一週間後に販売することになった。
そしてさらに一週間後。
どうやら生産数の伸びも頭打ちらしい。この一週間の生産数は五百本にとどまった。
やはり一瞬で売り切れ。すでに売上本数累計千本を突破しているが、一向に客足が途絶える気配がない。
それからさらに二週間が経ったが状況は変わらなかった。
週に五百本を生産し、一瞬で売り切る。相変わらず盛況だ。
俺たちは、事ここに至って流石に危機感を覚え始めた。
今や先生方でさえ、俺たちを止めるどころか生徒に混じって買いに来ている状況だ。エインズウェル先生にも売ったし、なぜかダリア先生も来た。自分で作ってくださいよ、と言いたい。聞くところによるとバーリスも使っているらしい。
誰もストッパーがいない。
そもそも俺たちが人を募ったのは、ある程度普及させて需要を満たし、ブームを収束させることが目的だったのだが、どうやら俺たちは潜在需要を掘り起こしてしまったらしい。一体学院の連中はどんだけ首や肩のこりに悩まされているのか、って感じだ。
俺たちが“賢者の塗り油”の販売を始めてからすでに一ヶ月以上経っており、期末試験も近づいている。
つか、俺、マリー、ベル、オークス、ボーヴォラークは留学候補生で、普通に向こうの言葉の特別講習も受けている。ほんとは薬屋なんてやってる暇はない。
なんとかして事態を収拾しなければならない。
だが、学院の人たちはもはや“賢者の塗り油”中毒に陥っている。この状況で「学生の本分は勉強なので薬売るのやめまーす」とやってしまうと、禁断症状を発症した学院の人たちにどこまでも追い回されるハザードが発生してしまうので、供給はし続けなければならない。
しかし、俺たちはいつまでも薬を作っているわけにはいかない。
ならどうするか。俺たち以外の人に作らせればいい。つまりアウトソーシングだ。
もちろん他の生徒にやらせるわけじゃない。それじゃそいつに背負わせるだけで何も解決しないし、第一できるやつがいない。
俺が考えたのは学院の外部の薬屋に発注して作ってもらうことだ。別に利益を上げなくてもいい。重要なのは、俺たちが製薬に束縛されないことであって、金稼ぎじゃない。
「……というわけだ。特にベルとボーヴォラークに期待してるんだが、誰か生産を請け負ってくれそうな薬屋を知らないか?」
俺たちは再び第五演習場に集まり、薬の生産のアウトソーシング化について話し合っていた。
「よくそんなことを思い付くね。……うーん、ライゼル家が懇意にしてる薬屋はあるだろうけど、僕は知らないなあ」
「わたくしもですわ。わたくしたちは所詮は子供でしてよ、商売のあれこれはまだ経験したことがありませんの」
うっ、そうか。
「あっ!ちょっと聞いてもらってもいいですか」
ディアナが手を上げながら言った。
「なに?」
「材料の話なんですけど、週に五百本分の材料をいつまでも仕入れるのは無理!って材料屋さんが言ってました!」
うわあ、その問題もあるか。
流石に材料屋の仕入れまで俺たちが手を出すのは無理だぞ。
「そうか。その点も含めて、やっぱり外部委託したいところなんだが」
「もう先生に相談するしかないと思うよ?どー考えたって私たちの手に負えないでしょ」
ダンス師匠、ミナさんがそう言った。
「ですね。んじゃあ、誰んとこ行きます?」
「エインズウェル先生のとこでいいんじゃない?しっかり対応してくれそうだし」
よし、決まりだ。
俺たちはエインズウェル先生を訪ねることにした。
「ふむ。外部の薬屋に委託ですか。わかりました、今度の会議で話し合ってみましょう。我々の間でも、そろそろ動くべきではないかとの声が上がっていますから」
エインズウェル先生に事情を説明すると、先生はそう答えた。
「ありがとうございます。……こう言っちゃなんですけど、遅くないすか」
「学院は、生徒にやりたいようにやらせるのが基本です。このようなことは過去にも度々起きていますし、それに対処するのも学びの一環です。今回は少々事が大きくなりすぎましたが」
な、なるほど。
まあ確かに、いい経験っちゃいい経験だが。
「あなたたちの“賢者の塗り油”は実に精妙な薬です。ミセス・スクローザ先生も褒めていました。ですが、身を引くのも賢明な判断です。……冬休み明けにはなんとか間に合うでしょう。そのつもりで」
という話になったので、俺たちは期末試験の二週間前の販売を最後に薬の生産から手を引いた。
その後、期末試験が終わって冬休みが来た。
さらに日々は過ぎ冬休みが明け、始業式にて。
「商店街に新たな店舗が設置されました。今後“賢者の塗り油”はそこで取り扱います。場所等詳細は各寮の掲示板にて確認をお願いします」
エインズウェル先生がステージの上で言った。
ふぅーっ。
これで俺たちは“賢者の塗り油”の生産から解放されたってわけだ。ったく、とんだ大騒ぎだったぜ!
「最後に、今年の魔法競技会について一点お知らせがあります。今年、新たに“ファイブオンファイブ無差別級”の競技が開催されます。こちらも詳細は各寮の掲示板にて確認をお願いします」




