八十話 賢者の塗り油
「と、とりあえずもうちょい詳しいことを――」
「――き、きみがレオミュール?あの薬を売って欲しいんだけど」
「ねえお願い、もう一本ちょうだい!今度はお金払うから!」
「たのむ、俺にも売ってくれ!」
うわわわわ。
かなりの数の生徒が図書館にやってきて、俺に構うことなくマリーの元へと取り憑かれたように押し寄せてきた。これは大変だ。
「わ、わ、わ」
マリーは完全に思考が停止してしまったらしい。途切れ途切れのうめき声を発しながら固まっている。
「はいはいはいはい、ちょっと落ち着いてくれ」
こうなったら指をくわえて見てるわけにもいかない。
俺はマリーと薬を求める生徒たちの間に割って入った。
「なんだお前!割り込むなよ!」
「あっ、あんたクライヴでしょ!レオミュールと仲良いからって優先してもらう気?」
「じゅ、順番だぞ!」
すぐにものすごいブーイングが飛んできた。
「待て待て待て、言っとくが俺も生産側だ!話は聞くから、一回落ち着いて――」
「三百アリルで売ってくれ!」
は?三百?
ちょっと待て、目薬は一番高騰してた時で四十五アリルとかだったはずだぞ!?
「三百って――」
「なら四百でどうだ!」
「いや、そういう意味じゃ」
「四百五十!」
「よ、四百六十!」
「五百アリル!」
おいおいおい、あっという間に価格が二百アリルも上がってしまった。
こ、これ、収集がつかないぞ。
「なにをぐずぐずしてるんだ、一人占めしようったってそうは――」
「――ここは図書館です!騒がしくするようなら今すぐ出て行きなさい!」
司書さんの声が聞こえた。
だが、こいつらには聞こえてないのか、騒ぎは一向に収まる気配がなかった。
すると突然、薬を求める生徒たちの全員が浮かびあがり、そのまま後方へと吹き飛び図書館から放り出された。
「――全く!二年生にもなってここがどういう場所なのかを理解していない生徒があんなにいるなんて!……大丈夫でしたか?」
俺たちの元へやってきた司書さんが、杖を一振りして図書館の入り口のドアを閉めながら言った。
「あ、はい。ありがとうございます」
「一度私の部屋に隠れてはいかがでしょう。いつまでも図書館を閉めているわけにもいきませんから」
司書さんがそう提案した。
それはいい。お言葉に甘えるとしよう。
俺とマリーは受付の奥の司書さんの部屋に避難した。
「……で、どうする?たぶんある程度流通させないと収束しないと思うんだが」
「わ、わたしもそんな気がします」
「今、余りってどんくらいあるの?」
「四号の瓶で六本分です」
四号の瓶六本か。
だいたいコップ一杯の半分に満たないくらいの容量だ。
まあ瓶の容量はともかく、六本ってのは少ないな。さっき押し寄せてきた連中は二十人近くいた。
今、俺たちの薬を欲しがってるのがあの連中だけという希望的観測を採用しても、口コミでどんどん広まっていく可能性がある。
「……少ないな、百本は作らないと」
「そ、そんなにですか?」
「うん、それでも下手したら足りないくらい。あっそうだ、レシピ教えちゃえばよくね?」
俺はふと思いついた。
レシピを公開してしまえば、錬金術に自信のあるやつがまた供給してくれるはずだ。
「えっと、わたしもそう思っていろんな人に教えてあげたんですけど、こんな難しいことできない、って……」
あー、なるほど。
確かに、あの薬は葉っぱの発酵を始め色々めんどくさくて難しいからな。
「じゃあ俺たちしか作れないか。……ひとまず今あるやつだけ売って、再生産は中間試験の後にしない?もう一週間前だし」
そう。
今は今年最初の中間試験が一週間前に迫っている。薬の生産にかまけている場合ではない。
「わ、わかりました。そうしましょう!」
今後の方針が決まった。
俺は誰に売るかをどうやって決めればいいのかを一瞬考えて、くじ引きすりゃいいか、と思いついた。
というわけで俺はちゃちゃっとくじ引きボックスを作り、図書館の外で待ち構えていた生徒連中に一本三百アリルに設定して六本売りさばいてひとまずその場をしのいだ。
そして二週間と数日後。
最初の中間試験が無事終わり、答案も返却された。
先ほど二年生を集めた学年集会があり、いつもの上位者発表があったのだが、俺はついにボーヴォラークに抜かれて三位だった。書斎は機能してるらしい。
まあ、一位は普通にマリーが防衛したが。強すぎる。
それはともかく、問題なのはこれからだ。
今、俺はマリーと第五演習場の一角を借りて首・肩こり解消薬の販売ブースを準備している。
俺たちは試験が終わってからすぐに薬の生産に取り掛かり、百二十本を用意した。
「人、くるでしょうか……?」
マリーが俺に聞いてきた。
俺とマリーは一応自分たちの寮で、今日二十時から第五演習場で販売すると軽く告知したが、別にそんなに広告に力を入れたわけではない。
「まあ、来なきゃ来ないで平和でいいんじゃね」
「そうですね……」
「――ねえ、“賢者の塗り油”の売り場ってここ?」
粛々と準備を進めていると、いきなり知らない誰かが俺に聞いてきた。
「なんだよ“賢者の塗り油”って」
「え、知らないの?クライヴとレオミュールが作ってる薬のことだよ。首や肩の痛みにすごくよく効くんだ」
じゃあここのことなんだろうが、俺たちはあの薬に名前つけた覚えはないぞ。いつのまにそんな名前が広まってたのか。
「それならここだが。……そんな名前いつ付いた?生産者の俺ですら知らないんだが」
俺がそう尋ねると、俺に話しかけてきたやつが驚いた表情をした。
「生産者?それじゃあ君があの薬を作ったクライヴか!――もう薬はあるんだろ、売ってくれない?」
「ちょ、ちょっと待て、準備終わってからにしてくれ!つかまだ三十分前だぞ、来んの早すぎだろ」
今、時間は十九時半を過ぎてすぐとかのはずだ。販売開始まではまだ三十分近くあるはずなんだが。
「二十時まで待ってたら先に取られるに決まってるだろ!わかった、準備が終わるまで待つよ。でも最初に俺に売ってくれよな!」
「ああ、わかっ――」
「おっ、いたいた!おーい、“賢者の塗り油”を売ってくれ!」
「ちょっと、私が先よ!」
うわっ。
なんか続々とやってきた。何人くらいだ?一、二、三、四――って、数えられん!どう見ても図書館の時より多いじゃねーか!
「わ、わ、わ……!すごいたくさん来てます」
マリーが声を上げた。
すでに数十人が集まってきている。これもしかして百二十本じゃ足りない?
しばらくして販売ブースの準備が終わり、時間は二十時を回った。
俺とマリーは薬の販売を始めた。
売り切れた。
一瞬だった。
そもそも二十時を回った時点ですでに用意した分、つまり百二十を超える人数が長蛇の列を成していたので、俺たちは先頭の人から順番に一人一本ずつ売っていき、十分ちょっとで完売してしまったのだ。
百二十人に売った後も列はまだまだ続いていた。
俺は買えなかった連中が暴徒化することを恐れ、来週も同じ時間と場所で売ることを約束して帰らせた。
「こ、これどうしましょう……?」
マリーが小声で言った。
俺たちの元には、三百かける百二十、合計三万六千アリルもの大金がもたらされた。
「どうするも何も、もらうしかないんじゃない。……ほら、一万八千アリル」
俺はマリーに本日の売り上げの半分、一万八千アリルを渡した。
「……し、信じられないです。こんなお金――これ、来週もやるんですか?」
マリーは声を震わせた。
俺は、「約束しちゃったし」とだけ返した。
真面目に今後を考えてみよう。
俺たちが多少効率的に生産して、数十本生産数が増えたところでどうにかなる話ではない。
来週、また買えなかった人が現れればどうなるか。俺は再び一週間後の販売を約束するだろう。
じゃあ、再来週は?同じことの繰り返しか?
「よし、作戦会議だ。今後どうするか話し合おう」
俺はそう提案した。
「えっと、その、わたしたちだけで作るのは、無理じゃないでしょうか」
「うん、絶対無理。人を増やすしかない」
「はい。……でも、作れる人がいるんでしょうか?」
そう、その問題がある。
人に作らせるにしても、“賢者の塗り油”の製作難易度が高すぎるという問題が。
が、しかし、だからといって人を集める、というのがまるっきりダメかというとそうじゃない。
「全部やらせる必要はない、分業しよう。つまり、簡単な工程を他の人に任せて、俺たちは発酵とか難しいところだけをやる」
「……!それ、すごくいい考えですね!えっと、じゃあどうしましょう?葉の発酵はわたしたちがやって、あとは、材料の計量とか、果実から果汁を絞るところとか」
「ああ。ついでに、薬の生産から販売の過程は薬学教室の中だけで完結するわけじゃない。材料の買い出しとか、販売ブースの設置とか、そういうことも他人任せにしていい」
俺たちは材料の調達からブースでの販売までの過程を分解し、どの部分が難しいか、どれくらいの人数が必要か、どれくらいのお金を渡すかを話し合った。
まず、ベニダマノキの葉の加工と薬の最後の仕上げは一番難しいところなので当然俺とマリーがやる。次に難しいのが火鼠の肝の加工で、人数は一人で十分だが腕のいいやつが必要だ。
果実の加工や綿花の種の加工はそれほど難しくないので、まあまあ程度のやつに任せて大丈夫だろう。合わせて二人いればいい。
薬の瓶詰めと運搬は加工組がやって、あとは材料調達係とブース設置係をそれぞれ二人ずつ。お金の管理は俺とマリーだ。
「……ええと、合計七人か。あんま知らない人は雇いたくないよな、当てはある?」
「ご、ごめんなさい。あまり、人とお話しするのが得意ではないので。一人だけいますけど……」
一人か。
まあ、俺も友達百人いるわけじゃないしな。
ベルはたぶん乗ってくれるだろう。普通に錬金術はできるから、肝はともかく果実や種の加工は任せちゃって大丈夫だろう。
ルームメイトのダリルとか、ルークなんかにも声かけてみよう。あとは、オークス姉妹とか?
くそ、マリーがその一人を連れてくるにしても、あと一人足りねえ。
……ボーヴォラーク?いやいやいや。
でも、それくらいしかいないな。ダメ元で声かけてみるか。
「んー……、よし。なんとか集められるかもしれない。じゃあ、今日のところはこれで解散で、休日にそれぞれ人を誘ってここに来よう。それで大丈夫?」
マリーはこくんと頷いた。




