七十九話 錬金ブーム
授業授業授業図書館図書館図書館外語外語決闘の日々に、遊びが加わり俺の生活はちょっと楽しくなった。
やはり、時折息抜きをして活力を蓄えるというのは大事で、常に頑張るのも、それはそれでメリハリがなくてむしろ効率が落ちてしまう。
二年生になってひと月ほど経ち中間試験の足音が迫るこの頃も、おかげさまで集中して試験対策に励むことができている。
「はいはい、こんにちは。んじゃ始めるわよ」
今、俺は二年生になってから始まった錬金術の授業を受けている。
第六薬学教室で実験の授業だ。
錬金術は、なんというか、魔法と化学を足し算したようなものだ。魔法の視点から研究された化学、みたいな。
できることは色々だ。ある金属を別の金属に変えたり、いくつかの物質を混ぜ合わせてある一つの物質を生成したり。錬金術から派生した学問に、魔法薬学があるといえばだいたい何ができるのか想像はつくだろう。まあ材料の分野で魔法工学にも被ってるところがあるんだけど。
「そろそろ中間試験でしょお、みんな勉強してる?勉強ってさあ、ずうっと文字を見つめて目が疲れるじゃない?だから今日は目の疲れに効く目薬を作りまーす」
錬金術の授業を担当するのは、ダリア・スクローザ先生だ。
腰まで伸びた深い紺色のロングヘアーで、見た目はどう見ても三十代前半くらいにしか見えないのだが、“魔法物質とその性質”の授業を担当するロッド・スクローザ先生の母で、実際の年齢は六十をとっくに過ぎているらしい。
「作り方は黒板に書いてある通りよ。材料は机に上にあるやつね。注意は一個だけ、タカの目のペーストの分量を間違えると失明しまーす。ちゃーんと測ってねえ」
教室中が静まり返った。
し、失明て。マジか。
「あはは、ビビっちゃった?まあそんときは私が直すから、安心して失敗していいわよお。早く終わった人はワザとやってみるのもいいんじゃない。それじゃあ始め」
実験が始まった。
ええと、まずは鍋でお湯を沸かして、その間に材料の計量だ。紫キャベツの葉、イカの血、水牛の胆汁、それと問題のタカの目のペースト。
沸騰したら、そこに紫キャベツの葉を投入して、十分煮込む。十分経ったら火を止めて、一定温度まで下がったら水牛の胆汁とイカの血を入れて――
「さってと、クライヴは、っと。……うん、いい出来ねえ。それじゃ早速使ってみたら?」
全ての工程を終えて目薬を作った俺は、こっちにやってきたダリア先生にそう促された。
えええ、流石にちょっと怖いな。ダリア先生はいい出来だと言ってるけど。
まあ、失明しても直してくれるらしいし使ってみるか。
俺は意を決して自分が作った目薬をさしてみた。
……おおー。
これは、すごいな。目の疲れが一気に吹き飛んだぞ。
「……これ、使い過ぎたらよくないとかあるんですか?」
「特にそういうことはないわよお。一日一回、毎日使ったって大丈夫」
マジかよ。眼精疲労の対策は魔法文明が先を行ってるな。
という感じで目薬を作る実験の授業があり、その数日後。二年生の間では空前の錬金ブームが発生していた。
事の始まりは、目薬をうまく作れなかった誰かが、目薬をうまく作れて眼精疲労から解放されたやつを見て「いいなあ」と思い、そいつに金を渡して目薬を作らせた事だったらしい。
その話がすぐに広まって、授業でうまく作れた他のやつも小遣い稼ぎをしようと考えて放課後薬学教室に殺到、目薬を作りまくり二年生の間に目薬が流通した。
が、このブームはすぐに収束した。
面白いことに、需要と供給の経済の法則はこんなミクロな環境でもしっかりと適用されるらしい。最初そこそこの値段で売れていた目薬は、あっという間に供給過多になり価格が暴落、これじゃ小遣い稼ぎにもなりゃしない、と見切りをつけた生産者が続々と目薬事業から引き上げていったからだ。
さて、そんな目薬の栄枯盛衰に、俺は特に関わらず静観した。俺は錬金術のスキル的には供給側だが、別に小遣い稼ぎをしたかったわけでもないので、自分で作って自分で消費するだけだった。
「あっ、リオさん。これから第四薬学教室に行きませんか?」
授業が終わりいつものように図書館に行くと、俺を見つけるなりマリーはそう言った。
何かカゴを持っている。
「ええ?もう目薬ブームは終わっただろ」
「あ、いえ。目薬じゃなくて。あの、ずっと本を読んだり、勉強してると、首とか肩とか痛くなりませんか?」
「確かに」
「それを和らげる薬のレシピを見つけたので、試験対策のついでに作ってみようかな、と」
おお。つまりはあれか、湿布薬みたいなもんか!
それに、マリーの言う通り錬金術の試験には実験の試験がある。
「なるほど……。いいね、俺も行くわ」
「よかった、それじゃ行きましょう」
俺たちは第四薬学教室へやってきた。
ちょっと前までは目薬ブームに沸く二年生でごった返していたようだが、収束した今はもう閑散としている。
「で、材料とか、作り方とかは?」
俺がそう聞くと、マリーは持っていたカゴの中から材料を取り出した。
「ええと、ベニダマノキの果実と葉、綿花の種、火鼠の肝、ハッカ油です。まず、果実から果汁を抽出して――」
マリーの説明の後に、俺たちは薬を作り始めた。
この薬を作るには葉っぱの加工がかなり面倒だ。まず少し乾燥させてからちょっと揉んで、それから湿った空気が封入された容器の中に入れて、肌の温度くらいを保って一日放置して発酵させなくてはならない。
俺たちは容器の中に葉っぱを入れて、その日は帰った。
翌日、容器に入れてから一日経ったので葉っぱを取り出し、残りの工程をこなして薬を作ってみたが失敗。マリーの分析によるとやはり葉っぱの発酵がうまくいってなかったらしい。
葉っぱの発酵は結構難儀した。容器の中の湿度と温度の調整が難しく、何回か失敗して初めて完成させることができたのは、薬を作り始めてから五日目のことだった。
だが苦労した甲斐はあって、異世界湿布薬は、まあ実際には薬液を直接体に塗るので湿布じゃないんだが、抜群の効果を発揮した。
首、肩に限らずあらゆる体のこりが解消され、自分の体が半分軽くなったような感覚になった。そして気分も軽くなり、自然と笑顔になり、足取りも弾むようになった。ぶっちゃけ自分でもちょっとキモい。
ともかく、俺たちの作った首・肩こり解消薬の効果は絶大で、ベルにもおすそ分けしたところ、俺と同様笑顔でスキップし始めた。
そして、二年生最初の中間試験が一週間くらい前に迫った今日。
図書館に来た俺の元へ、血相を変えたマリーが駆け寄ってきた。なにやらただならぬ様子だ。
「あ、あの……。た、大変です!わたし、あの薬をちょっと人に分けてあげたんですけど、あの、そしたら、噂が広まっちゃったみたいで、今すごい数の人がわたしのところに来てるんです……!」
なんてこった、第二次錬金ブームの発生だ!




