七十七話 人生相談
「――なんですって?」
ボーヴォラークは俺の唐突な質問にあっけにとられた様子だった。
「悪い。いきなり言われてもわかんないよな。説明する。――」
俺とベルは、なぜかくのごとき行為に及んだのか、その経緯について説明した。
まず俺の夢が行き詰まり、急に人生が虚無になったこと。
そのことをベルに話したら、ベルもわりと虚無的な人生を生きていたこと。
このままでは俺たちが早晩燃え尽き症候群を発症することが懸念されたこと。
そして人生豊かそうなボーヴォラークに人生の楽しみ方を聞いてみようと思ったこと。
俺たちの切実な思いを聞いたボーヴォラークは、腹の底から呆れたような表情をして答えた。
「な、なんて情けない……!よりにもよってあなたたちがこのわたくしに雁首揃えて泣きつくだなんて!わたくしはあなたたちの母親ではなくってよ……!商店街に行けばいいのではなくて!?」
商店街か。
学院の敷地内にある大型ショッピングモール級の商業施設だ。確かにあそこに行くのが一番簡単な気もするが。
一年の最初の学院案内の時に三十分くらいさっと見回っただけで行ったことなくて、どうも尻込みしちゃうんだよな。
「いや、案内の時以外行ったことなくてさ」
「行ったことがない!?あなた、何が楽しくてこの学院で生活してるというの!?」
え、そこまで言う?
「だから言ったじゃん、今までは楽しかったんだって」
「それでも一度も行かないだなんてことがあるかしら!……ライゼル、あなたも大概でしてよ!何一つ楽しみがないだなんて、娯楽に対する態度というものを根本的に履き違えているのではなくて!?」
「そ、そうなのかなあ」
やれやれ、呆れられちゃったみたいだな。
しょうがない、帰ろう。
「……変なこと聞いて悪かったな。じゃ、失礼」
俺は見切りをつけて踵を返し、ベルもそれに続いた。
すると。
「お待ちなさい」
ボーヴォラークが俺たちを呼び止めた。
「え、なに?」
「……あなたたちに物事の楽しみ方というものを教育して差し上げますわ。こうも哀れな様を見せつけられては目を逸らすこともできませんわ。それに、こんなことで万が一好敵手が潰れては興ざめでしてよ」
ボーヴォラークはふん、と鼻を鳴らしながらそう言った。
おおお、マジか。
「そうね、まずはお茶会でも開きましょうか。わたくしはともかく、あなたたちは仲が良いのですから。適当におしゃべりしながらお茶を飲むだけで楽しめるはず」
なるほど、お茶会か。
「いつやるんだ?」
「今晩十九時からにしましょう。夕食を食べたらすぐここに来ること!」
今晩!?
「ま、待ってくれ。早すぎる、準備の時間を――」
ベルが慌てるが、ボーヴォラークがベルの言葉を遮った。
「ドレスコードを気にして身だしなみを整えていては夜が明けてしまいますわ!ライゼル、あなたのような神経質が肩の力を抜くには少し乱れてるくらいがちょうどよくてよ。――では十九時に!」
俺たちにそう告げるとボーヴォラークはさっさと寮に戻っていってしまった。
「……あっという間に決まっちまったな」
「……寮に戻ろうか、間に合わなかったら大変だ」
寮に早足で戻り、軽く夕食を済ませた俺たちは、再びドラゴン寮の近くへとやってきた。
なんとなくそわそわして体がこわばっている俺の横では、ベルが緊張した様子で髪の毛をいじっている。
つか、俺とベルとボーヴォラークとかいう謎メンツでお茶会とか、マジでどうしてこうなったし。
「ごきげんよう。クライヴ、ライゼル」
しばらくすると、寮の方からつかつかとボーヴォラークが歩いてきた。
「ども。どこ行くんだ?」
「商店街の喫茶店ですわ。……さあ行きますわよ、ついてきなさいな!」
はぁ、喫茶店か。この世界の喫茶店は残念なことにカフェじゃない。紅茶はもう普及してるんだけどなー。ほんっと、何でコーヒーだけないんだよ。
ボーヴォラークについていった俺たちは商店街へとやってきた。一年以上ぶりだ。
かなりたくさん生徒がいる。この賑わいぶりを見ると、なるほど確かに人気なようだ。
「こちらの店になりますわ」
ボーヴォラークに案内されたのは、商店街の中心から離れて少し閑散としている通りにある店だった。
こじんまりとした大きさで、全体的に暗めの色合いなこともあって、言われないと気づかないくらい控えめな店構えだが、近づいてみるとラグジュアリーな雰囲気で、うわあ高級そうだなあ、と思わされた。
重厚感のあるドアを開けて店に入ったボーヴォラークの後に俺たちも続いた。
内装も華美な感じではなく、照明は暗め。テーブルや椅子なんかも、いかにも貴族が使いそうな豪華なやつという風ではなくて、わりとシンプルなデザインだ。
客はまばらで、そしてやはりいい生まれっぽい人しかいない。
パリッとした白シャツにベストの出で立ちの店員の恭しい礼に上品に挨拶を返すボーヴォラークは、勝手知ったるといった様子だ。
ベルは店内を眺めているようで、高級な雰囲気にちょっと気後れしている俺とは違ってそれほど緊張しているようには見えない。まあ、貴族だし高級な感じには慣れているのかもしれない。
俺たちは店員に案内されて、奥の方の席に座った。
メニューを見て、ケーキセットを注文。俺はチョコレートケーキを頼んだ。実際の名前はもっとかっこよくてよくわからない感じだったが。
店員が注文をとり、俺たちの元から去った。
そして訪れる沈黙。
目だけをぐりぐり動かして周りの様子を伺いながら、机の下で手を揉む俺。
顔の前で両手を組んで、目線を微妙に上の方に逸らしているベル。
身じろぎもせずに背筋をぴんと伸ばして座るボーヴォラーク。
――お茶会の始まりだ。




