七十六話 苦手なこと
フェアリー・トーカーになるにはどうすればいいのか。
来年の留学に向けてそれについて割と真面目に考えてみたところ、謎が解決するどころかむしろ謎が増えてしまった。
想起ってなに?呪文ってなに?
なぜなぜ期の幼児に聞かれて大人が答えに困るような問いだ。つまり、けっこう根源的な疑問なんだろう。
なら、魔法とはなんなのか、を暴く魔法理論こそ、この疑問を解決するにふさわしい学問だ。
なんで俺はエインズウェル先生に質問してみた。なぜなぜ期の幼児のように。いや、ちゃんと真面目に質問したけどさ。
そして、結果は「分かりません」という回答だった。
おいっ、魔法理論の教授がそれでいいのかよっ、と言いたくなるが、なんと俺の疑問は魔法界でも百年くらい未解決の問題らしい。ミレニアム懸賞問題か何かか。
想起や呪文は、なんらかの情報を術者の外部、魔力に対して発信している。五感では感じ取れないようなやり方で。そうじゃないか、とは言われているが、それがどんなものなのかは、まるで分かってないんだそうだ。
はい。詰みでーす。
まあ、ちょっと考えてみればそりゃそうだ。
目が見えない人に色の概念をどうやって説明する?つまり、言葉で説明しようったって無理があって、実際に感覚してみないことにはどうしようもない。
なんで、俺ができることは、日々を過ごしながらある時突然「これだぁっ」と気づく瞬間を待つしかない。
要は、何もできない。困ったもんだ。
このまま日々漫然と過ごすだけだと、ただ図書館で勉強して週三で外国語勉強して週一で決闘をするだけになってしまう。いや、充実してるか。
……って、そうじゃない。ちょっと、遊びがなさすぎないか、これ。
考えてみれば、俺はこの世界でコーヒーを飲む、と決心して以来、明確に息抜きと呼べるようなことはほとんどしてこなかった。
まあ、今までは別にそれで大丈夫だったんだ。
だって、マジでコーヒー飲みたいし。俺のコーヒー飲みたい欲は闇の魔法が発動できるくらいだ。コーヒーに向かって一歩ずつでも前進してると思えばハイになるから、多少キツくてもなんともない。
でも今は前進していない。できない。ハイになれない。だから勉強勉強決闘だけだと、少し、つらい。
遊び。遊びか。
日本にいた時は、趣味と言えるようなものはコーヒーを淹れて飲むことと、あとはゲームくらいのものだった。
今思えば、この世界では趣味すら持っていないな。楽しんでるものといえばせいぜい決闘クラブくらいか?
はあ、息抜きのやり方さえわからないのか、俺は。
「……って感じでさ。なんか息抜きの仕方がわかんなくて」
その日、俺は寮でベルに、ふと気づいてしまった自分の悩みを打ち明けた。
「息抜きの仕方、かい?……」
ベルは沈黙した。
そしてしばらくすると、ちょっとはにかんだ様子で言った。
「――正直、僕も息抜きは苦手だね。ははは……」
「マジか。よくお茶会とか観劇とか行ってるイメージあるけど」
「まあ、そうなんだけど。なんていうのかな、そういうのって全部、教養なんだ。……ええと、つまり勉強しなくちゃならないものってこと。娯楽として楽しんでるかっていうとね」
ベルはそう言った。
貴族の生まれであるベルの周りには、娯楽が溢れてるはずだ。音楽、観劇、舞踏、狩猟とかかな?でも、そういう貴族の嗜みなんて言われてるものをベルは勉強させられた。そりゃ、強制されたら楽しめないか。
「リオなんかはむしろそういうことが得意なイメージだったけど」
「いやー……。魔大陸行きたい、ってのは超本気だから、そのために何かできるんならもうそれ自体が息抜きというか、楽しいんだよ。だけど今はフェアリー・トーカーになりたくても、なんもできなくて。そんで今更気づいたっつうか」
「なるほどね。……僕は、こうしなさい、って言われてるだけで、熱意があって努力してるわけじゃないんだよね。考えてみれば何かに熱中したことってないなぁ」
おおう。
もしや、ベルってわりとしんどい日々を送っているんじゃないのか。特に趣味もなく、「このような人生を送らなければならない」みたいな義務感だけで生きてたり?きつっ。
「そういやさ、ボーヴォラークはなんか楽しそうだよな」
俺はそう呟いた。
あいつはベル以上の大貴族の生まれだが、なんつうか、好きに生きてる感じがある。
一応ベルと同格の生まれのはずのアレンやルイスをこき使い、勉強のために自分の部屋に書斎を作っちゃったりとか。
「確かに、あまり肩肘張ってないように見えるね」
ベルも同意見のようだ。
「聞いてみるか?楽しく生きるコツとか」
俺はちょっと冗談めかして言ってみた。
すると、ベルは割とガチトーンで「悪くないかもしれないね」と呟いた。
結局、ボーヴォラークに聞いてみる方向で話がまとまり、明日早速、授業が終わったらドラゴン寮の近くで待ち構え、ボーヴォラークを捕まえて教えを請うことになった。
そして翌日。
五限目を終えた俺とベルはダッシュでドラゴン寮へと向かい、ボーヴォラークを待った。
しばらく待つと、きた。ボーヴォラークだ。
俺たちはボーヴォラークの前へ飛び出した。
「な、なんですの!?」
「ちょっといいか。聞きたいことがあるんだが」
重大そうな雰囲気を醸し出している俺とベルに気圧されたか、ボーヴォラークは半歩後ずさった。
「は、はぁ……」
「――楽しく生きるコツってなんだ?」
2019/11/27
申し訳ありません、リアルが少々忙しくなるのでひと月ほど更新頻度が下がります。一日一回〜三回の更新になると思います。




