七話 一週間、それぞれの進展
どうやら“魔大陸”にならコーヒーノキがある可能性があるみたいだぞ、ということが判明し、コーヒー再現への偉大な一歩を踏み出した学院案内初日から五日が経ち、今日は学院案内の最終日だ。
二日目からは、これからは調べ放題だぞ、ということで心にも多少余裕が生まれ、純粋にオリエンテーションを楽しめた。
床も柵も完全に透明で、机と椅子だけが浮かんで見える恐怖の“透明バルコニー”。下は美しい庭園になっている。
なお、庭園に鎮座するガーゴイル像は、下から女子のスカートを覗こうとする不埒な輩が現れると動き出して、一日の間石像にしてしまうんだとか。あなおそろしや。
学院を囲む湖であるエルフェトリア湖のクルージングもあった。
ネッシーみたいな馬鹿でかい怪物に水面下から船を持ち上げられた時は流石にビビったが、かなり温厚な性格のようで船を器用に頭に乗せて、しばらく悠々と泳いでいた。
“飼育棟”は想像通り、想像を遥かに超えた不思議生物がわらわらいた。人が口に出そうとすることを予知して喋るインコ、視線が合うとその人が身につけている一番大切なものを泥棒するネズミ、周囲に衝撃波が発生するほどのスピードで飛んでいるニワトリなんかがいた。
そのほか、授業で使う教室や、各教授の部屋、歴史的価値のある建造物などを巡った。
そして最終日の今日は学院の敷地内の娯楽施設、商店街で一日自由行動だった。
もちろん俺は三十分ぐらいで一通り見たらさっさと切り上げ、図書館に直行だ!完全にぼっち一直線の立ち回りだが、コーヒー再現のためには仕方のないことだ。
図書館での情報収集および考察の成果も上々だった。
まず、ちょっと心配だった焙煎時の加熱方法については、一定範囲を均等に加熱する魔法があることを、熱関係の魔法を片端からリサーチした結果発見したので解決した。魔法文明、万歳!
それと、この世界では魔法を利用した工学の研究が盛んらしい。コーヒーチェリーの果肉や皮の除去も、そのための機械を造れるかもしれない。
まぁ、理数系の高度な知識は必須だし、ド文系の俺にそれが理解できるかと言う問題はあるが。
コーヒーノキの発見自体は、とりあえず魔大陸渡れ、で議論は終わっているが、栽培もまた大変だ。
ある程度の高度が必要、日光は必要だが強すぎるとダメ、霜で全滅、病気にもあまり強くない、などなど、コーヒノキは結構デリケートな植物。さらに栽培に適した地域には熱帯低気圧もやってくる。
そしてコーヒーの収穫量は少ない。一本の木から生産できるコーヒー豆は年間四百グラムから多くて五百グラム程度。だいたい一杯で十グラムは使うので、一日一杯飲むと年間で四十日から五十日しか飲めない。
当然俺は一日に何杯も飲みたいから、最悪初期は我慢するとしても最終的には大規模にやらなくちゃいけない。まだ読んでないが農学の本はすでに見つけてある。
だけど栽培が上手なだけじゃ不足だ。持続的に供給するためには、自分の生活と栽培を両立させる必要がある。
土地はどうする?魔大陸は行ってみないとわからないが、多分生活するには危険すぎるだろう。となると例えばナディア大陸南部の高地に移住するということになる。
土地代、家の建設、栽培のための肥料、機械の維持、自分の生活――いくつかは自給自足が可能かもしれないが、全部タダとはいかないだろう。どうやってコーヒー生活を維持すればいい?
うーん。
どう考えたってこれを全部一人でこなすのは無理だ。
だからと言ってどう協力者を募ればいいんだ?「この世界とは別の世界で広く普及してる飲み物があるんだ。その原料を探すために一緒に魔大陸を冒険しようよ!」――正気を疑われるに決まっている。
現実的には、魔大陸に興味のあるやつを募って、名目上の目的は単なる探索で、俺だけコーヒーを探す、とかだろう。農場運営はどうしようもないが。バイトでも募集するか?
とりあえず、現段階で思いつく事はここ六日間で一通り列挙した。今やるべき事はこれらを整理して優先順位をつけ、これからの活動方針を決定する事だ。
まず、魔大陸を探索しないことには始まらない。そもそも行くこと自体が難題なわけで、三十年前の最後の探索も、行って帰ってきただけで、冒険者ウェリウスが百五十年前くらいに南西部をちょこっと探索したのがほとんど唯一の成果らしいから、この人についての情報を集めることが最優先だ。
そして魔大陸自体も厳しい環境だ。ずば抜けた戦闘能力やサバイバル能力などが必要か。
当然これは要訓練だが、戦闘能力はともかく学院でサバイバル能力なんて鍛えられるのか?この世界には、冒険者、はいるみたいだが、卒業したらやってみるのもいいかもな。どのみちワンクッションは必要だろう。
んー、こんな感じか?
他のことは余裕が出てきたらやろう。学生生活との兼ね合いもあるしね。
司書さんが閉館十分前の呼びかけをしている。この声にも随分と耳慣れた。
司書さんはあれだな、最初俺が図書館に入った時にいきなり注意されたから、なんか厳しいイメージがあったがそうでもないな。
いくつぐらいだろう?少なくとも二十代には見えないが、ポニーテールだからかちょっと若く見えるような?いや、髪の色がグレーだからむしろ歳食って見えてる気もする。どっちだよ。
俺がいつも作業をしている机の反対側では、例の女の子が片付けを始めていた。
この六日間、この女の子もずっとこの机で何やら本を広げて勉強している。
しかし今日、俺は商店街での自由行動をたったの三十分で切り上げて急いで図書館に来たと言うのに、この子は俺が着いた頃にはすでに作業に入っていたのだから驚きだ。下手したら開始ゼロ分で図書館に直行した可能性すらある。
俺が言えたことじゃないが流石にもうちょっと学生生活を楽しもうとしてもいいんじゃないか、とも思う。
結局俺たちは六日を通して一度も会話することなく図書館を出て別れてしまった。
俺はまだ名前すら知らないが、まあでも、目の保養で十分だ。お互い集中してるのを邪魔することもないだろう。
さて、明日は一日休みがあって(つまり終日図書館だ、イエーイ!)、その次の日からはいよいよ授業が始まる。学生生活も本番だ。
配られた教科書を流し読みしてみた限りでは、全て四年半の家庭教育時代に学習した内容だった。苦労することはないだろうが、どうなることやら。
リオも異性相手にはヘタレですけどあちらさんも大概コミュ障です