六十九話 帰還
碑文はあれで終わりではなく、もうちょっとだけ続いていた。
――最後に、もしこの第一章に立ち戻りたくなった時に再びここへ訪れる労苦を避けるため、序章の先を読めるように計らっておく。この碑文を読み終えた諸君らに限り、序章の先のページに同じ文が見えるようになるはずだ。――
なんだって?
俺が碑文を読み終えると、碑文が突然光り輝き、淡い光の筋が碑文から俺の体の中へと入り込んでいった。
こ、これであの白紙の一部分が読めるようになったのか?あとで読んでみよう。
「……ええと。これで終わりです」
「なんと、まだ続きがあるというのか」
ドラゴンが嘆くような口ぶりでそう言った。
「あと四箇所もあるんですよ、こういうのが」
「まずはそれを巡らねばならぬ、ということか。よかろう、では碑文を巡り我に聞かせよ」
いやいやいやいや。
「いっやー、そうしたいのは山々なんですけど、僕妖精の言葉分からないんで。それに、ずっと旅ができるわけじゃない、というか。今、休暇なんで、あと三週間くらいしたら学院に行かないといけないんですよ」
「なんだと?」
「えっとぉ、そこは魔法を学ぶための場所でですね、ええと、たぶんそこならフェアリートーカーを知ってる人がいるかもしれないです。つか、あの、そもそも僕自身がまだまだヘナチョコなんで。もっと鍛えないと、間違いなく死にます」
それは俺の切実な問題だ。
アンナはここの碑文が最も簡単と言っていたが、正直ドラゴンに焼き殺されなかったのって、わりと運の要素があったと思うし。他の四箇所がこれ以上とか、絶対死ぬじゃん。
「まあよい。少年よ、おまえが生きているうちに為せばよい。ヒトが生まれてから死すまでの年月など、待つというほど長いものでもない」
おお、超長寿の生き物特有の時間感覚が垣間見えたな。
「さて、用が済んだならとっととお暇しま――」
「ところで少年。おまえはまだ求めているものがあるだろう」
ぎく。
「おまえは碑文を求めてやってきたことは確かだが、同時に鱗も求めている。そうだな?」
ドラゴンはニヤリ、という風に口角を上げて俺に顔を近づけた。
はい。そうです。
お金欲しさに鱗を盗もうと考えました。
「いや、あの。まあ、ぶっちゃけ欲しいんですけど、ちょっと事情があって。ほら、さっき学院に行かなくちゃいけない、って言ったじゃないですか。でですね、その前に家に帰らなくちゃいけないんですけど、ここから僕の家ってちょっと遠くて。そのお、帰るのに結構お金が必要なんですけど、そのお金が用意できそうになくて。それで鱗を売ってお金にできたらな、って。ちょっと考えてました。いや、マジ、すいません」
俺は必死の釈明を試みた。
「なるほど。おまえの家はどこにある?」
「ええと、ケルネという町です。ユニコーンで三日ぐらいの距離です」
俺がそういうと、ドラゴンは鼻を鳴らした。
「ならば我が飛べば半日とかからん。背中に乗れ、そこまで飛んでいってやろう」
マジっすか。太っ腹じゃないですか。
俺はまたドラゴンの背中に乗って空を飛んだ。
「あの町がそうか」
「あっ、はい」
マジで一瞬だった。
濃密すぎてちょっと信じられないが、俺の今日の一日は、まず朝早く竜の巣に通じる洞窟を進み、昼前くらいに到着。
そこからドラゴンと会話してるうちにヴィンスが鱗を奪い、それを追ってドラゴンに乗ってヘルムトまで飛んでヴィンスを倒し、竜の鱗を奪還。
そして竜の巣へと戻ってアンナの碑文を解読して俺の家があるケルネへと飛び立った。
そんときはもう昼をだいぶ過ぎていたはずだが、ケルネが見えてきた今はまだ日も暮れていない。驚異的な超スピードだ。
「えっと、じゃあこの辺で降ろしてください。町の上空だとビビられると思うんで」
俺たちはケルネの町から少し離れた野原で降り、飛び去っていくドラゴンを見送った。
「……で、なんで来たの?」
俺の隣にはなぜかシェスフィがいた。
「だから!竜の巣で一人になりたくない、って言ったでしょ!」
「あのままドラゴンに乗って帰ればいいじゃん」
「あんたの魔法が切れたらどうすんのよ!」
あっ、そっかあ。
身体強化の魔法はもちろん時間が経てば効果は消える。シェスフィは魔法使えないからな。
「つか、先にヘルムトで降ろしてもらえば良かったんじゃ」
「――あの時は忘れてたの!あるでしょ、そういうこと!」
逆ギレされてしまった。
「……どうすんの?」
「別に。適当に帰るなりなんなりするわよ。あんたみたいに期限があるわけじゃないし」
まあ、それもそうか。
家に帰ってきてあっという間に三週間が過ぎた。
シェスフィは何日かケルネに滞在したあとどこかへと旅立っていった。
せっかくなので見送ったが、別れ際「次会ったらまたお金を恵んでもらおうかしら」なんていけしゃあしゃあとのたまった。
思えばこいつのせいで百倍面倒臭くなったといっても過言ではない。裏にヴィンスがいたとはいえ。つか、結局カネは戻ってきてないし!
アンナの本を開いてみると、確かに白紙だったはずのページに竜の巣の碑文に刻まれていた内容が書かれていた。どういう仕組みだ。
母さんと父さんも三日前から家に帰ってきていた。
俺はこの夏休みに体験したことを話した。
魔大陸に興味があって学院から本を借りたことに始まり、時間と金があったのでセープラ山脈の竜の巣を探索してみようと思って麓のヘルムトの町に行ったこと。
財布をスられて一文無しになり、冒険者になって糊口を凌いだこと。
財布をスったやつ、シェスフィを見つけて話を聞き、財布を取り戻すため竜の鱗を狙う盗賊ヴィンスを共謀して捕まえたこと。
取り戻した財布にお金が入っておらず、ヴィンスがすぐに脱走したこと。なんやかんやあってシェスフィと竜の巣を目指すことになったこと。
竜の巣への旅と、ドラゴンとの対話、ヴィンスとの戦いとその結末、そしてアンナの碑文。
母さんと父さんの反応はそれぞれ違っていたが、「財布の盗難対策は徹底しろ」という点では一致していた。
さて、明日からはまた学院生活が始まる。
学年が一つ上がって二年生だ。みんなとは二ヶ月弱ぶりくらいの再会になる。なんかもうずっと長く会ってないような気がするが。
ベルやマリーはどんな夏休みを過ごしたんだろう。俺の夏休みの話を聞いたらどう思うかな?
夏休み編終わりです
次から二年生編開始です




