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六十六話 ヴィンスとの戦い

「早くしろ!そこの鳥にこいつをくくりつけろ!――来たか!」


「――ヴィンス!!」


 郵便局の中は大変なことになっていた。


 何人かが血まみれになって倒れ伏し、一般客は腰を抜かして隅っこで縮こまっている。

 ヴィンスは窓口のカウンターに足をかけて、職員に杖を向けて脅していたところだった。


「……このガキ!それにシェスフィ!大した幸運じゃねえか、ええ?まさかドラゴンを説き伏せて戻ってくるたあ思わなかったぜ」


 ヴィンスは振り返り、こちらに杖を向けながら言った。


 気がつくとシェスフィもこちらに来ていた。


「――あの鱗がお前の秘策か?」


「そうだ!ドラゴンを誘き寄せるなら、鱗を使うのが一番だ!だから大昔に奪われた、もう擦り切れてゴミになってる鱗を取り寄せようと考えたのさ!……くく、鱗を手に入れるために鱗を使う。なかなか粋な考えだろ?」


「なぜ俺に行かせた?シェスフィにこっそり持たせて、お前とシェスフィで行った方が確実だろ」


「シェスフィ一人をドラゴンの前に行かせたところで、俺がついてきてることがドラゴンにバレるさ。やつはとんでもない洞察力があるそうだからな」


 なるほど。確かに、こいつとシェスフィで行ったらそうなっていただろう。


「だからと言ってわたしたちがああ動くと確信できたのはなぜ?わたしに情報を握らせた上でこいつに捕まえさせるまでは仕込めるとしても、そのあとは私たちの行動に依存しているはずよ」


「確信?ねぇよ、んなもん!テメエの俺に対する恐怖心、そして金に困ってるガキが一緒になれば大胆なことをしでかすんじゃねえかと思っただけだ」


 思っただけ?

 そんなんで、あんなことを?


「たかが勘とバカにするなよ、こいつはなかなか当てになるんだぜ?……くくく、俺にはなーんとなく分かるのさ!人の心の中に渦巻く欲望、欲求ってのがな!あの時もそうだよ、ガキ!いくら音を消して忍んでようが、お前が自分の金に執着する心をビンビン感じた!」


 な、なんだそりゃ。レーダーじゃねーんだぞ!?


「なんてことはねえ。たった一つのきっかけで、こんな勘が身についちまった!……欲望!欲望!欲望!俺の中のそれに気づいた時、万人がそうだと気づいた!人の心の無言の叫び――あれが欲しい、これが欲しい!ああなって欲しい、こうなって欲しい!それを聞けるようになった!」


 すごいオカルトを語り始めたぞ。

 いや、魔法の世界でオカルトってなんだよ、って話だが。


「……興味深い話だが、あいにくお前の講義を聞きに来たわけじゃない。竜の鱗を渡してもらう――≪ウフェンデ(叩きつけよ)≫!」


 俺の放った攻撃呪文を、ヴィンスはひらりと躱した。


「――よっ、と!……ガキ!お前は大した魔法使いだぜ、二度も俺を捕まえるとはな!二度目はともかく、最初の時はあれでも真面目に逃げたんだぜ?俺じゃ普通にやったらお前にゃ勝てねえ。なんで、ちょいとズルい魔法を使わせてもらう!――≪ウフェンデ(叩きつけよ) オブスカーレー(昏く)≫!!」


 ヴィンスの杖先から、黒い攻撃呪文が放たれる。闇の魔法だ!


「――≪エルケ(妨げよ)≫!」


 俺はヴィンスの闇の攻撃呪文を受け流した。

――強い!一発の重さはかなりのものだ!おそらくヴィンスの強欲さが力の源か。


 だが、一回の詠唱で一発しか飛んでこないならどうにでも出来る。


「逸らしただとぉ?んなことも出来んのか!ならこれはどうだ、≪オグニ(炎よ) エルデ(燃えよ) オブスカーレー(昏く)≫!!」


 今度は闇の炎を放ってきた!

 くそ、こいつは厄介だぞ。俺も使ったことがあるから分かるが、水じゃ消化できない!


「≪オグニ(炎よ) エルデ(燃えよ) フルティウス(より強く)≫!!」


 俺は炎の勢いでゴリ押しすることにした。

 俺の炎と、ヴィンスの闇の炎が激突する。わずかに拮抗、いや、向こうの方がちょっと上だ!


 火力だけは侮れないな!俺は炎の向きを変え、闇の炎の進行方向をずらした。馬鹿力に対処するには逸らすのが一番だ。


「――ぐっ!」


 が、闇の炎が突然途絶えた。


 ヴィンスの方を見ると、頰に赤い筋が走っている。


「ちょっと、こっちに飛んでこさせないでよ!」


 振り返ると、シェスフィが紐のようなものを持っている。

 あれは、投石具か?こいつ、そんなスキルもあったのか。


「このアマ!――」


 ヴィンスの注意がシェスフィの方に逸れた隙をついて俺は≪ウフェンデ(叩きつけよ)≫を放った。

 だが、すぐに気づいたヴィンスは俺の攻撃呪文を回避した。くそ、いい反応しやがる。


 しかし、今みたいに巻き込む恐れは確かにあるな。

 俺は一瞬だけ視線を動かして郵便局の中を確認した。


 さっき突入した直後より少し人の数が減っている。何人かは逃げたようだ。

 だが、まだ人はいるな。


「シェスフィ!まだ中にいる人を外に避難させろ!」


 俺はシェスフィに呼びかけた。


「わ、わかったわ!――巻き添えは嫌よ!?」


 シェスフィが駆け出した。


「この、好きに動けると思うな!≪オグニ(炎よ) エルデ(燃えよ)――」


 ヴィンスが杖先をシェスフィの方に向けて詠唱するが、俺はすかさず攻撃呪文でそれを妨害した。


「好きに動けると思うな」


「クソが!」


 それからヴィンスは俺から目を離すことはなくなった。


 ヴィンスの闇の魔法は確かに強力だが、それほど対処に苦労するわけではない。正直、闇の魔法に頼ってさえ、魔法使いとしての実力なら俺の方がまだ上だ。


 にもかかわらず、俺はヴィンスにダメージを与えられないでいた。

 ヴィンスは俺の動きに早くも慣れ始めていた。俺の攻撃を獣のような素早い身のこなしで避け続けている。

 魔法使いとしての実力で劣っても、身体能力、そしてセンスで補っている。アンダーグラウンドで長いこと生きてきた中で養われたのかもしれない。


「――もう誰もいないわよ!」


 シェスフィの声が聞こえた。よっしゃ!


「そのままシェスフィも離れろ!」


「ええ!――勝ってよね、ドラゴンに街ごと焼かれたくなんてないわ!」


 シェスフィもいなくなったようだ。


 これで、ここには俺とヴィンスだけしかいない。

 さて、ギアを上げていきたいのは山々だが、それよりもまずはヴィンスの足を封じたいところだ。


「≪エクア(水よ) フルエ(流れよ) メグネー(多く)≫!!」


 俺はヴィンスに向けて水を放った。そして、ヴィンスの足元が水浸しになると同時に、≪フローゲー(凍てつけ)≫の呪文で凍らせる。


「なんだと!?」


「――≪ウフェンデ(叩きつけよ) フルティウス(より強く)≫!!」


 力任せに氷の拘束から逃れたヴィンスだが、もう遅い。

 俺の攻撃呪文はヴィンスの脇腹に命中した。


「ぐおおおおおっ!」


 ヴィンスは床でのたうちまわっている。勝負あったか。


 だが、これは生かしたままドラゴンに突き出した方がいいのか?俺は一瞬迷い、ヴィンスに向けて束縛の呪文を放ったが、ヴィンスは≪エルケ(妨げよ)≫の呪文でそれを防いだ。


「くそ、往生際の悪い!」


「ああ、まだ、手は、あるからな……!売りもんだが、仕方ねえ――≪スルベー(吸え) フルティティル(強く)≫!」


 ヴィンスが何かを吸収した。

 俺はもう一度束縛の呪文を放った。


 が、ヴィンスに直撃した呪文は、そのまま弾かれてしまった。何が起きた!?


「くくく、くははははははーっ!!……こいつはすげえ!これが、ドラゴンの力!たかだか片鱗でこれか!――くははははははっ!」


 高笑いして立ち上がったヴィンスの体は傷一つなかった。肌が赤茶色に染まり、口からのぞく歯は心なしか尖っているように見える。


――ま、まさかこいつ、竜の鱗の力を吸収したのか!?

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