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六十四話 飛び立つ

 ドラゴンは咆哮して巨大な翼を広げると、俺たちに背を向けて巣から飛び出して行ってしまった。


 静寂が訪れた。


「ね、ねえ。これって――」


「あの取引から全部あいつの策略だったんだ。あの擦り切れた鱗があいつの秘策だった。俺の財布に鱗を入れて、俺にここまで持って行かせた!」


「じゃ、じゃあ!取引がいつあるかをわたしに聞かせて、その上であなたにわたしを捕まえさせて、財布を取り返させる。それからお金がなくなってることに気づいたあなたが、鱗を求めて竜の巣に行くところをついていく!そんなのが()()だっていうの!?」


 まあ、確かに不確定要素が多すぎる。

 シェスフィを俺が捕まえなかったらどうするのか。そして俺に吐かなかったらどうするのか。

 俺が竜の巣に行かなかったらどうするのか。そもそも俺が財布の中に何かあるのを見つけちゃったらどうするのか。だが――


「実際成功しただろ」


「それはそうだけど!……で、どうするのよ」


 どうする、つってもなあ。


「どうしようもなくないか?」


「まあ、そうね。……じゃあ、ここでヴィンスがドラゴンに焼かれるまで待つ?」


 そうするしかないだろう。


 俺は静かになった竜の巣を見渡してみた。

 巨大なドラゴンがいないと、随分とだだっ広く感じる。竜の巣は、鱗が大量に散らばってる以外はほとんど何もない空洞だ。

 いや、ちょっと離れたところに何かある。何かが刻まれた、綺麗な四角形の形をした石だ。

 俺はその石に近づき、よく見てみた。


 これは、魔法言語で何か文章が刻まれている。


――あ!


 そうだ!アンナの碑文だ!魔大陸に関する情報が記された碑文だ!


 俺は急いでさっきドラゴンの前でぶちまけた荷物のところへ行き、魔法言語の辞書や文法書、そして一応持ってきたアンナの書いた本を抱えて碑文へと戻ってきた。


「……これは、なに?何かの文字がびっしり刻まれた、石碑かしら」


 気がつくと、シェスフィが俺の近くにきて、碑文を見つめていた。


「この碑文は魔法言語で書かれてる。俺は、もともとこの碑文を解読するために竜の巣に行きたかったんだ」


「これのために?……何が書かれてるの?」


「魔大陸についての情報だ。……魔大陸は知ってるか?」


「あれでしょ?五つの大陸に囲まれてるとかいう……ここのドラゴンもそこで生まれたという噂よ」


 シェスフィはそう答えた。


「ドラゴンが?」


「ええ。うちの里の伝承によると、ドラゴンは世界の真ん中で生まれて、成長してあちこちを旅しているうちに生まれ故郷は大海に隔てられて帰れなくなっちゃったそうよ」


 おいおい。それが本当ならドラゴンはかつて大陸が全部繋がってた大昔から生きてることになるぞ、どんだけ長寿だよ!

 つか、あのドラゴンですら飛んでいけない場所って結構やばくないか?意外とスタミナなかったりするのか、もしかして。


 まあいい。解読を始めよう。

 俺が辞書を片手に、碑文の文字を読もうとした瞬間。


 ごう、と空気が振動し、続いてものすごい揺れが俺を襲った。


「おまえ、もしやそれが読めるのか」


 振り返ると、そこにはドラゴンがいた。

 これが読めるか、って?


「ええ、まあ。辞書とか文法書――えっと、書物の助けさえあれば」


 というかもしや、このドラゴンは読めないのか?なんか魔法言語とかネイティブレベルに習得してそうなイメージあるが。


「なんと!つい百五十年ほど前に、一人の女が突然やってきてそれをこしらえた。我を少しも恐れることなく、ずかずかと踏み入ってだ。その女は、我の生まれた地について書き記したと言い残し、まるで始めからいなかったかのように消え去った」


 ええ、このドラゴンを前にしてそんなあっさり設置できたのかよ!ガス点検の業者くらいの気軽さじゃん。


「――我が生まれの地!放縦なる旅の果てについぞ一目見ることさえ叶わなくなってしまった!我が翼を持ってしても、近づくことすら出来ぬ。もはやこの小さな石に故郷を望む他ない。だが我にはそれに記された文字が読めぬ」


 な、なんか凄い悲しそうな口調だ。


「そ、そういえば、あなたの鱗を盗んだこそ泥はどうなりましたか!」


 シェスフィがそう聞くと、ドラゴンは悲しそうな表情から、一瞬で怒ったような表情に変わって咆えた。


「――そうだ!あのこそ泥め!すでにこの山から消えている!おまえたちはあのこそ泥が何者かを知っているようだな。どこだ、やつはどこへ消えた?」


 もう山にはいないのか。

 となると、もうヘルムト辺りまで転移していると見るべきだろう。


「え、ええと、ここより南にいくつか山を越えた、人間たちの町にいるかと!」


「なるほど、あの町か。――いいだろう、全て焼き尽くし、炙り出してくれる!」


 ドラゴンは再び翼を広げて叫んだ。


 お、おい。このまま行かせたらヘルムト壊滅しないか?


「お待ちください!あの町を焼かれては――」


「それがどうした!ヒトのごときのすみかがどうなろうと構いはせぬ。我の鱗を取り戻しさえすればな」


 そ、そりゃあこいつからしたらそうだろうよ!

 でも、このまま行かせるわけには――なら!


「待て!俺はあなたの生まれ故郷をいずれ訪れる者だ!ここへはそのためにやってきた!俺はこの碑文を解読できる。もしあなたが人間にわずかばかりの慈悲を与えるならば、俺はあなたを、生まれの地へと導こう!」


 ドラゴンは俺の方に向き直り、俺の目の前まで巨大な頭を近づけていった。


「我に取引を持ちかけるか!――だが慈悲を与えてどうなる?我の鱗を抱えて消える様を、見過ごせというのか?」


「俺たちがやつを捕らえ、鱗を取り戻し、あなたに捧げる!」


 俺がそう啖呵を切ると、ドラゴンは「よかろう」と言って再び俺たちに背を向けた。


「――我が背に乗れ!そして導け!我をかの町へ、不遜なるこそ泥の元へ!おまえがいずれ我を我が生まれの地へ導くように」

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