六十三話 問答
シェスフィに従って洞窟をしばらく進んでいくと、どこかから光が差しているのか、俺が魔法で照らさないと真っ暗だった洞窟が少し明るくなった。
「竜の巣はすぐそこよ。……でも、ちょっと待って。まだヴィンスが来てないわ。しばらく待機しま――」
「――そこにいるのは何者だ?」
な、なんだ!?
明るくなっている方から声が聞こえる。
だが、ものすごく遠くから聞こえてきているように感じる。それに、洞窟全体が震えているかのような大きな声だ。
「――そこから進み、我が眼前に姿を現せ。何者かを我に示すが良い。然もなくば、そのちっぽけなほら穴はおまえたちを焼く窯となるぞ」
謎の声はそんなことを言った。
「おい、これってまさか」
「……ドラゴンよ。ドラゴンは人の言葉を喋れるの。でも、まさかこんなすぐにバレるなんて――いきましょう、どうなるかは分からないけど、ここにいても焼き殺されるだけよ」
いや、先に言えよ!意思疎通できるだけマシだけどさ!
俺とシェスフィは重い足取りで前へ進み、洞窟から出た。
狭かった洞窟から一気に視界がひらけた。
ムチャクチャ広い空間だ。たぶん、山の外から見たら、山の一部をくり抜いたように見えるんだろう。ずっと向こうには大空が広がっている。
そして、目の前には小山のような巨体。
ワイバーンなんかの比じゃない。デカすぎる。
全身がきらめく赤銅色の尖った鱗に覆われている。前足は結構細めだが、黒光りする爪の大きさは尋常じゃない。首から背中、尻尾にかけて細長い棘が連なっている。
そして足元には、ややくすんだドラゴンの鱗が大量に散らばっている。あれがそうか。
ドラゴンは長い首を上に伸ばして、鼻から炎を噴出しながらこちらを見下ろしている。
「ヒトか。やはりそうか。いや、そう考えたからこそ我はヒトの言葉で呼びかけたのだが。――さて。ここに暮らしてもう長いが、おまえたちのようなヒトが来たのは初めてではない。その中にはちょうどおまえのような髪の色をした者も何人かいたものだ」
ドラゴンはシェスフィの方に顔をぐっと近づけて言った。
すぐそこにドラゴンの顔がくる。鋭い牙の一本一本が、俺たちの身長と同じくらいの長さがある。で、でかい!
「だが、ほとんどの者は不遜にも我が鱗を狙ってやってくる意地汚いこそ泥どもだ。一つだけなら構やしないなどと考えてくすねようとする。全く愚かなこそ泥ども――たとえ我が身からはがれ落ちようとも、それは永遠に我そのもの!かような連中は我が炎でことごとく灰も残さず消し飛ばしてやったものよ」
ドラゴンはそう、笑った。
目を細め、口元を上げている。なんて表情の豊かなやつだ。
「――ですが、わたしたちは違います!きらびやかなる空の主よ、わたしたちは恐れ多くも諫言に参ったのです!」
シェスフィが声を上げた。
「ほう?」
「聡明なる大王よ、何者も及ばぬ高き天空のごときその叡智に比すれば、ほんのわずかだけ賢いこそ泥があなたの貴き鱗を狙っています!剥がれ落ちた鱗を掠め取るということが、どれほどあなたを憤らせるかを知り、どこまでも見通し、聞きつけ、嗅ぎつけることを知ってなお、この天上の宮殿に忍び込み、人が手にしようとするものの中で最も価値あるものを盗み取ろうとする者がいることを、わたしたちは知らせに参ったのです!」
シェスフィは朗々と口上を立てた。
だが、ドラゴンは意地悪そうな笑みを浮かべている。
「なるほど。礼儀は解しているようだが――しかし、おまえたちは二つの強欲を隠しきれておらん。そしてそれがゆえに我に嘘をつくという無礼をはたらいているのだ」
なんだって?二つの強欲?
「おまえたちはしょせん我が鱗を欲しているのだ。……隠し通せると思ったか。どこで手に入れたかは知らんが、おまえたちは行きて我が鱗を手にするという幸運に満足せず、こうしてここへやってきて、二つ、三つと手に入れようとしているのだ」
は?
俺たちが竜の鱗をもう持ってるだと?何を言ってるんだ、こいつ。
「お待ちくださ――」
「――にも関わらず、おまえたちは鱗を欲せず、ただ警告に来たと言う。よくもあのようなでまかせをとめどなく語れるものだ。生き物というのは、自らの命が惜しいとき、思わぬ力を発揮することがある。――そう。おまえたちは我を前にして、鱗ではなく自らの命をこそ惜しんでいるのだ。最も価値あるもの、などとうそぶきながら、本心では取るに足らないおまえたち自身の命ごときにこそより価値を認めているのだ」
いや、こいつこそなんつう弁舌だ。
だけど、俺たちが鱗を持ってるとかいう仮定は間違ってる。そこはちゃんと言わせてもらう!
「お待ちください!われわれは、あなたの鱗など持ってはいません!――われわれが嘘をついているかどうか、あなたはお分かりになられる」
「ふむ、ふむ。面白い。なるほど確かに、おまえたちはその点においては嘘をついておらぬようだ。しかし、おまえたちは――いや、少年よ。おまえが我が鱗を持っていることもまた確かなのだ」
お、おお。意外と話通じるな。
しかし、俺がもう鱗を持ってるだと?
心当たりがないことは認めてもらえた。でも、ドラゴンは俺が鱗を持っていることを確信しているようだった。たぶん、なんとなく分かるんだろう。ものすごい感覚でそれを察知できるんだろう。
俺はとりあえず、自分が背負っているリュックサックをひっくり返して、中身を全部ぶちまけてみた。
すると、ドラゴンはすぐさま黒光りする巨大な爪で何かを指した。
「それだ。その小さな革袋にこそ、我が鱗が納められている」
そう言ってドラゴンが指したのは、俺がヴィンスから取り戻した財布だった。
えええ?この財布の中に入ってんの?
俺は財布を開けて中をよく探した。
すると、あった。
俺の爪ほどの大きさしかなく輝きも失っているが、確かに同じ赤銅色の破片だ。
「我が鱗!それはおおよそ千年前に我から剥がれ落ちたものだ。覚えているとも」
な、なんだって?
も、もしかして一つ一つ全部覚えてんのか?いつ剥がれ落ちたのかを?なんつー自己愛だよ!?
そしてドラゴンは再び俺に向き直って聞いてきた。
「では改めて問おう。なにゆえおまえのその革袋の中に我の鱗が入っていたのか」
なにゆえ、か。
この財布は一度盗まれて、ヴィンスから取り戻した。一応、その前に母さんから渡されてはいるが、十中八九ヴィンスの仕業だろう。やつがこの擦り切れたこのドラゴンの鱗を、俺の財布の中に仕込んだ。
竜の鱗は、超希少な最強の秘薬。こんだけ小ちゃくなってても、かなりの大金を出さないと買えないはずだ。――それこそ、何十万アリルという大金をだ。
なら、この鱗こそが、あいつの秘策なのか?
ドラゴンが自分の鱗に執着する、その性格を知った上で俺の財布にこの鱗を仕込んだとしたら、目的は一つ。
――俺にドラゴンを引きつけ、ドラゴンの注意をそらすことだ!
「大王よ、私のこの革袋は――」
俺が自分の推論を説明しようとして口を開くと、突然ドラゴンはその場をグルグルと回り始めた。
「――今いたぞ!何者かがここにいた!だがもういない――我が鱗もだ!四つ無くなっている!」




