五十四話 冒険の準備
ついに麓の町ヘルムトに着いた。
ヘルムトは、周りを山に囲まれた標高の高い盆地に築かれている町で、確かに夏だというのにかなり涼しい。
赤っぽくて四角い建物が多い。レンガ、とは微妙に違う素材な気がする。
さて、とりあえず宿を取るか。御者さんが「お金があるならそこに泊まるといいですよ」と勧めてくれた宿がある。そこに行ってみよう。
つうか、俺あの人にだいぶ助けられてるな。いっやー、旅はなんたら世はかんたら、ってやつだな。忘れた。
「ようこそお越しくださいました。お伺いいたしましょう」
「ええっと、一人部屋空いてますか?泊まりたいんですけど」
俺は御者さんお勧めの宿屋に来ていた。
ちょっとシックで高級そうな宿だ。フロントのおじさんの身なりもいい。たぶん、そこそこ身分の高い人がくる宿なんだろう。
「はい、ございますよ。何泊のご宿泊の予定ですか?」
何泊、か。
別にずっといるわけじゃないからな。この町からモンス・エルブスに行くにはたっかい山をいくつも越えていかないといけないだろうからどう考えても一週間はかかる。つまり、山で野宿しなくちゃいけないわけで、そのための準備と、あとはモンス・エルブスについての情報収集だ。
うーん、あまり長くいても夏休みが終わってしまう。
今日入れて四日間くらいで準備して、五日後に出発として、とりあえず四泊にしよう。終わらなそうなら延ばせばいいし。
「四泊で」
「四泊ですね、かしこまりました。ではご料金の方が――」
俺は四泊分の宿をとった。予想通り結構高かったが、まあ小遣いはかなりたくさんあるから問題ない。安宿に泊まってヘンな目に遭ってもいやだしね。
はあ、疲れた。
俺はとりあえず部屋に荷物を置きに行くことにした。
ええと、二○一号室だったけ、確か。
二階に上がった俺は二○一号室を発見し、フロントの人から渡された鍵でドアを開けた。
……おお。
なかなかいい部屋だ。
全体的に暗めの色合いのインテリアで統一されていて、ギラギラした派手な華美さというよりは、落ち着いた感じの内装だ。
けれど、しっかりと高級感とか、居心地の良さみたいなのは伝わってくる。いやあ、いくらでもダラダラできそうだ。
まあ、もちろんそんな暇はないけどね。早速、冒険の準備と情報収集を始めよう。
とはいえ、別にそんなに準備するもんないんだよな。たぶん。
ぶっちゃけ魔法使えるだけでかなりずるいし、装備に関しても俺には学院の制服という、ゲームの終盤あたりでやっと手に入るくらいのランクの装備と同等の性能があるやつがあるので問題ない。
そう、学院の制服って地味にすごい性能してて、まず物理的、化学的、魔法的ダメージにかなりの耐性がある。そして暑い時に着ても寒い時に着ても快適。撥水性もあるから雨の日でも大丈夫。
靴もちゃんとした革靴でかっこいい割に、丈夫で動きやすくてグリップも結構きく。あとムレない。
一番すごいのはマントだ。ちょっとありえないくらいの伸縮性があって、なんと伸ばしてテントにできたりもする。魔法実践の授業で野営の講習みたいなのがあって、その時に教えてもらった。いやこれ、世界に通用する製品だろ、マジで。
なので、新しく買う必要があるものは、寝袋、保存食、水、ナイフ、何かを入れる容器類、調理器具、とかそんなところだろう。あとは大体魔法でなんとかなる。
しっかし、これで魔法で生成した水が飲めたらいいんだが、残念ながら魔法で生成した水はしばらくすると消えてしまう。魔法で水不足解消!なーんてことはできないらしい。
問題は情報収集だ。
モンス・エルブスまでの道のりはどうにかして調べられるとしても、ドラゴン関係はぶっちゃけどうしようもない気がする。図書館無いし。人に聞こうにも、そもそもドラゴンに手を出す命知らずがどれだけいるんですか、って話だし。臨機応変に対処するしか無いかもしれない。ドラゴンは。
……なんかだいぶ無謀な気がしてきたな。今年はセープラ山脈で何日か野宿してみるだけにして、碑文チャレンジは来年以降にするか?少なくともドラゴン関係の情報を図書館で調べるくらいの事前準備はしておきたいし。
ま、まあ。どちらにしても野宿はするんだから、キャンプ用品は買っておこう。
俺は町のあちこちを巡って目的のキャンプ用品を買い揃え、宿に戻ってきた。
ちょうど日が暮れて夕食の時間だ。宿屋に併設された食堂で夕食を食えるらしい。
宿屋の夕食はかなり美味かった。
さすが高級宿といったところで、全体的にクオリティが高かった。肉や乳製品が中心で、それに芋やパンがつく感じで野菜が少ないという構成は、タルバ村とかと近いが。標高高いし土地柄あんま野菜が獲れないのかもしれない。
満腹になった俺は、長旅で疲れていたこともあり、その日はすぐに寝た。
翌朝。
寝心地の良いベッドでがっつり寝てだいぶ回復した。今は朝食を食べ終わったところだ。
さて、もう冒険の準備は済ませてしまった。あとは情報収集だが、どうしよう。考えた俺は、とりあえず超聴覚の呪文を使い、適当に町を歩いてみることを思いついた。
よーし、超聴覚の呪文を――うぎゃあああああっ!
耳を蹂躙する、話し声、騒音、風の音、犬の鳴き声等々。
ひー、やっぱ人の多いところでこれを使うのはつらい!冬休みの時に練習でずっと使ってた時もつらかった。五軒先の家の夜のアレとか聞こえてきたからな。
が、なんとなく耳が慣れてくると、意識を集中して聞きたいことを聞き分けられるようになってくる。
さあどうかな。何か耳寄りな情報はあるだろうか。
俺はおばさんの井戸端会議、市場で競りをするおっちゃん、老若男女の愚痴、パン職人が弟子を怒鳴りつける声などを次々と聞き流していった。
……はい、成果ナシ!
ううん、やっぱり場所選ばないとダメだよな。町全体じゃあまりにノイズが多すぎる。
竜の巣に突撃しそうなやつが集まりそうな場所があるかどうかはともかく、セープラ山脈を登るやつくらいはいてもおかしく無い。そういうやつが集まりそうなところだ。
どういうところに集まるだろう。俺のように、登ることを目的に遠くから来たやつとかが宿屋にいる可能性はあるかな?今俺が泊まってるような高いとこじゃなくて、もうちょっと安いところとか。
じゃあ、とりあえず宿屋を当たってみますか。
そう思った瞬間。
突如として町が騒がしくなった。
怒号や、かちゃかちゃという金属音。まるで戦いの準備をしているかのような音だ。
だが、何と戦うつもりなのかはすぐに分かった。
遥か遠くから聞こえる咆哮。
――ドラゴンだ、と叫ぶ誰かの声が聞こえた。
おやおや、おなじみの展開ですね。くそっ。




