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五十一話 解読

 夏休みになってから数日が経った。


 家に帰省してから、俺はまず宿題を全部終わらせた。終わらせてから俺は、「やべえ。めっちゃ優等生じゃん俺。日本にいた頃とか最後の三日間で半分くらいしか終わらせなかったりとかだったのに」と一人で興奮していた。


 そう、一人。

 俺は今家で一人だ。


 まあ、こっちの世界でも社会人の夏休みは学生ほどたっぷりあるわけじゃないから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、そういうことじゃない。母さんと父さんはここ数日ずっと家にいない。

 というか、この夏休みは帰れないと言っていた。俺もがっつり関わってしまったことだが、闇の魔法使いたちの組織のことで大忙しになっているらしい。


 母さんは出張する前に俺にお金を預けた。のだが、その額は俺一人が二ヶ月弱生活するにはあまりにも多い額だった。

 なので、「え、何この大金」と俺が聞くと母さんは「いきなり二ヶ月留守番しろって言われても困るでしょ。どっか宿でも借りてきたら」と言った。だからといって二ヶ月分の外泊日を十二歳の子供にポンと渡すか?


 というか、俺は一応日本で十八歳まで生きてきた経験があるので、最低限生き抜くくらいのことはできる。この世界には文明の利器こそないが、魔法があるからな。

 学院から持って帰ってきた教科書の中には、ラッドフィード先生の授業では一度も使わなかったが、魔法実践の教科書がある。そこにはなんと、“生活に役立つ魔法”というドンピシャの内容が!掃除洗濯料理の面倒な部分を解決してくれる魔法が網羅されている、イエーイ!ビバ、魔法文明!


 というわけで俺は問題なく留守番生活を過ごしている。

 そして宿題にケリがつき、ついに学院から借りてきた、アンナさんが書いた魔大陸に関する本を解読する時がやってきた。


 いっやー、これでやっと情報が手に入る!なんというか、初めて図書館に来た時並みのアガり具合だ。

 魔法言語で書かれているから解読は大変だろうが、それで魔大陸の情報が得られるなら万々歳だ!


 さて、解読を始めますか。

 俺は辞書を隣に置いて、本を開いた。


 うわ。魔法言語がびっしり、これは大変だ。

 最初のところは――うーん、これはいわゆる謝辞、というやつか。この辺は飛ばそう。ええと、ここは――


――私の行うことは、長きにわたりその存在は知られていたものの、謎に包まれていた魔大陸の姿を暴くことである。といっても、私たちが暴いた謎というものは、魔大陸が持つそれのわずかな部分に過ぎないと思われる。私はそのわずかばかりの謎を明らかにするにとどまるということを、ここではっきりとさせておく。――


 ふむふむ。

 まあ、地図に描かれてたのも南西部分の一部だけだったもんな。

 で、だ。


――魔大陸は、この地上で我々が立ち入ることのできる場所の中でもっとも危険に満ち、不可思議な場所である。恐ろしい魔獣が闊歩し、天地が逆転し、砂漠が一夜で雪原となる。魔大陸は悪意を持って我々を苦しめる。これはあながち比喩ではないということを、先に述べておく。魔大陸には意思が、少なくとも意思を持つ大きな力を持つ存在がいる。――


 ほうほう。

 意思を持つ存在、ねえ。


――私が述べるのは、魔大陸の悪意がどのように我々を苦しめるか、そして我々はどのようにして立ち向かうべきかということである。――


 ふんふん。


――まず、魔大陸のなんたるかを語る前に、かつて遥かなる昔には全ての大陸は一つであったという事実を述べたい。ナディア大陸とベルジア大陸は地続きであり、どころかナディア大陸からドルムドラ大陸まで歩いていける時代というものが、確かにあったとされている。そして当然、その時代において、魔大陸もまた全ての大陸と地続きであった。――


 へえー。

 まあ、地球も昔はパンゲア大陸、っつって一つだったらしいが。

 こっちの大陸もちゃんとプレートテクトニクスに従って動いてんのかな?


――ゆえに、我々は魔大陸を訪れずとも、その痕跡を他の大陸で目にすることができる。ナディア大陸のセープラ山脈中央部、ベルジア大陸のキレピス火山、ドルムドラ大陸のウムゼネ大森林、オディガ=レムドレーラ大陸のケストラ大潟湖、アカラキア大陸の全体、すなわち、今日我々が秘境と呼ぶところのものがまさにそうである。――


 なんだと。

 魔大陸の痕跡が残る秘境か。それは是非とも魔大陸行く前に探索したいところだな。


 さて、次のページは、っと。

 めくって俺は驚愕した。


 あれ?あれあれあれあれ?


 な、なんとこっから先が、全部白紙だ!

 おいおいおい、どういうことだ!?あれか、途中で書くのやめちゃったのか!?

 ちょ、魔大陸の悪意がどのように我々を苦しめるか、そして我々はどのようにして立ち向かうべきか、教えてくださいよ!


 くそ、校長が言っていた「肩透かしを食らう」っつうのはこういうことか!

 ちくしょー、これじゃ大した情報には――ん?


 最後の最後にまた記述があった。

 なになに?


――私は、私が魔大陸について知ったことを全て書き記した。その中には、魔大陸へと確実に航海するための方法も含まれている。しかし、それを含め、この本に多くを書くことを私はしなかった。この文を読んでいる者の多くはこの本の大部分を占める白紙に憤慨していることと思うが、これはひとえに私の節介である。すなわち、この本を読んで魔大陸に赴くことを志した者のほとんどが、その道半ばで命を落とすであろうことを懸念しての節介である。――


 な、なんだと。


――もし、この本を読む者の中で魔大陸に赴かんとする者がいるならば、私は諸君らを試そうと思う。魔大陸の悪意を退けるに足るだけの強い意志と力と知恵とがあるかどうかを。残りの章は先述した五つの秘境に碑文として残してある。諸君、魔大陸に赴かんと強く望むなら、五つの碑文を巡れ。――


 ……。

 まあ、別に秘境には行くつもりだったが。

 そっかー、全部行かないとダメか。


 ……おっと、まだ記述がある。


――第一章は、セープラ山脈中央部の竜の巣に隠してある。ここから巡ることを私は推奨する。なぜなら、一番はじめに読むべき章であり、そしてもっとも到達が容易な場所だからである。竜の巣にはドラゴンが住むが、倒せずとも忍び込めばよい。――


 ドラゴン。

 まあ、この世界にも当然いる。ワイバーンがいるしな。ほっとんど人前に現れることはないらしいが。

 だけど、話に聞く限りじゃ、ドラゴンっていうのはほんとにバケモノで、ワイバーンより遥かに強く、そして賢いらしい。


 それにしてもセープラ山脈の中央部ね。

 ぶっちゃけ、割と近い。家からなら頑張れば三日くらいで麓の町に着く、と思う。


 宿題は全部終わってる。本も解読してしまった。親はずっといないから訓練もできない。そして俺の元には二ヶ月旅ができるだけの大金がある。


 つまりあれだ、行けってことだろ?

 俺は旅の支度を始めた。

夏休み編開始です

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