四十六話 禁書庫
「――ッ!」
視界が元に戻ってきた。
さて、どんな世界だ?と言うか司書さんいるのか?
ふう、と息を吐いて顔をあげた俺は驚愕した。
「な、なんだこりゃ……!?」
異様な光景だった。
紺色の空間――そう、空間、と言う他ない。上下左右どこをみても、夜空のような、空間、がどこまでも続いている。地面はなんだか硬質な感触だったが透明で、下を見ても空間がずっと続いているだけ。なんとも言いようのない滑らかさだ。
だが、一番異様なのはこの夜空に包まれたような空間ではなく、この空間を覆うようにドーム状にぐるぐると回転している、おびただしい数の――あれは、本だ。
「こ、これって……」
声のした方を見ると、よかった、マリーがいた。
「な、なあ、上の方にいっぱいあるやつって、あれ、本だよな?」
「そ、そう見えますけど」
「……何冊あんのかな」
少なくとも、数えられる数ではない。だけど数百冊、とかいう次元じゃない、数千冊、いや数万冊はある。
「わ、わからないです。……ど、どうしましょう。なんだか、来てはいけないところへ来てしまったような……!」
俺もそう思う。
だいぶ前に、司書さんと会話したことを思い出す。この学院には、貴重な本や、危険な本もたくさんあると言っていた。そんな本は、普通生徒が手に取れるような本棚なんかに置いてないはずだ。
ここは、そんな本が収められた、禁書庫、みたいなところなんだろう。
こんなとこに入ったことがバレたら、処分は特別課題と勤労奉仕どころじゃないだろう。どう考えても一発退学だ。
「でも、どうやって出ればいいんだ?」
はい。脱出の方法がわかりません。
「ええと、ここに司書さんがいれば――あっ!リオさん、見えますか?あれ、司書さんじゃないでしょうか」
マリーが指をさした方向を見ると、なるほど確かに、かなり遠いが人影がある。しかも、その頭は灰色に見える。
「いきましょう!――」
そう言って駆け出したマリーの後を追いながら、ふと俺の頭の中にある考えが浮かんだ。
――そもそも存在すら知られていない、普通のやり方では行けないような、隠された場所。
冬休みに、闇の魔法使いデズモンド・グレンヴィルの封印の場所について、母さんが言った言葉だ。
司書さんという番人が守護する、たった一冊の本の中の世界。まさに、隠された場所だ。
いや、そのさらに向こう側かもしれない。グレンヴィルは、別の魔導書の中に封印されているのかもしれない。
そしてその魔導書がここに収められているのかもしれない。この空間を覆う、おびただしい数の本のうちの一冊に!
もし。
もし、今俺たちが駆け寄ろうとしている人影――司書さんがそれを狙っているとしたら。
だけど、司書さんが狙おうと思えばすぐに見つけてしまうのでは?
そうとは限らないだろう。エルドリッチ校長がグレンヴィルを封印したのは百数十年前だ。司書さんどころか、そのおばあさんさえ生まれていないような遠い昔だ。たぶん、司書さんが封印の場所を知ろうとしたら、校長から聞くしかない。
校長は司書さんを信頼して禁書庫の番人を任せた。
だけど、完全に信頼しきっていなかったとしたら?あるいは、当然の安全意識として――司書さんに、自分が何を守っているのか、全てを教えていなかったとしたら。
そしてそのことに、司書さんが気づいてしまったとしたら。
俺たちは今、とんでもない危険に向かって――
「――司書さん!あの、ごめんなさい!お昼ご飯を食べに図書館を出ようと思って、それで、その」
マリーがグレーのポニーテールの後ろ姿に声をかけた。
……ちょっとまて!
その足元に誰か倒れてる。あの、倒れているグレーのポニーテールの人は誰だ!?
「――なぜあなたたちがここに!」
振り返ったその顔、そして驚愕に溢れたようなその声は、紛れもなく司書さんだった。
「ご、ごめんなさい!わたしたち、図書館にいたんですけど、お昼の時間になったので図書館を出ようと思って。あの、それで鍵がかかってたので、司書さんに開けてもらおうと――」
マリーの説明に、司書さんはしばらくの間沈黙した。
「……なぜ図書館にいたのです?今日は試験日のはずでしょう」
「えっと、それは、その……」
どうしよっかなー。
足元のアレ、無視して話進めたほうがいいのかなー。つか、マリーは気づいてないのか?
「……足元が気になるようですね、クライヴさん」
司書さんの言葉の後に、視線を下にずらしたマリーが悲鳴をあげて後ずさった。
「誰だと思います?見てくれはとても似ているでしょう?」
足元に倒れている、もう一人のグレーのポニーテールの女の人は、確かに司書さんに近いシルエットのように見えた。
となると、お姉さんのレベッカさん、ということになるが――
「答え合わせをしましょうか?――」
司書さんはそう言って、足元に倒れている人の顔を足で動かして、こちらに顔が見えるようにした。
「――!」
なんと、足元に倒れている人は、司書さんだった。
思わず立っている司書さんと見比べた。目を閉じてはいるが、全く同じ顔だ。
お姉さんのレベッカさんも確かに似ているが、別人だとすぐにわかるくらいには違う。ここまでそっくりじゃない。
「え、ど、どういう……」
マリーが困惑した様子で声を漏らした。
「分かりませんか?そんなこと、決まりきっているように思えますが。学年の一位と二位だと言うのに、存外鈍いものですね」
司書さんは言いながら杖を一振りした。
すると、司書さんの顔がゆがみ、その顔が変化した。
「――私です。ミランダの姉、レベッカ・シーリーですよ」




