四十五話 図書館にて
結構長い間うずくまって泣いていたマリーだったが、多少落ち着いたのか、顔をあげた。
「あー……、その。災難だったな」
俺とマリーの間に沈黙が流れる。
まったく、これもアレンの野郎の仕業なのか?
俺はともかくとして、流石にマリーに同じことをやるのは意味がわからんぞ。ボーヴォラークの命令か?
でも、こんなことで一位取っても俺たちに負けを認めたようなもんだよな。それに気づかないとは思えないし、気づいたら絶対やらないだろ。
いや、そもそもそういうこと思いつくイメージないし。別にアレンとかのように付き合いがあるわけじゃないから、実際のところはよく知らないけどさ。
しばらくして、俺たちの間を支配していたどことなく気まずい静寂を破り、マリーがぽつぽつとつぶやき始めた。
「わ、わたし、やってないのに。先生、話聞いてくれなくて……」
「……うん、少しは話聞いて欲しいよな」
マリーもダメだったか。マジで聞く耳持ってなかったからな、俺ん時。
「み、みんなも、わたしのこと、いままでずるしてたって、クイズのときも、そうだろう、って」
お、おおう。それはキツい……。
これは、あれか。
マリーに対する潜在的な嫉妬とか、面白く思わない感情みたいなものが、一気に噴出して襲いかかった感じか。
「なにも、してないのに。わたし、悪いことしてないのに。……ママも、パパも、信じてくれなかったら、どうしよう。わたしが、成績がいいって聞いて、すごく、喜んでたのに。ウソだと思われたら、どうしよう。グレース、って。むかしの、わたしの、ご先祖様で、すごかった人の名前も、つけてもらったのに!……」
そう言ってマリーはまたさめざめと泣き出してしまった。
か、かなりのダメージを受けてるな。まあ、自分の努力を全否定されたら、そりゃ、誰だってきつい。
マリーは特にそうだろう。
かつて魔法使いを多く輩出していたが今は没落した名家の、一族の誇りやら何やらをいろいろ背負わされて、この学院に来たわけだ。
マリーのフルネームは、マリー・グレース・レオミュール。優秀と伝わる先祖の名前にあやかって名付けられたであろうマリーの名前からも、かけられている期待の大きさが分かるというものだが。
それを自分が裏切るかもしれない、ってだけでキツいし、もしマリーの家族が、期待外れだった、なんてマリーを誹るようなことになったら、はっきり言って死ぬほどキツいだろう。
「……十年以上の付き合いなんだ、子供がウソついてるかどうかくらい分かると思うよ」
「……」
「あと、少なくとも俺はどんだけマリーが勉強してんのか、いつも一緒にやってるから知ってるし。つか、俺もやられた側だし」
俺がそう言うとマリーは驚いた顔をした。
「……え?そうなんですか」
「そうじゃなきゃ俺がここにいるわけないだろ?」
マリーは、確かに、と呟いた。
「……あー、それと、司書さんも分かってくれるよ。いつもここで勉強してるの見てるわけだし。だから、うん、何もこの世の全員がマリーのことをズルしたやつなんて思ってないからさ。そういうやつらは来年からもトップ独占して黙らせようぜ。今回こういうことがあれば、次からはもう引っかからないだろ」
な、なんかすごい饒舌に励ましてしまった。
俺は急に気恥ずかしくなった。
「……リオさん、ありがとうございます」
マリーは少し微笑んだ。
今日ここに来てから初めての笑顔だ。
「あ、ああ。まあ、気にすんな。……適当に本でも読んでグダグダしてようか」
それからはずっと図書館で過ごした。
当然、ただダラダラするだけだ。眠くなれば眠気に身を任せてそのまま居眠りした。
そうこうしてるうちに腹が減ってきた。時間はちょうど正午だった。
そういえばベルと飯食う約束してたな。せっかくだからマリーも連れてくか?
「マリー。あのさ、ちょっと飯食いに行かない?ベルと食うんだけど来る?」
静かに本を読んでいたマリーに俺は声をかけた。
「え……?あ、もうお昼ですね。じゃ、じゃあ、せっかくだからご一緒します」
俺たちは本を片付けて出口に向かったが――おっと、出られないぞ。なんと鍵がかかってる!
「あれ、なんで鍵かかってんだろ」
「えっと、司書さんを呼びますか……?」
そうだな、と俺は相槌を打った。
俺たちは受付のカウンターに向かったが、司書さんがいない。
「すいませーん!司書さーん!鍵閉まってるんですけど、開けてもらえませんか!」
……。
俺がカウンターの奥に呼びかけるが、反応がない。
「き、聞こえてないんでしょうか?」
そうかもしれない。昼寝でもしてんのかな?
「ど、どうする?奥行く?」
「そうしましょうか……」
俺たちはカウンターの向こう側へ行き、そこにあったドアを開いて中に入った。
扉の奥には、ベッド、ナイトテーブル、ランプ、ソファー、本棚などがあり、司書さんの部屋と思われたが。
「……いませんね」
そう。
マリーの言う通り、司書さんがいない。ベッドの上も一冊の分厚い本があるだけで、もぬけの殻だ。
……なんか気になるな、あの本。
俺はベッドの上の本を、手に取るにはちょっと大変な大きさだったのでベッドの上に置いたまま開いてみた。
……これは。
「リ、リオさん?か、勝手に開いちゃって大丈夫なんでしょうか」
「……マリー。こっち来てみ」
俺がそう呼びかけると、マリーは俺の後ろへやってきて本を覗き込んだ。
「……すごく複雑な魔法陣がたくさん描かれてます。魔導書、でしょうか」
「ああ。しかもこの魔導書は仮想世界を構築してるやつだ、たぶん」
大きな本にびっしりと描かれた、目の回るような魔法陣にはなんとなく見覚えがあった。
同じものかどうかはわからないが、バトルロイヤルの練習の時に使った、仮想世界を構築する魔導書と似ている気がする。
「……こ、この中にいるんでしょうか」
「……その可能性が一番高い気がするけど。どうしようか」
「そ、その。ちょっと、怖いです……」
まあ、俺もそうだ。
「やっぱ待つか?って、ちょっ――」
いきなり魔導書の魔法陣が光り始めた。
どうやら何かの拍子に起動してしまったらしい。
「は、離れま――きゃあっ!?」
うおっ!?
魔導書の魔法陣が一段と強く輝き、俺の視界が歪んだ。
くそ、判断が遅かったか!
俺たちは光に包まれて、魔導書の中の世界へ入っていってしまった。




