二十五話 ワイバーンバスターズ
目の前でワイバーンがグルル、と唸っている。
「ど、どうしましょう!」
「走って逃げられる相手じゃない、戦うしかない」
「ふ、なによ。ちゃんと用意されてるじゃないの。――アレン!ルイス!前に出なさい、ワイバーンと戦うわ!」
虚しく響くご令嬢の声に返事はなかった。
後ろを振り返ると、アレンとルイスはこちらに背中を晒し全力で逃げている。
「逃げてるみたいだな」
「――あの臆病者!!お父様に言いつけてやる!!」
生きて帰れたらな。
「……ずっと威嚇してますね。このままどこかへ行ってくれないでしょうか」
マリーがそう言った。そう願いたいところだ。
くそ、先生が誰か一人でもこっちきてくれりゃ助かるんだが。
「どうする、リオ?」
ベルが小声で聞いてきた。
「どうもこうも、どうせこっちの攻撃は効かないんだから、守りに徹するしかねえだろ。一番いいのはこのまま睨み合ってる内に、先生たちの方が片付くことだけど……」
グオオ、とワイバーンが激しく唸った。
口から炎の吐息が漏れ、後ろ足を蹴り上げながら首を振っている。
あ。だめだこれ。
戦うしかないやつだ。
「全員杖構えろ!来るぞ!――!!」
ワイバーンが咆哮すると同時に猛烈な火炎を吐き出した。
ベルは魔法陣でバリアーを、俺と他の二人は≪エルケ フルティティル≫を唱えた。
「そんな、防ぎきれない!」
マリーの言う通り、火炎は勢いを減じてはいるものの止まることはなく、四人がかりの全力防御があっさり破られようとしていた。
「くそ!――≪オテラー≫!」
「危ない!」
うわっ!
ワイバーンが自分から突っ込んできた。
くそ、火炎はまだ魔法で止められないこともないが、本体が止まらない!
「な、なによ、化け物じゃない!」
ご令嬢が震え声で叫んだ。
「言い出しっぺが弱気になってんじゃねーよ!……また突進、避けろ!」
「≪ヴォンキ≫!」
マリーが束縛の呪文をワイバーンの翼の根元に当て縛り上げ、バランスを失ったワイバーンが墜落した!
「よくやった!」
「あ、でも――」
墜落したワイバーンは何事もなかったかのように立ち上がり、そのままちょっと暴れてマリーの束縛を強引に解除してしまった。まじか。
そして口から炎が漏れる。火炎ブレスか!
「この、二度やらせると思って?――≪クレアデ≫!」
おぉ、ご令嬢の沈黙呪文!
今まさに火炎ブレスを放つところだったワイバーンは口を開けられなくなり、逃げ場を失った火炎は――
「――うおっ!?」
鼻からビームみたいになって出てきたぞ!
「な、そうはならないでしょう!?」
「だがダメージは入ったみたいだぞ!」
「代わりに逆鱗に触れたようだけどね!」
ベルの言う通り、一瞬ふらついたワイバーンはひときわ大きく咆哮すると、暴れながら炎を撒き散らしてこっちに突っ込んできた!
「わ、わたくしの責任ではなくてよ!」
「手に負えねえ、なんか弱点とかないのか!?」
俺の叫びにマリーが答えた。
「えっと、確か、冷気を避けると……!」
冷気か。
「――ベル!!」
「ああ、何とかやってみる!」
よし、じゃあとりあえず俺も魔法で冷やしてみよう。
「≪フローゲー≫!」
俺の呪文を受けたワイバーンの動きが一瞬鈍った。
「いける!ベルは!?」
「今展開した!――いくぞ!」
ベルが魔法陣を一気に三つ発動した。
うひっ、冷たっ。
これはかなり冷えているな、ワイバーンはどうなった?
「……あっ!」
ワイバーンはたまらず、といった風に飛び上がり、上空でムチャクチャに暴れまわりながら火を吹いている。効いてるぞ!
「ちょっと!こっちにも来てるわよ!?」
「これくらいなら余裕だろ!――≪エルケ フルティティル≫!」
火炎の流れ玉がこっちにも飛んできたが、拡散しきって威力が激減しているから一人でも余裕で防げる。
「おい、次だ!……俺があいつに水をぶっかけるから、三人であいつを思いっきり冷やしてくれ!」
正攻法がダメなら搦め手――状態異常だ。
“睡眠”と並んで強烈なやつ、“凍結”状態にしてやる!
「ああ、分かった!」
「わかりました!」
「わたくしに指図――今回は特別よ!」
「よし!――≪エクア フォルメーレ メグヌム ドラクーネム ティ イト ヴラ≫!」
俺はワイバーンと同じくらいの大きさの水ドラゴンを生成すると、ワイバーンに向かって放った。
体が温まった様子のワイバーンは降下しようとしていたが、目と鼻の先を水ドラゴンで通り抜けると、ワイバーンを標的を変えて水ドラゴンの方を追いかけ始めた。
よし、思った通り食らいついた!あとは三人の準備が終わるまでこのまま時間稼ぎをすればいい!
「……リオ、いつでもいけるぞ!」
「わ、私も大丈夫です!」
「準備はよくってよ」
よし。
だが、あの高さじゃ多分三人の魔法が届かないだろう。
俺は水ドラゴンを降下させた。ワイバーンがちゃんとついてきてることを確認し高度がいい感じに下がったところで急減速。
ワイバーンは勢い余って水ドラゴンに頭から突っ込んだ!
「――今だ!!」
三人の魔法が一斉に発動した。
ワイバーンの体がみるみるうちに氷に覆われていく。
ワイバーンはすぐにもがくことすらできなくなって、カチンコチンに静止した状態で墜落した。
俺も加勢して冷却を、いや、追加の水を用意しよう。
「もうドラゴンにして飛ばす必要はないな。――≪エクア フルエ メグネー≫!」
墜落した氷漬けのワイバーンに、さらに大量の水をぶっかける。
「よ、よし!もう一回やるぞ」
「いきます!――≪フローゲー フルティティル≫!」
「いい気味ね!――≪フローゲー フルティティル≫!」
俺たちに加減はなかった。
ワイバーンはどんどん分厚い氷に覆われていった。
が、俺たちは止めることなくさらに氷を増量し、もはやワイバーンを覆う氷は小山のようになっていた。
まあ、化け物相手にやりすぎということはない。
俺たちが百回呪文を唱える頃には、てめえの命は消えている、ってな。これでまだ火が吹けるんならお手上げだが。
「ふぅ。――これで、大丈夫でしょうか……?」
「はぁ、はぁ……、流石にもう魔力切れだ」
「まさかここから動き出すなんて言わないでしょうね……!?」
地面にへたり込みながら、俺たちはワイバーンが閉じ込められた氷山を見つめた。
ワイバーンが動く様子はない。
お、終わったか?
「おまえたち、無事か!?――おお、これは」
「なんということ!まさか一年生四人だけで――」
どうやら先生たちの方も片付いたらしい。
やれやれ、もうちょい早くきてくれると嬉しかったんですがね。
でも、まあこれで万が一動き出しても先生たちが抑えてくれるだろう。
「みんな、怪我はないか?チョコレートだ、食べるといい」
ラッドフィード先生が俺たちにチョコをくれた。
なんかこの人いつもチョコ持ってないか?
ああ、それにしても――チョコを食った後はコーヒーが飲みたくなる。




