二十四話 襲来
上位者発表が終わってしばし時間が経ったが、会場はまだざわめいていた。
そりゃそうだろう。マリーがどんだけ勉強しているか知ってる俺だって流石に仰天した。全科目満点て。
つか、ノーミスは頭おかしいだろ!あれだけ「上がっちゃったらどうしよう」とか言ってたのに、鋼メンタルじゃないすか!
魔法幾何学も満点だろ?障害物考慮したのかよ。
「……信じられないな。リオ、君の知ってる人か?」
ベルが口を半開きにしたままでボソッと聞いてきた。
「ああ。いつも図書館行ってるだろ、そこで一緒に勉強してる子がいるんだけど、その子だ。いやー、にしても、満点て。マジか」
「そうか……。図書館での君のことは知らないからなあ。……図書館、図書館か。僕も行こうかなあ、ドラゴン寮より図書館寮のほうが優秀みたいだ」
ベルがそんなことを言った。
「まあ来たけりゃこいよ。あんまり真面目に付き合いすぎないほうがいいけどな、ベルの場合」
「わかってるさ。そもそも毎日何時間も図書館に篭るだなんて、頼まれたって行かないよ」
「――静粛に!上位十名には賞状が授与されます。ステージへ上がってください!」
エインズウェル先生が声を張り上げた。
「だそうだよ」
「ええ、面倒くせえな。……」
俺は立ち上がってホールの前、壇上に上がった。同じく上がってきたマリーに軽く会釈をする。
ふと横を見ると、こっちの方に攻撃的な目線を送ってくる女の子がいる。
濃い茶髪でロング、控えめなドリルヘアーっぽい巻き髪。胸を少し張った上から目線の姿勢。
なるほど、雰囲気からして高飛車だ。この子が学年三位、ボーヴォラーク侯爵家のご令嬢か。
「――それでは、礼!……これにて、学年集会を終了します。お疲れ様で――」
突然、遠くで笛の音のような音が響いた。
かなり遠くから聞こえてくるように感じる。学院中に響いてるんじゃないか?これ。
「これは、警報ではないか!誰かが学院に侵入したようだぞ、バーリス教授!」
ラズール先生が叫んだ。
警報?それに侵入?
「確認している。――これは!巨大な何かが高速で飛翔、数は……十五!学院全体に散開している!」
あのバーリスが珍しく焦ったような表情をしている。
何事だ?
「ちょっとお、ウィロス大臣来てるんでしょお?どーすんの」
「大臣のもとには腕利きの護衛たちと、何より校長がいる。バーリス教授、こちらに飛んでくる個体はいるか?」
「いや、居ない。一人護衛を残して後の四人で鎮圧に――待て、新たな反応……数は七、全てこちらに向かっているぞ!」
え、七体?何が?
「――全員今すぐホールから避難しなさい!今すぐ!」
エインズウェル先生が叫ぶと同時に、何かが破壊されたような轟音が響いた。
さらに、ドシン、と大きな振動がして――おいおい、何だこいつは。
全身が黒い鱗に覆われた、細身の肉食恐竜のようなシルエット。
だが、前足部は巨大な翼になっていて、鋭く尖った牙の間から炎がチラチラゆらめいている。
え?なに?
こいつはまさかあれか?
いわゆる、ワイバーンとかいうやつか?
ホールが阿鼻叫喚に包まれた。
状況を飲み込めず動きが鈍かった一年生たちは、ワイバーンが現れると一目散にホールの出口に殺到した。
もちろん俺も全力逃走だ。
ワイバーンのことなら一応知っている。空を飛び回り、火炎を無茶苦茶に吐き、狂ったように暴れまわるモンスター。
しかも生半可な攻撃は鱗で弾いてしまう。クマとかゾウとか言うレベルじゃない、地球にいたら最強動物議論が一瞬にして片付く。勝てるわけがない。
まだこの世界でコーヒーを一滴も飲んでないっつうのに死んでたまるか!
「はぁ、くそ!……大丈夫か!?」
大広間を出ようとする一年たちの最後尾に追いついた俺は、隣にベルがいるのを見つけて、声をかけた。
「うん、大丈夫だ。他の人たちは――リオ、あれを!」
周りを見るとマリーを始め、表彰されたやつらもちゃんとこっちに来ているようだ。
が、ベルが指した方向――ステージ上を見ると、ワイバーンが次々とホールの天井に開いた大穴から次々とワイバーンがやってきていた。
「これは……!早く逃げないと」
「そうじゃなくて、あれ!」
ベルはまだステージ上のどこかを指している。
ステージ上ではすでに先生たちが、暴れるワイバーンを鎮圧にかかっている。エインズウェル先生、ラッドフィード先生、バーリス、ラズール先生、ミセス・スクローザ教授、そして制服の――制服?
「おい、あいつ何やってんだ!?」
なぜかボーヴォラーク家のご令嬢がステージ上に残って戦いに参加していた。
「イザベル!あの女、三位を取ったのがよほど悔しかったらしいな!」
聞き覚えのある声が聞こえたのでそっちを振り返ると、アレンだった。
「お前のところのボスなんだろ?どうすんだ!?」
「どうする、だって?僕に火炎と魔法が飛び交う中に飛び込めとでも言うのか!冗談じゃない、死にたいやつは死なせておけばいいんだ」
それでいいのか。
まあ、そりゃそうか、って、件のご令嬢がこっちに飛んできたぞ。
先生の誰かが魔法で放り出したらしい。
「――なんてこと!せっかく三位などという屈辱を挽回する機会だというのに!」
放り出されたご令嬢が、大の字になったまま威勢良く言った。
マジでそのために残ったのか、この子。
ともかく、荷物も受け取ったし逃げるぞ!グズグズしてたら巻き込まれちまう。
「――って、おい!?」
逃げようと思ったら、ご令嬢がステージ上に戻ろうとしている。アホか。
「≪ケプター≫!――何やってんだ!?」
「この、魔法を解きなさい!クライヴ!わたくしはあなたやレオミュールのような無名の人間に負けたことを挽回しないといけないのよ!」
「死んで恥晒すのとどっちがマシだ!?」
「これ以上ワイバーンを相手に逃げ帰るなどという醜態を晒せるものですか!」
「くそ、アホが!こうなったら無理やり魔法で運ぶからな!?――≪フィル≫!」
「この、離しなさい――こんなことをしてタダで済むとでも」
「いいから出るぞ!」
空中でじたばたするご令嬢を運んでなんとかホールを出ると、俺たちの様子を確かめにきたのか、ベルとマリーがこっちにきていた。ちょっと後ろの方にはアレンともう一人、四位だった例の伯爵家の子息、ルイス・ベルブックがいた。黒髪の、いわゆるキノコヘアーってやつ?目線のウザさはアレンに勝るとも劣らないな。
「わりい、荷物を運びだすのに手こずった」
「そういうことだったか、無事で何よりだよ。もう他の一年生たちはずっと遠くだ、行こう」
「――おい、あれを見ろ!」
アレンが空を見上げて叫んだ。
ヤな予感がするな。
アレンが見上げている方を見ると、黒い影がこっちにまっすぐ飛んできている。
黒い影――ワイバーンは地面すれすれで身体をぐっと起こし、大きな翼で何回か羽ばたいてゆっくり着地すると、グォォ、と唸った。
くそ、最悪だ。




