十七話 決闘、ベルハルト
は?
俺とベルが組むことが何の嫌がらせになるんだ?
俺は一瞬そう思ったが、なんとなくバーリスの狙いみたいなものがわかってきた。
つまり、だ。
ここでもし俺が勝っちゃったら、ベルは無名の平民に負けて大恥、派閥に泥を塗ることになる。当然ベルの立場は悪くなるだろうが、俺は派閥を敵に回すことになるかもしれない。
で、負けたら負けたで俺は恥をかく、と。大人ってのは陰湿で嫌だねえ。
考えすぎかもしれない。所詮ガキの戦いだ、誰も大真面目に政治の目線なんかで見ないだろう。
が、あのバーリスの隠しきれてないにやけ面を見れば、勘ぐりたくもなるってもんだ。
さて、じゃあ俺はどうするべきか?
決まってる、フツーに勝つつもりでやればいい。つまらない戦いならさもありなん、いい戦いになれば自ずと評価もされるってもんだろう、どう転ぼうが。
アレンの野郎と決闘した日にベルがどれくらい魔法を使えるのか、っていうのはだいたい把握してる。本気でやったら瞬殺しちゃいました、なんてことになる程弱いはずがない。
――どころか、油断すればこちらが瞬殺される。向こうも加減なんてしないだろう。
俺とベルは少し距離を置いて対面した。
なんというか、四方八方から視線を感じるな。
上級生の貴族たちは、相手に杖を向けているものの、戦いはせず横目でこちらを見ている。
アレンとその取り巻き連中はあからさまに意地の悪い視線をこちらに向けている。ったく、分かりやすすぎる。そんなんだから上級生に恥かかされんだよ。
バーリスはうまく目線をそらしているが、たぶんあいつの視界の端っこには引っかかっているだろう。
ラッドフィード先生は、全体を俯瞰できる位置から見渡している。
「人気者だな、ベルは」
「願い下げさ。――リオ、わかってると思うけど」
「ああ。……アレンの時と何が違うか分かるか?」
「バリア」
「そうだ。あん時は傷つけないようにやったが、今は守ってくれるらしいからな。――おままごとじゃ済まないぞ」
お互いに杖を向け、一礼。
「≪エルケ≫!」
「!!」
俺はベルが攻撃するのかどうかも考えずに、防御の呪文を唱えた。
この呪文は、魔法にだけじゃなく飛んでくる矢だって防げる“盾”だ。
盾に殴られたら痛いでしょう、とは母の言。
魔法陣をほぼ展開しかけていたベルの顔に直撃し、ベルがひるんだので魔法陣は消えた。
が、しかし、早い!
もちろんバーリスの後だと遅く感じるが、それでも何万回と練習させられた≪エルケ≫が後少しで先手を取られるところだった。
やはり油断ならないな。
ベルは混乱している様子だったが、足は止まってない。後ろに下がりながら魔法を準備している。
「≪オグニ エルデ イト リーペ≫!」
俺の呪文とベルの魔法陣が完成したのはほとんど同時だった。
ベルの魔法陣から閃光が乱射される。
「おっと。……≪エルケ≫」
閃光はバラバラに、明後日の方向に発射されている。
だが、それが目的だろう。
こんなムチャクチャにばら撒かれたら避けきることはほぼ不可能。自然、防御のために魔法を使わされる。
まあ問題はない。俺がさっき放った魔法はどのみち向こうに到達するまで時間がかかる。
炎が地を這って燃え広がる魔法。この魔法の真価は、炎の攻撃範囲の広さを持ちながらも視界が効くことだ。
前方ではちょうど、俺に攻撃しようとしていたベルが足元に迫る炎に気づき、あわてて逃げているところだ。
さあ、同時攻撃だ。
≪ディレー≫の呪文で閃光を乱射している魔法陣を消失させると、俺は≪ウフェンデ≫の呪文を連発した。
だがここでベルが的確な対応を見せた。
地面を壁のように隆起させ、炎と攻撃呪文を同時に防いだ。そして、それで作った時間でベルが発動した魔法陣は――さっきの乱射魔法陣。ただし、乱射するものは水。
つまり、スプリンクラーだ。
俺が放った地を這う炎はたちまち鎮火した。
おい、炎を封じられたらぶっちゃけ攻撃力不足だぞ、俺。
予想通り俺が優勢だった戦況は拮抗、いや徐々にベル側に傾いていった。
円陣魔法のすごいところは発動したらしばらく放置できる、と言う点にある。
そりゃあ、手数で負けますよ。
俺は右に左に、細かく動きながら合間を縫って攻撃していたが、だんだんと防御の呪文の連発が目立ち、ジリ貧になっていた。
こうなったらどうすりゃいい?
いや、前に突進すればいいのか。防戦一方たって、まだ守れるんだから。それにベルの魔法陣はバーリスのやつと違って追尾なんてしない。突破すりゃ役立たずだ。
というわけで俺は防御の呪文を乱発しながら突撃した。
ベルはこれに乱射魔法陣の増量でもって対応するが、はは、俺が接近する方が早い。しまった、と言う顔をした時には俺はもう魔法陣を突破し、防御の呪文を食らわせていた。
そしてそのまま連続して攻撃呪文!
ようやく一発当ててやったが、ベルの立ち直りは開幕の時よりも圧倒的に早い。
おい、これを後何回繰り返せばいいんだ?
もうひと押し、何か欲しい。
そう考えた俺の頭のうちに、ある魔法が浮かんできた。
コーヒーの焙煎を魔法でなんとかできないかと考えて図書館を調べた末に発見した、一定範囲を均等に加熱できる魔法。
要は魔法オーブンであり――火を使わないから、水の影響を受けない。
だけどちょっと呪文が長いんだよな。
いや、そんなの短くすりゃいいじゃん。いくぞ!
「――≪ククエ エウラム≫!」