十五話 決闘クラブ
週が明けて二日たち、ようやく寮の掲示板に張り出された。
クラブ活動の情報だ。
ええと、“決闘クラブ”は――十九時から第三演習場か。
まあ、どれくらいの時間やるかはわからんが、流石に図書館は行けないか?
そういえば、マリーはクラブに入ったりするのだろうか。いや、愚問か。絶対入らなそう。
「“決闘クラブ”は確か、第三演習場だったよね?」
飯を食い終わると、ベルがそう聞いてきた。
「なんだ、ベルも来んのか?アレンみたいな奴がいっぱいいて嫌とかいってなかったか」
「まあ、そうなんだけど。きみが行くなら行こうかと思って」
そうか。
「んじゃ行くか」
第三演習場は既にけっこう人が来ていた。
しかし、この空間は。
「……なんつうか、俺は貴族だの派閥だの言われても実感湧かなかったが。なるほど」
何も知らなくても第三演習場を包む奇妙な空気はすぐに感じただろうが、ベルからこの学院に渦巻くあれこれの事情を聞かされていると見えてくるものがあった。
明らかにいい家を出ている、キザな雰囲気の連中の塊が三つくらいあり、塊の間には不自然な空間がある。その周りでは、困り顔の生徒たちが演習場の隅で縮こまっている。たぶん事情を知らない生徒たちだろう。
「派閥争いってのはこんなはっきりしてんのか」
「寮同士のそれとは比べ物にならないと思うよ、当人たちの間ではね」
「俺たちはどこ行きゃいいんだ」
「僕はライゼル家が仲のいいところに顔を出さないといけないけど、リオは――」
「来ない方がいい、だろ?別に気にしないから行ってこい」
俺がそう言うとベルは、悪いね、と言って塊の一つに向かっていった。
さーて、俺は隅で縮こまってくるとするか。
「――ああ!クライヴ!君のような平民がこの由緒正しき“決闘クラブ”に汚い足で踏み入るとは、全く身の程というものを知らないようだね」
おっと、この声は。お出ましだ。
アレン・マクヴァティが取り巻きをぞろぞろ引き連れて俺のところにやってきた。
「よう、アレン・何某。悪いな、平民には靴を磨く習慣ってのがないんだよ」
「フン、不愉快なやつだ!あれだけ図書館に篭っているというのに礼節について少しも学んでいないとはね――杖を抜け、平民が生意気な口を聞くとどうなるのか教育してやる」
いつのまにか取り巻きに囲まれている。
こいつはちとまずいか?
「なんだこりゃ、随分俺にビビってるみたいじゃん?え?平民一人に貴族様何人だ?」
「口だけは達者だな!その威勢がいつまで続くか――」
「何をしている?マクヴァティ家の子供と――その他諸々か。その子の言う通りだ、こんな大人数でたった一人を囲んで叩きのめそうというのか?恥を知りたまえ。……それとも、我々に糾弾して貰いたくてあえてやっているのかね?」
ん?誰だ?
振り返るとそこには俺たちよりだいぶ歳が上に見える上級生がいた。話し方といい、この人も貴族か何かか。それも、マクヴァティと敵対している。
「……おい、行くぞ」
アレンたちは噛みつくこともなくそそくさと立ち去っていってしまった。
「あの、ありがとうございます」
俺はアレンたちを追い払ってくれた貴族っぽいお兄さんに礼を言った。
「君がリオ・クライヴ君だね?ベルハルトから話は聞いているよ、アレンを負かしたそうだね。そして――優秀、だともね」
最後に付け加えた言葉に、妙にゾッとするものを感じて俺は思わず身震いした。
「ああ、すまない、驚かせるつもりはなかったんだ。私はエイドルフ・グンター・ルトヴィッヒ・ヨハネス・ヴァン・ヘッガー。ヘッガー侯爵家の者だ」
名前なげえ。
「ライゼル家とは古くから友好的な関係にあってね。君の友人――ベルハルトのこともよく知っている。勿論、君のこともね。是非とも我々の閥に加わって貰いたいものだ」
「……考えておきます」
「ははは。君があまり前向きでないことも知っているとも、当然ね。だが、我々はいつでも優秀な人材を求めている。気が変わったらいつでも私やベルハルトを訪ねるといい。……おっと、先生方が来たようだ、また会おう」
はあ。
嵐のようだったな。
まったく、ただでさえ忙しいってのに政争なんぞに首突っ込んでられるか!
権力でコーヒーは飲めねえんだよ!
「時間だ、始めよう。……バーリス教授?」
来たのはラッドフィード先生と、もう一人は――
「いいだろう。さて、今年も“決闘クラブ”の活動を行う許可を校長よりいただいた。前年度より参加している者にとってはお馴染みとなるが、担当顧問は私、ギルドック・バーリスおよびワイルズ・ラッドフィード先生だ」
まじか、バーリスかよ!
あの人の俺とベルに対するナゾの当たりの強さは相変わらずだ。
最初は当てられまくっていたが、俺たちが教科書内容を終えていることに気づくと逆にまったく当てなくなった。代わりに「つまらない宿題に憤慨していると考えてね」とか何とか言って、俺たちにだけ超難易度の課題を出してくるようになった。
あの円陣魔法が得意なベルでさえ普通に間違えるとんでもない課題で、俺は図書館で適当にやるか、と思って始めたらまったく解けなかった。まあ、問題を覗き込んだマリーが机に積んであった本の中から一冊、高学年用の魔法幾何学の教科書を俺に差し出してくれたことで無事解くことができたのだが。
その後寮に戻ると、六年生が全く同じ問題にうんうん唸っているのを発見して、問題の出所を知ったのはまた別の話だ。ハラスメントで訴えるぞ!?
はぁ。
よりにもよってこの環境だ、今までバーリスの攻勢をいなし続けてきた俺たちだが、ここじゃどうなることか。
そうはいっても、流石にベルを露骨にいじめたりなんかしたらあいつの派閥から怒りを買うだろうから、そう大したことは出来ないはずだが。俺は何の後ろ盾もないからな。
「では、まず本日の活動に参加する意思のある者は、名簿に記入するように」
だが、今の所ここぐらいでしか戦闘訓練が出来そうなところはないからな。
俺は名簿に名前を記入した。
「フム。――では、本日は決闘のなんたるかについての説明の後、私とラッドフィード先生による模擬決闘を行う。その後に生徒間で決闘だ」
おお。
決闘についてはもう知っているが、バーリス対ラッドフィード先生は見ものだ。
バーリスは淡々と決闘の説明を始めた。まず互いに杖を向け合い、一礼。相手の顔が上がりきるまで始めてはいけない。
戦闘において禁止事項はなし。本来の決闘はどちらかが降参するか、もしくは死ぬまでやるが、“決闘クラブ”では安全を期して先生が生徒の体をバリアーのようなものでコーティングし、バリアーが破壊されたら負け、というルールになっているようだ。
「説明は以上だ。それでは、私とラッドフィード先生による模擬決闘を行う。医務室送りにされたくなければ十分に距離を取れ」
生徒たちが杖を構えて向かい合うバーリスとラッドフィード先生を囲み、固唾をのんで見守っていた。
「まずはこのように、相手に杖を向けた状態で向かい合う。そして礼を行う。――」
二人が頭を上げた瞬間には、二人の間で魔法がぶつかり合っていた。
――決闘の始まりだ。