十四話 あの子の名前は
「……どうも」
本を借りた俺と女の子は図書館を出て並んで歩いていた。
「……いつも、いろんな本を読んでいますよね」
「ああ、まあ。……そっちは、勉強、してるのかな?いつも俺より来るの早いよね」
「ええ。私、“黄色のオオタカ寮”なので……。図書館が近いんです」
「そうなのか。確かに北の方だからな、俺は“若草色のツバメ寮”だから反対側だ」
そう、この図書館は島の北の方にあり、“黄色のオオタカ寮”は北端にある寮だから図書館とは近いが、逆に“若草色のツバメ寮”は南端にあるからはっきりいってかなり遠く、歩いていったらものすごい時間がかかる。
「え?かなり、遠いですよね。歩いたら四十分くらいかかりませんか」
「だから毎日走ってる、おかげで体力ついた。……にしても、先週の商店街の時とか滅茶苦茶早くなかったか?俺だって三十分くらいで来たのに」
先週の今日といえば学院案内の最終日だが、あの日は一日学校内の商店街で自由行動だった。商店街といっても、その規模は大型のショッピングモールレベルで、店舗数も百ちょいくらいあって余裕で一日遊べるとんでもない商業施設だ。
だから俺も殆ど小走り&素通りで見て回って図書館に来たのだが、この子は俺が来た頃にはとっくに勉強を始めていた。
「まあ、特に興味もなかったので。すぐにここに来ました」
おお、言い切った。
「俺が言えたことじゃないけど大概だな。……そう言えば、休日が休館なのって知ってたか?俺知らなくて」
「はい、私も知らなくて。だから今週は借りました。――もしかして?」
「俺も同じ」
はは、行動が全く同じだ。
俺たちは二人で笑った。
「考えてることが同じだな。……どうしてそんなに勉強してるんだ?」
俺は気になっていたことを聞いてみた。
俺の場合はこの世界でもコーヒーを飲むという重大な目的があるが、この子はどうなんだろう。
二週間であれだけ図書館に篭っているのを、全て勉強に費やしているとしたら普通ではない。
「……えっと。私、家は特にお金持ちとかではないんですけど。昔は魔法使いが生まれていたみたいで、でも、百年くらい生まれてなくて――それで、私に魔法の才能があるって分かったとき、みんなすごい喜んだんです。あの、それで、学院に入ったら、たくさん勉強をして宮廷に仕えなさい、って。だから、図書館に来てたんですけど。――でも、今は楽しくてやってます」
ほへえ。
なるほど。かつての名家と、その没落。
そしてこの子には一家再興の期待がかかってる、ってわけか。人に歴史あり、だなあ。
それにしても。
「よかったな」
「……?ええ、この学院に入れて、本当に良かったです。だから、頑張ってたくさんお勉強して――」
「はは、そうじゃなくて。楽しくやれてることが、だよ。これでつまんなかったら悲劇だろ」
一瞬の沈黙の後、彼女は微笑みを見せた。
「……!そう、ですね。それが一番いいことなのかも――あの、お名前、まだ聞いてませんでした」
「ああ、そうだな、リオ・クライヴ。そっちは?」
俺が聞き返すと、彼女は名乗った。
「マリーです。マリー・グレース・レオミュール」
ついに名前を知った。
彼女と出会ってから約二週間、毎日会っててようやくまともな会話と自己紹介が発生するとは。なんともゆったりした関係だが、まあいい。
「マリー、ね。よろしく。……あ、俺こっちなんだ。じゃ、また来週」
俺たちは分かれ道でそれぞれの寮の方向へと足を向けた。
「――リオさん!」
ん?
振り返ると、マリーは足を止めてこっちを向いていた。
「先週のお休みの日。私、見てました。……呪文魔法、お上手なんですね。すごく、かわいくて綺麗でした。それに、何だか楽しそうで……ここにいる時とは雰囲気が違うような――あっ、呼び止めちゃってすいません!また、来週、会いましょう!」
そう言うとマリーは、くるっと振り返ってたたたっ、と走っていった。
アレ、見てたのか。
俺は遠ざかるマリーの背中に軽く手を振って、寮へと戻った。