十三話 魔法の世界の暗い歴史
一週間が過ぎ去った。
授業は何の苦労もない。
割とみんなやっているのかと思っていたが、入学前の家庭教育が当たり前なのは貴族連中ぐらいで、しかも四年半のスパルタ教育の水準は、そいつらから見ても頭一つ抜けているようだった。
おかげさまで周りからは天才扱いだ。継続は力なり、ってやつだな。それが出来れば。ありがとう、母さん、父さん。
というわけで一緒に授業を受けている生徒たちは、特に膨大な量の宿題が出る“魔法理論基礎”と“初級魔法幾何学”で分からないことがあると俺とベルの元に駆け込むのだが、まぁ、実際のところは、俺はだいたい図書館に篭っているので、殆どベルが教えてやってるそうだ。たまには手伝ってくれてもいいじゃないか、と苦言を呈された。ははは。
俺は相変わらず図書館が第二の寮だ。
週の授業日の最終日は二限で終わる、つまり午後に授業はないので俺は昼飯を済ませて図書館に直行した。
魔大陸についての実質的に唯一の情報源、冒険王ウェリウス・ローの足跡は早くも途切れてしまった。
だが、俺は諦めずにわずかに残った希望である、彼の妻アンナがかつて学院の生徒だったという事実から、何か分かることはないかを、具体的には当時のアンナを知るようなファンタジー特有の長寿爺さんなどがこの学院にいないかどうかを調べた。
さあ、どうかな。
……ふーむ。
とりあえずいるみたいだ。長寿爺さん。
まあ予想通りというか何というか、最初にうちの学院の校長、オグマ・エルドリッチのことを調べてみたら一発だった。今年で二百三十二歳らしい。
だが、ちょっと気になったことがあり、さらに校長のことを詳しく調べてみたら――色々なことがわかった。
今から百六十五年ほど前、この王立魔法学院、というか国全体が危機にさらされていた。
禁じられた闇の魔法を使い、悪逆の限りを尽くす極悪魔法使い集団、“黒い冠団”の恐怖に国中が震えていたという。
“黒い冠団”の話は、両親からも聞いている。“闇の魔法対策委員会”は連中に対抗するため設立されたらしい。
で、そいつらの組織網は学院にも張り巡らされていたらしく、活動が本格化し表立って活動するようになると、学院は連中との抗争の主戦場の一つとなったらしい。
王立魔法学院は齢百を超える、“長老”と呼ばれた年長の教授陣によって運営されていたようだが、こともあろうにその長老の中の一人こそが“黒い冠団”のボスであり、戦いの中で当時の校長をはじめとする“長老”は全滅してしまったらしい。
最終的に、その時“魔法理論”の教授だった現校長オグマ・エルドリッチの活躍によって“黒い冠団”のボス、デズモンド・グレンヴィルは捕縛されて事態は収束、その功績を持ってエルドリッチ教授は校長に就任した、ということらしい。
何故殺さなかったのか気になったが、何の事は無い、殺せなかったのだ。闇の魔法にどっぷり浸かっていたそいつは、校長が対決した頃にはほとんど不死身みたいになっていて、当時のインテリが三日三晩会議した結果、殺すのは無理、と結論が出て、どっかに封印されたらしい。
どこに封印されたのかは、目覚めさせようとする馬鹿が現れるのを懸念してか情報はなかったが、まあどうせ学院のどこかだろう。当の本人の校長先生のお膝元だからな。
しかし、百六十五年前、か。“黒い冠団”が壊滅したのはそれから四年経ってからだそうだ。
重なっている。
ウェリウスの妻アンナが学生だった頃と。百六十五年前、彼女は十三歳だ。
アンナの学生生活と“黒い冠団”の間には、何か知るに値するような特別なことはあったのだろうか?まあ、無関係ではなかっただろう。当時の魔法使いだったなら。
とにかく、校長から話を聞ける機会が欲しい。それも、「魔大陸行きたいんですけど、ここの生徒だったアンナさんのことを知りませんか?」なんていう、突拍子も無いことを聞ける機会。
「閉館十分前です!生徒は速やかに退出してください!」
お。
もうそんな時間か。
そうだ!
先週は休日は休館なことを知らずに痛い目にあった。図書館を出る前に一冊借りておこう。
ええと。
魔大陸関係は今の所手詰まりだからもういいか。
じゃあ、『魔法工学基礎』を借りよう。うちのロッド・スクローザ教授が執筆した参考書だ。
俺は素早く目的の本を見つけると、それを持って受付へと持っていった。
「すみません、この本借りた――」
「す、すみません!この本をお借りしたいんですけど」
あ。
「……先どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
――例の女の子だ。