十二話 道しるべ
今日はベルとなんとなく仲良くなった記念すべき一日となったが、この日のハイライトといえば、もう一つ三限目の“魔法実践”の授業だ。
かなりふわっとした科目名で、一見すると内容が想像できるようなできないような感じだが、この科目はどうやら魔法の実践的、応用的活用を訓練する授業のようだ。なので座学ではなく魔法をとにかくバンバン使う授業らしく、多くの生徒が一番楽しみにしていた。
「よし、授業を始めよう。俺はワイルズ・ラッドフィード。今日から一年、君たちに実践的な魔法の扱いを教える。ああそれと、魔法技術省が指定したとかいう教科書があるようだが、次回から持ってこなくていいぞ。見ての通り、俺はそういうのが苦手でな。たぶん君たちの方が大人しく椅子に座ってられるだろう」
そう言うラッドフィード先生は、なんというか、大陸南部の出身らしいが、筋骨隆々、スキンヘッドでキリッとした目つきで、ハリウッドとかでよく見る優秀な黒人の軍人キャラそのままだった。いや、あれで教授とかだったら流石にビビるぞ。絶対元軍人とかだと思うんだが。
が、授業の内容は別に軍隊式って雰囲気じゃなかった。
魔法の実践的利用、つったって戦うだけじゃないから当たり前といったら当たり前なんだが、割と丁寧で平和に授業をしたので驚いてしまった。
内容は、杖の効率的な振り方、素早く正確に狙いをつける練習、便利でよく使われる魔法の活用方法や“想起”のちょっとしたコツなど、名前の通り役に立つことばかりで、大体のことは知っていたがいくつかは俺も知らないことだったり、俺が知っていたのよりいいやり方だったりした。特に防御の呪文≪エルケ≫を相手の魔法に対して真正面から受け止めるのではなく、逸らすように当てることで、強力な呪文でも少ない魔力で受け流せる、というのは目から鱗だった。
「いやあ、すごかったね!あんな≪エルケ≫の使い方があったなんて」
俺とベルは“魔法実践”の授業についてやや興奮気味に話していた。
「あれは俺も凄いと思った」
うーん、できることならあの人から戦闘の手ほどきを受けたいもんだ。
魔大陸探索のためには強くならなくちゃいけないからな。
「参加自由の特別講義とかやってないのか?」
「そういうのがあるとは聞いたことがないけど。――でも、あの人は“決闘クラブ”の顧問の一人だそうだよ」
「“決闘クラブ”?」
そういや、両親は放課後にクラブ活動がある、と言ってたな。具体的にどんなクラブがあるのかは知らなかったが。
「うん。まあ、名前の通りなんだけど。決闘ができたり、戦いに便利な魔法とか、あと足さばきとかも教えてくれるらしいよ」
へえ。戦闘訓練にはうってつけじゃん。
「いいな。参加するにはどうすりゃいいんだ?」
「ええと。活動してる時に行けばいいんじゃないかな。なんだ、決闘クラブに入る気かい?」
「それが何か?」
「いや、別に。ただ、ほら。やっぱりこう、男には人気だからさ、特に自分の才能を示したいやつ――アレンみたいなやつにさ」
なるほど。
確かに、アレンは来るイメージがあるな。
が、まあ些末な問題だ。強くなれさえすりゃ、多少居心地が悪かろうが気にはしない。
「別にいいよ。で、いつなんだ?」
「それは僕も知らない、というかまだクラブ活動についてのお知らせがないからね。多分そのうちあると思うんだけど」
五限目は“歴史”だった。
中身が違うだけでやってることは同じだ、眠いってことも。ベルでさえだいぶ意識が怪しい様子だった。
歴史を教えているトビス・クロウ先生自体の態度もちょっとアレで、ボサボサの黒髪と常に眠そうな半開きの目など見るからに無気力そうだったが、あの猛烈な眠気は、本人は教卓の椅子から動かず、魔法を使って板書しながら眠たげに教科書を読む授業スタイルと関係がないとは言えないだろう。
まあ、この学院にもこんな教師がいるのか、と思ってふと黒板を見たら、教科書の行間を補足する言葉だったり、全く教科書に載ってないような参考知識なんかがびっしりと書かれていて、一気に目が覚めたのだが。もしかしたら今日一番驚いたことかもしれない。
当然、コーヒー再現のために必要な知識を得るための図書館通いも、月曜から再開していた。
魔大陸への渡航手段、というか魔大陸関連の情報全般を求めて、俺は冒険者ウェリウスが書いた本、あるいはウェリウスに関する情報が書いてある本を探した。
……が、駄目!
情報がないわけじゃない。
各大陸の秘境を暴き、南極大陸を発見して全域を探索し、そして初めて魔大陸の探索に成功した、世界を倍に広げた男、冒険王ウェリウス・ロー。
彼とその妻アンナ・ローの伝説的な活躍、業績はいろんな本に書いてあるが、肝心な情報は何もない。
せいぜい、妻のアンナがこの学院の卒業生だったことくらいだ。だが、何しろ百五十年前の――いや、それは活躍した時期だから、学生だった頃はもっと前の――人物なのだから、それ以上の情報があるかどうか。この学院には二百年くらい生きてる爺さんとかいないのかな?アンナさんだってウェリウスについて行って魔大陸を探索して生きて帰ってくる超人なんだから、優秀な生徒として記憶されていたりする可能性はある。
机の反対側では、相変わらず例の女の子が何かを――借りている本のタイトルをみる限り、勉強だろう――していた。
熱心なもんだ。
俺は気がつくとその子を見つめていた。
淡い金髪。小柄な体。
ペンを握るその手はとても繊細に見える。
ふと顔を上げた女の子と一瞬目があった。
女の子は俺が目を逸らすまでもなく、すぐに目線を下に降ろしてしまったが、その顔は不思議なくらいしっかりと頭に焼き付いた。
くりっとした、澄んだ鳶色の眼。
結局、今日も特に会話することなくあの女の子とは別れた。
あの子の名前はなんて言うんだろう。
俺は寮のベッドの上で思った。
今まで別に知らなくてもいいと思っていたことが、妙に気になった。