十話 魔法学院の授業
黒ベルハルトもとい、アレン・あっそういや苗字知らねえじゃん、との決闘騒ぎから一夜明け、ついに授業が始まる時がやってきた。
で、時間割によると一限目は“初等魔法言語文法”。
ああ、寮監のラズール教授の授業か。
「おはよう、みなさん!ええ、ええ。ここにいる皆様方とはすでにお会いしておりますが、改めて自己紹介を!私はイグネウス・デ・ラズール。“魔法言語学”の教授であり、今年一年、皆様方と基礎的な魔法言語の文法を学んでいく所存であります。さて――」
ラズール教授は細身のお爺さんで、その白髪と皺くちゃの肌を見る限り相当な高齢に見えるが、テレビ通販の人くらいのテンションを常に維持して喋っている。
俺や、隣に座っているベルハルトは特に緊張することなく自然体に座っているが、周りの生徒はどことなく落ち着きがない。
まあ、初回の授業というのは緊張するものなのかもしれない。
うちの個性あふれるルームメイツ、大食いダリルとウッドボクシングオタクのルークも朝から口数が少なかった。特にダリルはいつも常人の夕食ほどの量を食している朝飯が俺より少なかったくらいだった。
「――みなさんの中にもいくつか呪文を知っておられる、という方も多いでしょうが、そう、呪文の言葉はふしぎな言葉。適切に唱え、適切に“想起”し、適切な魔力があれば――言ったことはそのまま実現するのです!」
その通りだ。
俺もよく使っている“呪文魔法”というやり方は、魔法言語という特殊な言葉を使って詠唱する。この言語は教授が言うように「言ったことがそのまま実現する」こと以外は普通の言語で、文法があって、普通に文章が作れる。
つまり、大抵のことはできる。
ただし、文法は正確じゃないとダメだし、言葉で足りない部分を想像で補う必要があって、これが“想起”だ。
補う、てことは突き詰めれば“想起”だけで魔法を発動する、なんて事もできる。俺には無理だが。
「この授業では単語および文法を中心に学んでいきますが、単語や文法はあくまで一要素!大事なのは魔法を使えること。さて、まずは文字と発音から!実際に声に出して――最初の文字は“アルペー”!さあ、みなさんご一緒に!」
ラズール教授は黒板に文字を書きながら発音し、俺たちもそれに倣って発音した。
「――“クシーレ”!……“ズィーテ”!……はい、これで文字の発音は終わり。次は、いくつか発音に関する注意事項を学んでから、簡単な呪文を唱えてみましょう!――」
二限目は“魔法理論基礎”だ。
魔法そのものがどういったものなのか、てことを勉強する科目だな。
当然楽な科目じゃない、というか週初めから重くないか?
“魔法理論基礎”の担当教員はメイ・エインズウェル教授だ。両親が学生だった頃も魔法理論を教えていたという古株のバーさんで、超厳しいと聞いてはいたが、いやはや噂通り。椅子を後ろに傾けてゆらゆらしていたら教室に入ってくるなりぴしゃりと注意され、以来俺の背筋は床と垂直になった。
授業もいきなり教科書開いてガツガツやっていく感じで、しかも当てて答えさせる系だ。
どうやら授業前の一件で俺は目をつけられたらしく、俺だけ三回も当てられた。当然既習範囲、そのうえ最初の方だったから全部完璧に答えたが。最初は「根性叩き直してやる」みたいな雰囲気だったのが、答える度に感心した表情になっていったのは爽快だった。
まあ、他の生徒が緊張からかうまく答えられない中、即答していたのは俺の他にはベルハルトぐらいだったからな。
三限目は“言語技能”で、これは日本でいう国語みたいなもんだった。
こういうもんもあるんだな、と思ったが考えてみりゃ当たり前だ。名門校の卒業生の国語力が低いんじゃ話にならない。
“言語技能”の先生はエイラ・メイガンという人で、エインズウェル先生とは打って変わって笑顔を常に絶やさない、ふわふわ系のお姉さんだった。まず顔立ちからして優しい、目元とか。そして美人。端っこが少し赤紫色の、若干ウェーブがかった焦げ茶のロングヘアーで、下世話な話だが、その、グラマラスだった。包容という言葉をその身に体現している人で、ちらりと教室を伺った限りでは九割の男子は何らかの影響を受けていた。
しかし、エインズウェル先生の後にこれは、まさしく飴と鞭だ。
四限目は“魔法物質とその性質”という科目で、色々な植物や鉱物などの性質を学ぶ科目だ。これ自体は暗記物だが、この科目が各専門分野の基礎知識となる。
この授業はロッド・スクローザ教授が担当した。自己紹介でも魔法工学の教授と言っていたが、この人のことはコーヒーの果肉除去の方法を探る中で見つけた魔法工学の参考書の著者だったので知っていた。
参考書の序文が結構ヤバイ感じだったので覚悟していたが、やはり相当マッドな人で、目つきがヤバいが行動もヤバい。“バネバネ蔦”の性質を実際に体験させるべく、蔦を生徒にくくりつけて数十メートル上空に打ち上げるという狂気をやらかした。
打ち上げられた生徒は大泣きしていたが、スクローザ先生が「ちょうどいい機会だ」とかなんとか言って“微笑み茸”の粉末を飲ませた結果、授業が終わるまでニコニコしていた。流石にドン引きだ。
五限目は本日二回目の“魔法理論基礎”で、前回の反省を生かし俺は椅子の脚を四本しっかり床にくっつけていた。
やはり質問は飛んできたが、今度は一回だけだった。そしてまたしても俺とベルハルトが完璧に回答するとエインズウェル先生は、にっこりと微笑むと一瞬で厳しい表情に戻り、皆さんはこの二人を見習いなさい、と教室を見渡しながらそう言った。手のひら返しの魔法かな?
「やっと終わったよ。お腹がすいて死にそうだ」
疲れ切って、一回りスリムに見えるほど萎びた様子のダリルが呟いた。
「それにしても、リオとベルハルトはすごいな!特にリオなんか――エインズウェル先生の顔を見たかよ!」
ルークが大声でそう言った。
「まあ、あの辺は入学前に親から習ってるからな」
「うわあ、リオもそうなんだ!じゃあ、リオの親もすごい人なの?」
「“闇の魔法対策委員会”って言ってたな。それがどれくらいすごいのかはよく知らんが」
「すごいじゃないか!魔法使いの中でもすごく優秀な人しか働けないところだよ」
へえ。
母さんも父さんも特に自分の仕事を自慢したりとかしなかったから、あんまよくわかってなかったが、そういう所なのか。
「というか入学前に習うのってすごい判定なのか?ならベルハルトの親もすごいのか」
「ああ、僕の家は――」
「――おい、知らないのかよ!ライゼル伯爵家と言ったら王国の大貴族じゃないか!何人も大臣になってる」