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この不可思議な世界にて  作者: 三郎冠者
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第四話:旅立ち

主人公を眩い光が包み込み、彼は……


 ……身体が怠い、ただ眠気は無い。目を開けて周囲を見渡せば、老人と会い、そして恐らく殺された、カビ臭い石造りの部屋。肉体も俺のものでは無い。床を見れば、見た事がある真っ黒い布がある。めくれば、ナニカに全てを吸われたような人の死体。


「元の世界、じゃない世界に戻ってきたのか……」

 人間不思議な事が起こっていても、二度目となると意外と冷静で……『慣れ』と言って良いのか分からないけれど、俺の脳はこの状況を受け入れたらしい。……受け入れたくは無いけれど仕方がない様な気がした。


「取り敢えず服を着ようかな……」

 部屋の端に、ポツンと置かれたクローゼットの中を漁れば、前回同様、全身を覆える真っ黒いローブが入っていたので一先ず着る……が、何かがおかしい。頭の片隅で、何かがおかしいと警鐘を鳴らしている。何だ、何がおかしい……?


「……布を一度めくった筈なのに、めくられていない。クローゼットからローブを取り出した筈なのに、同じ場所に同じ物が吊られている……時間が戻ってる?」

 そう。何かがおかしいと抱いた違和感の正体。前回、と言って良いのか分からないけれど、俺がやった事が全て元通りになっている。俺が起き上がって、混乱して、老人に会って、恐らく殺された……その全てが無かった事になっている。時間が戻っている。


「という事は……!」

 上の方から音と、そして声が聞こえる。相変わらず、何を言っているのか分からないけれど、分かる。俺を殺したであろう、あの老人の声がする。


「#“&%!*@!オ”>:*!#@&^+%!*&^$@#:!」

 声と共に、この部屋に向かってくる足音が聞こえる。言葉は相変わらず分からない。ただ、このまま居れば間違いなく、前回同様、会話も出来ずに殺されるだけだ。隠れないといけない! 


 迅速に、且つ気付かれないよう静かに、俺はローブが入っていたクローゼットに身を隠し、息を潜める。部屋の状況を見る為に、少しだけクローゼットを開けて……。後は老人が、このクローゼットに気を向けないよう、祈るのみ……。


「^%$#:>+_!^%#“*!#%&*?:_*^$%@#*&%」

 予想通り、あの時恐らく俺を殺した老人だ。部屋に入って来るなり、真っ黒い布の下にある死体に気付いたらしく、四つん這いになり、死体を抱き締めながら涙を流している。彼らの関係性を知っていて、尚且つ状況が状況なら、恐らく悲しむ余裕も有っただろうが、そんな余裕は一切無い。さっさと事を済ませて出て行け! と心から願う。


「#”*^&$+:>|_*%@$^&>」

 ひとしきり、涙を流した老人は、ナニカを探す様に、少しばかり周囲を見回した。……幸い、此方には気付いていない様だ。老人は、一度部屋を出て行き、上の階へと上った様で、ナニカをばら撒いた様な音がしたかと思えば、またこの階に降りてきた。そして恐らく、ナニカが入っていたかなりの大きさの布製のリュックに、その死体を入れようとし始めた。


「*&^$#@\+*^$@」

 老人は死体を丁寧に折り曲げながら、小さくしていく。時折鳴るボキッという音、恐らく骨の折れる音が、アレが人の死体なのだと伝えて来る。死体を折り曲げ、リュックに詰め終えた老人は、もう一度ナニカを探す様に、周囲を見回したが、それも数秒。気は入っていない様に見えた。


 人の死体を詰め込んだリュックを背負い、老人はこの部屋から出て行った。上の階を、老人がゆっくりと歩く音がする。……まだ油断は出来ない。完全にこの家から離れるまで、此処から出てはいけない。全神経を耳に集中させて、音を拾う。……家の扉を閉めた音が、微かに聞こえる。立ち止まった……早く行け!


 その時間は、数秒だったのかも知れない。ただ俺にとっては、数十分にも、数時間にも感じる程、長い時間だった。整備されていない道なのか、木の枝が折れる音や、ぬかるんだ泥を歩く音がする……。まだ出てはいけない、完全に音が聞こえなくなるまで……!




「……もう、大丈夫かな?」

 老人の鳴らす音が完全に消え去った後、漸く俺はクローゼットから出る事が出来た。解放感と共に、疲労がドッと来る。身体的も、精神的にも……。


「……休んでいる暇は、無いよな……。あの人が、戻って来る可能性がある」

 そう。確かに、あの老人はこの家を離れた、それは間違い無い。しかし、またこの家を訪れる可能性が残っている事を考えると、この家に長居する事は愚策だと思う。出来るだけ速やかに、この家から離れるべきだ。


「そうと決まれば……申し訳ないけれど、この家の物を少し持って行こう。火事場泥棒みたいで正直気が進まないけれど、そういう事を言える状況じゃ無いし……」

 何かを持って行くのは決めたものの、何が必要なのかが問題だ。地理が全く分からない、何がどの程度必要なのか、全く検討が付かない。何かヒントは無いか……? そう言えばあの老人が、上の階でナニカをばら撒いた音がした。アレがヒントになるかもしれない。


 そう思い、一先ずこの部屋の扉から出ると真っ直ぐな廊下。真っ直ぐ進んで行くと螺旋階段が有ったのでそれを上る。螺旋階段を上り終えるとまた真っ直ぐな廊下と、突き当たりに扉が有るのが見える。何というか、少し不思議な家だ。扉を開けると居間? なのか、誰かが生活をしていたであろう空間に出た。


「食べ物ばかりか……しかも日持ちしそうな乾物? が多いな。ばら撒いたのはコレなのかな?」

 床に散らばる、多くの乾いた食料。生物と言えそうなのは、リンゴやミカンに似た果物程度で、その殆どが乾物だった。それらを眺めていると、少し離れた場所に筒状の、竹か何かで出来ている物が見える。手に持つとチャポン、と水の音。所謂水筒みたいな物。


「仮に、食べ物を全部此処にぶち撒けたとして……水筒も此処にある……町か何かが近くに在る?」

 仮に、あくまでも仮にだけれど、長い距離を、しかも人の死体を運びながら歩く必要があるのなら、持って来た食料や水を、こんなに置いていくか? 恐らく置いていかないだろう。あの老人が何処に行くのかは分からないし、どの程度の距離を歩くのかも分からない。ただ少なくとも、そこまで食料や水を必要としなくても良い範囲内に、町か何か、補給が出来る場所があるから、食料や水を置いて行ったんじゃ無いか?


 全て仮説、もしかしたら間違いかもしれない。ただ持っていく物のヒントになりそうだ。比較的近くに町、ないしは補給が出来る場所がある。となると、そこまで多くの物を持っていかなくても良さそう? 物を持ち過ぎて、身動きが出来ないっていうのは避けるべきだし……。それもだけど、入れ物も要るな。出来れば地図も欲しいし……考える事が山積みだけど、出来る限り迅速に……! そう思い、俺はこの家で持って行けそうな物を、改めて探すことにした。




「食べ物と水と一応着替えと、食器は……いいか。」

 家の探索を始めて暫く、玄関らしき場所の棚に仕舞ってあったリュックと、床に並べた、探し集めた物を見比べ、何が必要なのかを改めて考え中。食料は乾物を中心に二日分。水は正直心もと無いけれど、水筒に入っている物だけで、後は果物で何とか補う。食器は考えた結果、必要無いと決めた。


 幸いだったのは、どうやらこの家の主だった人は、何処かへと頻繁に出掛ける人だったらしく、玄関の棚にお出掛けセットみたいな物が集まっていた事。丈夫そうな布製のリュックは勿論、先っぽに鉱石? が付いた杖や縄、腰に巻くタイプの、これ又丈夫そうな小さめのバック、果てにはナイフまで有って、正しく至れり尽くせりと言った感じだった。


 勿論、良い事ばかりが分かった訳でじゃ無い。地下室に置かれていた本棚、地図は無いかと探していたところに偶然見つけた物だけれど、この世界、どうやら魔物が居るらしい。相変わらず文字は読めなかったし、何が書いてあるかは分からなかったけれど、明らかに、元居た世界では見た事が無い……そう、ゲームでしか見た事の無い、魔物の絵が描かれていた。……どの魔物もゲームの魔物の様に、可愛げなんて物は一切無かったけれど。


 つまり俺は、町か何かに行く道中で、その魔物と戦う可能性があるという事も考えなくてはならなくなった。それと同時に、老人の杖でされた事も何となくだけれど分かった。多分、魔法だ。ゲームの世界でしか無い筈の魔法が、この世界には存在していて、それを使って俺は殺されたんだと思う。……どうして生き返ったのかはサッパリ分からないけれど。


 それらを吟味して、持っていくも物を考える必要がある。食料は二日分、水は水筒に入っているものだけ、杖は勿論、ナイフも持って、一応服の着替えも……と入れていくと結構な量になる。いざ魔物が現れた! となった時に動けないのは困りもの、だから出来るだけ少ない荷物でこの家を旅立つことにした。


「これで、取り敢えず出発しようかな……あの人がまた来たら、また死ぬ羽目になりそうだし……」

 リュックを背負い、腰にバックを巻き、杖を手に、玄関の扉を開ける。目の前に広がるのは、鬱蒼とした森林、だけどあの老人が通ったであろう足跡が残っている、迷う事は無さそうだ。


 訳がわからない事ばかりが起きていて、元の世界に帰れるかも分からない。不安で胸が一杯だけど、少しだけ楽しみでもあった。まるでゲームの世界の冒険者になった気分で……浮かれていてはいけないけれど、そんな気持ちを胸に、俺はこの世界の、外へと旅立った。


時間を遡り、また異世界に戻り、この家から旅立つことにした。

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