第三話:黒
白い人達について行った、主人公の行き着く先は……
行けば行くほど人の密度が高くなっている。高校に通っていた頃、通学に使っていた電車も中々だったけれど、そんなものじゃない。ギュウギュウ詰めを通り越して、人が人と重なっている。それくらいに人が多い。
そんな中を、白い人達と鎧を着込んだ男の人は、ただ黙々と歩いていた。最初の頃は、抵抗をしていた男の人も途中から疲れたのか、されるがままになっていて……まるで連行される犯人のよう。下を向き、大きな身体の腰を少し丸めて、大人しく、白い人達に連れて行かれている。
男の人の他にも同じ様に、白い人達に連れて行かれている人達は居て……男の人の様にされるがままな人もいれば、まだ声を出しながら抵抗をしている人もいる。中には歩く力すら残っていないのか、白い人達に担がれている人も居て、本当に沢山の人達がいる。
今の所、俺は連れて行かれる対象じゃないのか、白い人達は横に居ない。安心してはいけないとは思うけれど、それよりも此処が本当に、天国と地獄の間の様な場所なのか……。仮にそうだとするなら、脱出する道は無いのか……兎に角、切っ掛けが欲しい。ただそれだけを考えて、彼らと同じ場所に向かっている。
「ナニカが有ると良いんだけれど……」
やっぱり不安な気持ちは強い。ただあの場所で、ダラダラと時間が過ぎて行くのを待つ、というのは正直辛い事だったと思う、不安な気持ちばかりが募っていただろうし……。それなら、何処かに向かって進んでいる彼らに付いて行くことが、賢明だと思っていたし、今もそう思っている。
「何だろうアレ……小屋と、釜と……何だっけ、ベルトコンベアーだっけ」
彼らに付いて行く事、暫く。どうやら目的地に到着した様で、白い人達は連れていた人達の手を離し始め、担がれていた人達も下ろし始めた。それを機に、連れられていた人達が一斉に来た道を戻ろうとしているけれど、どうやら見えない壁の様なものがあるらしく、閉じ込められた様だ。
俺も閉じ込められたのかと思い、慌てて彼らと同じ様に来た道を戻ろうとすると、彼らにはある壁が俺には無い様で普通に戻れる。これなら大丈夫……は、流石に考えが甘いと思ったので、彼らにはある壁の少し外側に移動する。閉じ込められている人達を見る限り、一定の範囲内に壁が出来ているみたいだから、その少し外側に居れば一先ずは大丈夫だと思う。
「一応、安全も確保した訳だし、観察させてもらおうかな……」
建物と施設? をじっと見つめる。まず真っ正面、目に付くのは大釜。特に火で何かを焚いている様には見えないし、沸騰している様にも見えない。大きいだけの釜。ただ気になる点と言えば、その大釜に登れる様な階段が設置されている事くらい。その大釜の脇にベルトコンベアーが設置されているけれど、今は動いていない。
ベルトコンベアーの先が何処に繋がっているのか分からないけれど、大釜に隣接されている以上、大釜とベルトコンベアーは、二つで一つのナニカなんだと思う。大釜の中に何が入っているのか分からないから、正直此方からの脱出は、出来れば考えたく無いのだけれど……。
「かと言って、あの小屋はなぁ……」
大釜の少し左にポツンと建てられている、何の変哲も無い小屋。白い人達が時々出入りしている事を見るに、休憩所みたいな場所なのか。仮にそうだとすれば、あの小屋はこの空間からの脱出には関係がない様に思える。結局の所、道は一つしか無い様で……。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だっけ」
危険を冒す事無く何かを得る事は出来ない、そんな意味だった気がする。大釜の中にナニが入っているのか、ベルトコンベアーの先は何処に繋がっているのか、あまりにも不安材料があり過ぎるけれど……白い人達に付いて行く時に決めた、何も分からないまま終わるのは嫌という気持ち。それが俺を虎穴へと導いていた。
壁は相変わらず無い。壁が有ると思われる境界線の内側へ、大釜がある方向へと進んで行く。途中、白い人達も沢山居たけれど、相変わらず、俺を捕まえようとしては来なかった。まだ、大丈夫。大釜の間近に辿り着く。大釜は、金網か何かで出来た、固そうなフェンスで囲われていて、入り口らしい扉があるところに、白い人達が警備員の様に立ち塞がっている。
「強行突破は……難しいのかな、やっぱり」
白い人達は言うとなんだが細く、あまり力が有りそうには見えない。ただ複数人だったとは言え、鎧を着込んだ男の人を此処まで連れて来ているという事を考えると、強行突破をするには、どうしても躊躇いがある。
どうしようかと悩んでいたその時、小屋の中から、白い人達と比べると明らかに背が高く、白い人達とは対象的な、真っ黒な服に真っ黒な仮面を着けた人が気怠そうに出て来た。
それと同時に白い人達も動き始め、連れて来た人達を大釜の方へと連れて行き始めた。黒い人の登場と、白い人達が動き始めた事で、壁付近でうなだれていた人達は、白い人達に捕まらない様にと逃げ出し始めたが、簡単に捕まって行く。何しろ抵抗が出来ない上、壁が有る訳で……逃げられる筈がない。
俺も少し距離を取ろうと、壁があった辺りまで離れる。壁はまだ無い。境界線ギリギリの、外側から、ここからどうなるのかを、ジッと見つめる事にした。
黒い人が大釜への入り口の扉に近付くと同時に、扉に居た警備員のような白い人達は離れた。相も変わらず気怠そうな黒い人が扉を開けると、その後ろから、連れて来られた人達を連れた、白い人達が後ろに付いて行く。向かう先は大釜。階段を登り、大釜に縁にあるのか、其処で黒い人が連れて来られた人の顔をジッと見て……大釜に落とした。ナニカに着水した様な音やぶつかる様な音はしない。何も無い。
次から次へと落とされて行く人達。既に諦めているのか、抵抗もしない。それと同時にベルトコンベアーも動き始め、光り輝く玉の様なモノが、何処かへと運ばれていく。
「……霊魂みたいな?」
此処が、仮に天国と地獄の間だとして、白い人達と黒い人は……何だ? あの玉は何処に運ばれているんだ? どうなる、どうする?
分からない、何も分からない。あの大釜に、入れられるべきなのか? 入れられてどうなる? その後の見通しが全く立たない。頭の中で、色々な考えがグルグルと混ざって……正しく混乱状態だ。仮にあの玉が霊魂みたいな物だとして、行先は何処だ? 現実世界? 元の、俺の世界に戻れるのか? それとも、俺が俺じゃ無い世界なのか?
悩む俺を余所に、黒い人は人をドンドンと大釜に入れて行き、光り輝く玉は何処かに移動して行く……が、ある人の順番が来た時、黒い人の動きが止まった。座り込んで、白い人達の補助が無いと歩けない様な人。黒い人は、その人の顔を暫くジーッと、他の人達よりも長く見ていたかと思うと、急に現れた黒い剣を手にして、その人を、真っ二つに斬った。その人の姿は消えて、二つに割れた、鈍い光を放つ玉になった。
俺も、されるがままだった人達も、その出来事に慌てる。黒い人は、周囲の反応等どうでも良いかの様に、大釜の階段から降り、小屋の方へ向かった。そして小屋の脇に有る、目を凝らさないと見えない様な小さいボックスに、その二つになった玉を入れて、何かを操作した。すると物凄い速さでボックスが上に登って行った。
あのボックスの行先は? また悩み事が増えた。どうすれば良い、どうする事が最善なんだ……?
そうこうしている間に、黒い人は大釜に戻り、作業を再開する。その光景を見ていた人達も、慌てはしたものの、白い人達ががっしりと脇を固めていて、どうしようも無く、されるがままだ。
……取り敢えず、考える時間が欲しい。この場から逃げたところで、何かが変わる訳では無い事は分かってる。それでも、頭の中を整理する時間が欲しかった。この場から離れようと、大釜のある場所から背を向け、移動しようとした……が出来ない。
「……は? どうして……さっきまでは無かった筈……。というか、境界線の外側に居たのに……」
いつの間にか見えない壁が出来ている。違う場所からと移動をするも、何処に行っても壁がある。此処から離れられない。ふと気がつくと、白い人達が、俺の手を掴んでいた。
「離せ! 離せよ!! 訳のわからないまま、どうなるかも分からない釜に入れられるのなんて御免だ!!!」
必死にその手を振り解こうとするも、白い人達の手を全く振り解けない。というか、力が入らない。足掻く俺を尻目に、白い人達は、他の人達と同じ様に、俺を大釜の方へと連れて行く。意地でも行ってやらないと、階段を登らないと、下半身に力を込めるも効果が無い。寝転んでみれば抱えられる。無駄な足掻きだった。
階段を登り切り、黒い人の前に辿り着く。黒い人の黒い目が、俺をジッと見ている。
「@%&*$%&#?:+>^$@^<*&」
相変わらず何を言っているか分からないが、男の声だというのは分かる。俺の事をジーッと見ている。……嫌な予感がする。さっきまでの例が、頭を過ぎる。
「#$^%>:*&@%^$*+“」
男が剣を出す、気怠そうに、その一刀が、俺を斬り裂くその瞬間、眩しい光が俺を包んで……。
大釜の中でも無く、ボックスでも無く、眩い光。