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この不可思議な世界にて  作者: 三郎冠者
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プロローグ:レオポルド

安住の地レオポルド、陥落の危機。

 

「なんとしても押し返すのだ! この地は我らのものであると、魔物共に教えてやれ!」

周囲の戦士達に檄飛ばす男は自ら先導に立ち、その手に持った大剣を振り回しつつ、周囲を鼓舞する。


 漸く……漸く安住の地を手にしたと、自分に付き従う者達を安心させられると、そう思っていた。正にそのような時に起きた出来事であった。このような事態は、いつか起きるとは想定していた。だからこそ、備えはしておいたのだ……。だがあまりにも、あまりにも、数が違い過ぎた。


 土の魔法使い達に作らせた土壁は、一瞬で破壊された。水の魔法使い達に作らせた沼は、破壊された土であっという間に埋められた。木の魔法使い達に作らせた矢は、既に尽きた。火の魔法使い達は、必死に魔法を行使し迎撃をしているが、多勢に無勢であった。


 万策尽きた、諦めろ、どうしようもない、頭の中で、悪い言葉が叫んでいる。しかし、それでも男は諦めようとはしていなかった。例え最後の一兵となろうとも、魔物共に少しでも被害を与え、町の防衛準備時間を稼ぎたかった。


「魔物共! 私は此処だ! レオポルド=ガイウスは此処に居るぞ!」

心の奥底より、大声で啖呵を切る、魔物共の目が、殺意が此方に向いた。死は、覚悟の内であった。


 巨大な一つ目の魔物が、此方に向かって来る。味方であるはずの魔物共を踏み潰しながら、魔法使い達の魔法を諸共せず、此方に向かって来る。男は仁王立ちで、その魔物を、ジッと睨み続け、眼前に来たるのを待っていた。


 戦場は、急に静かになった。大剣を持った男と、自身の身の丈程はある、木で出来た棍棒を持った魔物、彼らの一騎打ちである。


「天よ、照覧あれ! このレオポルド=ガイウスの武勇を!」

自身を鼓舞するかの如く、男は猛る。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

それに対抗するかのように、魔物も叫ぶ。


 大剣と棍棒の打ち合いが始まった。結果は、体格の差から分かってはいたが、それでも戦士達は固唾を飲んで、その戦いを見守っていた。自分達を導いてきた、彼らの主の戦いを。


 一撃が重過ぎる……魔物の武器が大き過ぎて、避ける事は不可能故、受け止めるしか無かった。防戦一方である。打ち合いが始まった頃は、魔法使い達が支援魔法を掛けてくれてはいたが、流石にその魔法も尽き始めていた。


 大剣が弾かれた……カランカランと音を立てて、この一騎打ちの勝者を決定付けた音がした。それでも男は逃げなかった、足が震えているが、武者震いに違いない。一つ目の、自らを負かした魔物を睨みつける、この顔を覚えておけと、そんな意志を込めながら。


 魔物の両手が、巨大な棍棒が、男の身体を潰そうとした、その瞬間であった。光り輝く、眩いばかりの一閃が、魔物の頭を貫いたのは。


 巨大な棍棒は、男の身体を叩き潰す事無く、持ち主であった魔物の頭に落ちた。大量の、青色の血を頭から流しながら、魔物は膝から崩れる様に倒れ、絶命した。男も、戦士達も、魔法使い達も、魔物も、誰もがその一閃が放たれた方向を見つめた。


 長身に合う白いローブを身に纏い、眼鏡を掛け、風に靡く長い銀髪の男と、恐らく魔法を放ったであろう、男より少しばかり背は低いが、金色の重装な鎧を身に纏った短い赤髪の女、全ての視線が其処に集中していた。


「どうやら、間に合ったようだ」

「そうね、間一髪、といったところでしょうけれど」

「なら、問題はないな」

「そうね、もう、何も問題は無いわね」


 女が手を払うようにした瞬間、風が吹き荒れ、魔物の群を切り刻んだ。逃げ始めた魔物の少し向こう側に目を向け、指を軽く鳴らした瞬間、果てが見えぬ様な氷の壁が出来た。戸惑う魔物に向けて、顎を少し上げた瞬間、魔物の群は跡形も無く、悉くが燃え尽きた。


 戦況は一変した、逃げ惑う魔物共、あまりの出来事に言葉が出ない人々……。そんな中、大剣を落とした男は、己の武器である大剣を拾い上げ、今こそが好機と、高々に声を上げる。

「皆の者! 攻勢を掛けるは今ぞ! 進め進め! 魔物共を駆逐するぞ!」

その声に反応した戦士達が、魔法使い達が、鬨の声を上げ、一気呵成に攻め立てんと、動こうとした時、彼らを覆い尽くす影が、不意に現れた。


 人々は今まで、雲以外無かった空を見上げた。其処には巨大な、先程の一つ目の魔物が小さく見える様な、あまりにも大きな黒龍が其処にいた。黒龍の背から、風に靡く銀髪と白いローブが幽かに見える、あの男のモノなのかと、人々は再び戸惑い、魔物達は、一刻でも早く此処から離れねばと、分厚い氷の壁を破壊しようとしていた。


「一切合切燃やし尽くしてくれ、あの山脈までを覆う森を……魔物共の住処を」

男の言葉に黒龍は軽く頷くと、巨大な翼を大きく広げ、空高くまで上昇し、巨大な口の中から何かを吐き出さんと、巨体を震わせた。


 人々は黒龍が巻き起こす風に飛ばされぬ様、地面に這いつくばるのに必死であった。大剣を持った男も、大剣を地に刺し、倒れぬ様、必死に踏ん張っていた。唯一、先程魔法を放った赤髪の女だけが、平然と背伸びをしていた。


 黒龍の震えが止まる、黒龍は木が生い茂る深い森を、その鋭い眼で睨むと同時に、黒炎を放出した。逃げていた魔物達は、悲鳴すら上げずに、跡形も無く消え去り、山脈まで続く道が其処には出来ていた。


「要求に応えられなんだ、主よすまぬ。だが全てを燃やし尽くすとなると、人々まで巻き込んでしまう故……」

「気にしないでくれ。俺も言っておいてなんだが、無茶な注文だとは思ったよ」


 ……脅威は去った。人々はこの地を、安住の地を守り切る事が出来た、突如現れた二人組の男女によって。


 黒龍が地に降り、背中から男が降りる。その隣に、女が並ぶ。


 こうしては居られないと、慌てて男は身を整え、片膝を着き、己の首を差し出しつつ、男女に向けて声を掛ける。

「助かりました……。あのままでは、私は地に伏し、我らの地を守る事が出来ませんでした。心からの感謝を、皆を代表して、述べさせて頂きます、我らが救世主様……」


 膝を着く男に、銀髪を風に靡かせた男は言う。

「気にしないでくれ。何より、まだ終わっては居ない。私達は今から、あの山脈までの森を、全て焼き尽くして来る。だからこの戦場にいる人々を、町に避難させておいてくれないか?」


 その言葉を聞いた男は、直ぐに行動を起こす。

「皆の者! 町へ移動せよ 怪我をした者達や、死んでしまった同胞達を忘れるな!」

男の言葉に、人々は直ぐに行動を起こし、町への移動を始めた。


 その様子を見た銀髪の男と、赤髪の女は黒龍の背に乗り、再び空へと舞い上がろうとする。男は、吹き飛ばされないよう、大剣を地に刺しながら叫ぶ。


「どうか! どうかお名前だけでも、お教え頂けませぬか! 我らが救世主様!」

男女は気付かなかったが、黒龍は気付いたようで、彼らに語りかける。


「主よ、名前を教えて欲しいと、先程の男が言っております」

男と女は顔を見合わせると、大声でそれぞれの名を叫ぶ。


「俺はベイク=フロストウッド! ごく普通の魔法使いだ!」

「私はナユタ ごく普通の戦士よ!」


 それぞれが名を叫んだ後、彼らはお互いの顔を見合って笑い、黒龍も口角を上げていた。再び空へと舞い上がる黒龍と二人の男女、そして地に唯一人残った男。


「ベイク=フロストウッド様とナユタ様……聞いた事が無い名だが……。いや、其れは後にすべき事。今はあの方々が仰る通り、町へ移動せねば」

少しばかり考えたのも束の間、男は戦友達と共に、町へ駆け出した。


 数刻後、山脈までを覆い尽くしていた森は、跡形も無く消え去り、人々は遂に安住の地を手に入れた。


 人々は当初、この地の中心地の名を、救世主達の名前にしようとしたが、彼らが固辞した為、人々を先導し、勇猛であった長である、レオポルドとした。


 この日を人々は、『始まりの日』と、呼んでいる。


安住の地レオポルド、全てはこの日より始まった。

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