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悪役の嘆き


 目が覚めた時には、朝を越えて昼になっていた。

 

 あれから部屋に戻されすぐ寝ちゃったんだっけ……

 シーツと同じくらいしわくちゃになったドレスと絡まり合っている髪。寝ている最中苦しかったのか、窮屈な胸元はファスナーが下げられ露わになっていた。未だにこの大きさは見慣れない。


 動きやすそうなワンピースに着替え、とりあえずお風呂に入りたいと思い私は部屋から出て大浴場へと向かった。

 昨日部屋に帰る途中使用人に大体の場所を教えてもらった記憶を頼りに廊下を歩きながら、今日は何をしようかと考える。

 人の目があるところではリリーへ嫌がらせもどきをするけど一人の時は別だ。どうせ数日後に追い出され元の家にも戻れないなら今のうちに残り少ない優雅な暮らしを堪能しておかないと。


 ――それにしても、昨日の夜は面白かった。

 私を見る周りの目。あんな冷めた顔で見られるなんて……快感!

 ねっとりまとわりつく感じの、男が女を品定めしてるようなあの視線が気持ち悪くて大嫌いだった。

 好意のない視線は新鮮で心が楽だ。普通逆なんだろうけど。


「あら。ごきげんようマリア」

「マリアってばひどい寝ぐせ! お寝坊さん~っ!」

「ジェナ、ジェマ。おはよう。相変わらずお揃いの洋服なのね」


 もうお風呂も済ませお化粧もばっちりなジェナジェマに遭遇する。


「昨日はあれから大丈夫だったんですの? あんな大胆なことをして……」

「でもあれじゃリリーの好感度下がらないよぉ。マリアだけが下がってる感じ~」


 私に会うなり二人はすぐ昨日のディナー会の話を持ち出してきた。


「リリーの好感度無理やり下げたって結局バレるわよ。過保護な付き人もいて面倒だし。だからリリーには精神的ダメージを負わせて戦意喪失させる方がいいと思わない?」


 二人は私の意見に全く同じように人差し指を顎につけ考えるような顔をした後「確かに……」とこれまた同じように呟く。


 ジェナは私をじっと見つめ、少し決まりが悪そうに口を開いた。


「貴女の――マリアの好感度はいいんですの?」


 ……意外な質問に私は少し驚く。

 ジェナはマリアの取り巻きはしてたものの頭が良さそうで、一番悪い役目をマリアに押し付け自分がよければそれでいいような人だと勝手に思っていたし、実際そんなキャラだった気もする。

 ジェマはそもそも姉のジェナを慕っているだけで根は悪い子じゃなさそうだし――頭は悪そうだけど。


 だからジェナがまさか私を心配するような言葉をかけてくることは、私にとっては予想外なことだった。


「……二人は私のことをどう思うの?」

 

 私がそう聞くと二人は即答する。


「マリアはかっこいいですわ」

「マリアはかっこいいよ!」

「うん! 私はそれでいいの!」


 二人は不思議そうに首を傾けるが、今の言葉が聞けただけで私は満足だ。


 悪意のない純粋な好意を向けてくれる女の子からの視線もまた新鮮。

 本来のマリアは姑息な手を使いリリーを追い詰め男からだけ好意を得ようとして失敗しているが、私が好意を得ようとしているのは女だけだ。

 だから絶対失敗なんかしない。


 その後大浴場とは全く逆に進んでいることを二人に指摘され、結局大浴場まで連れて行ってもらった。



****



 広々としたお風呂を満喫し、部屋のドレッサーで髪も身なりもきちんと整え直す。

 ランチの時間になったので昨日のディナー会と同じ場所へ向かった私に、まさかの事態が待ち受けていた。


「お前は昨日問題を起こしたペナルティで今日この時間出入り禁止だ」


 昨日いた青髪が扉の前で偉そうに立ち塞がり、私に出禁通告をしやがったのだ。


「――それはつまりわざわざここまで来てやったお客様の私がお昼ご飯抜きってこと?」

「さすがにそこまではしない。お前の分は部屋まで使用人が持っていく。しかし既に俺はお前を客と思ってないことだけは覚えておけ」

「お前呼ばわりされてる時点で察してるわよそんなこと」

「そうか。思ったより馬鹿ではないみたいだな」


 フッと笑う青髪。馬鹿ではないと言っておきながらその笑い方は完全に人を馬鹿にしている。


「わかったならさっさと部屋に戻れ。食事が運ばれてくるまで大人しくしていろ」

「……ねえ、運ばなくていいから何かに包んで持って来てくれない?」

「……どういうつもりだ?」

「部屋で一人で食べても味気ないでしょ。この部屋に入るのがダメなだけならどこで食べようが勝手じゃない。大丈夫。変なことするつもりないから」

「信用ならないな」

「そんなことも許されないの? 出禁だけでなく部屋に閉じこもって待つことを強要するなんてここの使用人はやることが野蛮人なのね」

「――ハァ。包んで持ってくるよう言ってくる。それを受け取ったらすぐこの場から去れ。そして誰にも迷惑かけることなくどこかで勝手に楽しめばいい」

「あら。案外あっさりと引き下がるのね?」

「お前と話すと頭が痛い。無駄な会話をしたくないだけだ」


 青髪は扉の先にいる使用人に私を絶対入れるなと伝えると、そのまま広間の奥へと消えて行った。

 目の前の扉はバタンと閉められ、私はその場でランチが運ばれてくるのをしばし待つこととなった。


「おい、持ってきたぞ!」


 思っていたよりずっと早く、私の元にランチボックスが届けられる。

 持ってきたのは私より身長が少し低く、私より年下に見える青とは真逆で真っ赤な髪をした少年だった。


「……君、いくつ?」


 小さいから口の利き方も知らないのだろうか。

 初対面の、一応ご令嬢さんに「おい」って……青髪がそう言えとでも吹き込んだわけ?


「ガキ扱いするな。これでも十六だ!」

「十六!? それでまだそんなに生意気なの!? 生意気が可愛いのはせいぜい中学生までよ」

「うるせーな。受け取ったらさっさと行けよ。お前のせいでハロルド様の機嫌が悪くてこっちも大変だったんだぞ」


 あ、やっと青髪の名前を思い出した。ハロルドだ。

 

「ちなみにあんたは何者? 服装的に……コック?」


 よく見ると生意気男はコックコートを着ていた。

 若いのに城のコックを任されるなんて、実は天才少年だったりして――ほら、天才って生意気なイメージあるし。


「あんたじゃねぇ。俺はノエル。この城の見習いコックだ!」

「なんだ見習いか。その割には随分ベテランみたいな態度の大きさね」

「見習いだからって馬鹿にするな! それに俺はお前なんかにへこへこするような真似したくねーんだよ。昨日のこと許してねーからな!」

「昨日のことって、リリーの料理にタバスコをこぼしてしまったこと?」

「そうだ。あれはあの日専用の特別な肉だったのに、お前はそれを台無しにした。みんなリリー様に食べて欲しかったのにお前のせいで――挙句の果てにリリー様の分もお前が食べたよな!? 卑しい女め……!」


 リリーがお腹いっぱいで元々食べられなかったって事実は置いといて、確かに料理を作った側からしたら怒るのは当然だ。美味しく調理した自慢の一品をノエルの髪みたいな色にされたんだもの。


「まぁ――味付けと見た目を激しいものにしちゃったことは謝るわよ。でも食べなかったのはリリー自身よ。わざとじゃないし私は悪くないわ」

「わざとだろ! リリー様だってあんな辛くされたら食べられないに決まってる! お前みたいな女が一瞬でもアル様の花嫁候補にいたかと思うとゾッとするぜ……」

「一応今でも候補者の一人なんだけど?」

「いいや。アル様にお前は相応しくない。いいか? アル様は小さな村で貧しい生活してた俺みたいな人間を城のコックとして招いてくれた。お陰で家族も毎日ちゃんとご飯が食べられるようになった。アル様は俺の恩人なんだ。お前みたいな女がアル様の嫁になるなんて笑わせるなよ!」


 随分な言われようだ。こっちだって最初から嫁になる気なんざ微塵もないというのに。


「あんたの昔話なんて私には関係ないわよ。大体相応しいかどうかはあんたみたいな使用人が決めることじゃなくて王子が決めることよ」

「だとしてもリリー様でほぼ確定だ。だからリリー様に何かしたら城中の人間が黙ってないぞ」

「ここにいる男達は口を揃えてリリー様リリー様って……あんた達がリリーの何を知ってんのよ? 本当に見た目通りか弱くて可憐で純粋な女とでも思ってるの?」


 リリーに関しては本当にその通りだろうけどね!


「ああ。リリー様は優しさが見た目や雰囲気に出ている。逆にお前は性格の悪さや傲慢さがそのまま表に出てるんだよ」

「え!? 私ってそんなにちゃんと悪女に見えてる!?」

「はっ……? い、いや、そうにしか見えないけど。つーか何だよいきなり」


 前までは心でしか言いたいことが言えず、普段は良い子を演じていたから腹の中でどんなにどす黒いことを思っても周りからは天使と言われてたこの私が。

 男達からか弱く可憐で純粋な城金さんと思われていたこの私が――今や傲慢性悪女呼ばわりだ。


「人間って面白い生き物ね」

「お前何言ってんだ? 頭でも打ったか?」

「じゃあねノエル。食べ終わったら箱だけ返しに来るわ」

「あっ! おい! 変なことするんじゃねーぞ! 箱も高いんだからちゃんと返せよ!」


 うるさい生意気少年ノエルとバイバイし、私はランチボックス片手にとある場所へと向かった。



****



「ラナおばさーんっ!」


 着いた先は最初に自分がいたラナおばさんのお花畑。

 花の世話をしている最中のおばさんに声をかけ大きく手を振ると、私に気づいたおばさんは手を止めて私の元までやって来た。


「マリア! よく来たね」

「おばさん、ここでランチ食べてもいい?」

「それは別に構わないけど……他の子達と一緒に食べないのかい?」

「いいの! お花眺めながら野原でランチなんてピクニックみたいで楽しいでしょ? あ、ちゃんと花がないところに座るから安心して」


 私は足元に注意しながら、昨日リリーが踏みそうになった花が無事かどうかをまず確認しに行く。


 確かこの辺に――あ、あった!


 無事に小さな青い花が吹いてくる風にゆらゆらと揺れている姿を見て、ホッと安堵のため息と笑みがこぼれる。

 一安心して受け取ったランチボックスを開けると、中には美味しそうな何種類ものサンドイッチが入っていた。

 ……ノエルが作ったんだろうか? だとしたらちょっとだけ見直してやろう。


「……美味しい。それに風が気持ちいい」


 出禁くらってラッキーだったかも。美味しい空気にサンドイッチに綺麗な景色。

 リリーに今日まだ会えてないのは残念だけど仕方ない。にしてもあれだけで出禁になるなんて、確かにリリーに対してはロイだけじゃなく全員が過保護すぎるわね。私も含めて。

 

 一人でそんなことを考えながら呑気にランチタイムを過ごしていると――


「一緒にいいかな?」


 後ろから声をかけられ振り返る。

 するとそこには私と同じようにランチボックスを片手に持ったアル王子立っていたのだ。


 ……どういう状況?


「え、えっと……」

「隣、お邪魔するね」


 私の返事を待たずにアル王子は私の隣に座る。下に何も敷かずに直に草の上に座る王子を見て私は少し驚いた。


「どうしてここに王子が」

「昨日君にだけ挨拶ができなかったからね。どこかにいると聞いて一緒にランチしようと思って探してたんだ――やっと見つけた」


 はは、と爽やかに笑うアル王子。

 探した? 私を? 王子が!?


「いやいや結構です。花嫁候補がたくさんいるところで王子は王子らしく豪華なテーブル前に豪華なチェアに座りゴージャスに着飾られた女性達に囲まれながらランチタイムをお過ごし下さいませ」

「随分棘のある言い方だなぁ。それに、君も花嫁候補の一人だよ」


 王子は私の嫌味攻撃にも全くダメージを受けず、隣でサンドイッチをもぐもぐと食べ始める。

 どうしてこうなってる?

 いきなり王子とツーショットなんて、望んでなければ想像もしていない。


「私にわざわざ構わなくたって」

「いや。僕は君に興味があるんだ。すごくね」

「――はい?」

「昨日のディナー会でも、目が合って僕が笑うとムッとしていただろう?」


 昨日? あれはリリーに笑いかけてたんじゃ……


「綺麗な人だなと思って見ていたらそんな顔されて驚いたよ」

「それはそれは。綺麗な見た目だけに騙されて滑稽ね。王子の自分が微笑めば誰もが喜ぶとでも思ってるの?」


 きっとそう思っているんだろうと、自信過剰な王子を馬鹿にして鼻で笑う。

 馬鹿にされ慣れてない王子が怒り出すのを待っていたのにそんな素振りは一切見せず、あろうことか王子は私に腹が立つほど眩しい笑顔を向け続ける。背後に見える太陽より眩しい。


 ――何なのこいつ! 考えてることが全くわからない!

 もっとロイやハロルドやノエルみたいにわかりやすく挑発してくるか挑発に乗ってくれなと!


「改めて自己紹介してもいい? 僕の名前はアルフレッド・オーズリー。アルって呼んでよ。君の名前は?」

「……マリア。マリア・ヘインズ……」

「マリア! やっと聞けた。僕たちが仲良くなる手始めに、ここで一緒にランチを楽しもう」

「…………」


 演技か? 演技なのか?

 いい奴っていう仮面を被っているのか?

 どうして厄介者の私に優しする?


「そういえばマリアは昨日リリーとこの花畑に一緒にいたってロイから聞いたけど、二人は知り合いだったの?」


 ! ……ははーん。わかったわよ。この男の考えが。

 優しく近づいといて、リリーに手を出すなって陰ながら王子直々に釘を刺しにきたってことね。

 ここにリリーといたことをロイが言ったなら、私がわざと転ばせたってことを絶対に話してるだろうし。


「昨日初めてここで会っただけよ。何を吹き込まれたか知らないけど、私は決してわざとリリーに危害を加えたんじゃないから」


 わざと強めに否定して嘘つき女だと思わせようとした私に返ってたの返事は――さっきのジェナ以上に意外なものだった。


「知ってる」

「……へっ?」

「さっき、君の柔らかな笑顔を見た時に確信したんだ」


 今の今まで、私は話してる最中に笑顔を見せた覚えはない。


「花、無事でよかったね」

「!」


 どうして知ってる?

 私しか知らないはずの、ラナおばさんの思い出の青い花の話を――


 驚いて口からぽろりと落ちたレタスが野原の緑と同化する。

 そんな私を見て楽しそうに笑う王子……いや、アル。


「じゃあ僕は先に戻るとするよ。また後でゆっくり話そう。またね。マリア」


 流れるような動作で手の甲に軽くキスをして、アルは花畑を後にする。


 ――悪役なんだ私は。我儘で、傲慢で、性悪で。

 嫌われてゲームオーバーする宿命なんだ。


 王子からの好意なんていらない。

 いらないのに。

 

 アル(あいつ)の私を見る眼差しは――間違いなく好意で満ちていた。


「迷惑!」


 私は叫ぶ。本心を。


 それはこれから思うようにいかなくなりそうな、手強い強敵が現れたことへの嘆きでもあった――



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