王子様<肉
扉を開けると、そこは見たことないくらい煌びやかに輝いていた。
景色が、空気が、人間が。
あるもの全てキラキラとした光を放っているように見える。
――これがお城。これが王家。そしてこの場に選ばれし精鋭達。
真莉愛として生きていても、ここまでのところには来れなかっただろう。
「パーティー参加者のお嬢様達ですね。ディナー会はもう始まっています。そろそろ王子がお見えになるので、どうぞお早めにお席に着くようお願い申し上げます」
深々と頭を下げるベテラン執事のようなおじいちゃん使用人。
辺りを見渡せばテーブルには既に美味しそうな料理が並んでいる。
てっきりバイキング立食形式なのかと思いきや、一人一人にちゃんと料理が運ばれてくるようだ。さすがディナー会というだけはある。
「マリア! こっち!」
「――リリー!」
空いている席を探していると、私を見つけたリリーが笑顔で手招きをしていた。
私はすぐリリーのところまで行き隣に座る。
ジェナとジェマはそんな私の様子を見守ると、二人で別のテーブルの方へ歩いて行った。
「遅かったわね。何をしていたの?」
「ちょっと道に迷っちゃって……お城ってこんなに広いのね」
「そうだったの!? 一緒に行けばよかったわ。マリアが来るまで誰もわたしの隣に来ないんだもの。ずっと寂しい思いをしてたのよ」
言われてみれば、三、四人は座れるテーブルにリリーはポツンと一人で座っていた。
……もう既に、他の女達のリリーに対する嫌がらせは勝手に始まっていたみたいだ。
テーブルの上に置かれた美味しそうなスープを飲みながらリリーの話を聞いていると、急に大広間がざわつき始める。
「きゃー! アル王子よ!」
黄色い歓声が沸き起こり、豪華で真っ赤な絨毯が敷かれたな階段の上から散々名前を聞かされた噂のアル王子が姿を現した。
白と青を基調としたこれぞ王子! といわんばかりの衣装を一つの違和感もなく着こなし、ゴールドのボタンと肩章が嫌味ったらしく輝いている。
長い脚が階段を一段降りる度に色素の薄いベージュのサラサラな髪がふわりと揺れ、その完璧な場所に完璧な大きさと形で配置された文句のつけようのないイケメンフェイスを令嬢達は頬を染めうっとりとした表情で眺める。
――確かに、この王子と結婚したいと思うのは普通の女としては当たり前の感情ね。
私は画面越しに見たことがあるアル王子だったけど、こうして実際見る方が何倍もかっこよく見える。
全ての階段を降り終わったアル王子は無言で室内全体を見渡した。
気づけば私以外の女の子は全員立ち上がっていて、私も慌てて立ち上がるとそんな私を見て隣のリリーはクスッと笑う。
「――みんな、この度は僕の為にここまで来てくれてありがとう。僕が今回ここへみんなを招待した、アルフレッド・オーズリーだ」
……声までかっこいいのは当たり前か。ゲームでもイケボだったもの。
「素敵な人と素敵な時間をこのお城で過ごせたらいいなと思ってる。それと同時に、ここへ来た人全員が素敵な思い出になるような時間を過ごせることが僕の望みだ」
言いながら、アル王子は私とリリーがいるテーブルの方を見てフッと微笑んだ。
――こいつ、リリー(素敵な人)との(素敵な)時間を独り占めする気だな……!
反吐が出そうな綺麗ごとを言うアル王子に、私は思わずムッとした。
「あまりここで長話をするのも何だから、後で一人一人きちんと挨拶をさせて欲しい。待たせてしまうからその間は自慢のシェフが作った料理を楽しんでくれ。……それでは、まずは今から共に過ごすこの時間が、どうかみんなにとって最高のひと時になりますように」
アル王子が頭を下げると、周りから拍手喝采が起きる。
それがパーティー開始の合図というように次々と他のメイン料理も運ばれてきて、私の意識はすぐ王子から料理へと移り変わった。
王子は各テーブルをワイングラス片手に回って行くようだけど、私とリリーのいるテーブルまで来るにはまだ時間がかかりそうだ。
とりあえずまずは美味しい料理を心ゆくまで味わおうと思い、今日一番のメインであろう綺麗に切り分けられた肉料理の最後の一切れを口に運ぼうとした瞬間――隣にいるリリーの様子がおかしいことに気づく。
リリーは肉料理に一切手をつけず、お腹を押さえ苦しそうな顔を浮かべていた。
「どうしたのリリー? もしかしてお腹の調子が悪いの?」
「マリア……ううん。そうじゃなくて」
「じゃあ肉が嫌いとか?」
「ううん。大好きよ……好きなんだけど、緊張してるせいかしら。お腹いっぱいで……今の私には重くて食べられそうにないわ。でも、せっかくこんな高級なお肉を出して頂いて残すなんてシェフに申し訳なくて……」
「それはそうだけど、無理して食べる方が辛いでしょう?」
「残すのも同じくらい辛いの。心でそう思っても、なかなかナイフとフォークを掴めなくて……」
運ばれた料理を食べきれないことにこんなにも罪悪感を感じてしまうなんて、平気で残す女なんていくらでもこの場にいるだろうに……アル王子の好きなタイプ、「ご飯を残さない子」とかなの? たまにいるからねそういう男。わからなくもないけど。
辛そうなリリーの役に立てないかと考えていると、私はあることを思いついた。
自分のお皿にあった最後の一切れを勢いよく食べ終えると、私は身体ごとリリーの方に向き直し口を開く。
「いい? リリー。今から私が言うことをよく聞いて」
「――マリア?」
「さっきの花畑でのことも……わざとじゃないの。本当よ」
「ええ。そんなことわかってるわ」
「私はこれからリリーを守る為にリリーにわざと嫌がらせをする――フリをするけど」
「え?」
私はリリーの手を取ると、ぎゅっと強く握った。
「全部リリーの幸せの為なの。――だから私のこと嫌いにならないで、友達でいてくれる?」
リリーは少しだけ驚いた顔をした後――ぎゅっと手を握り返しこう言った。
「詳しいことはわからないけど……当たり前じゃない。わたしとマリアは何があっても友達よ」
「よしっ! ありがとリリー!」
リリーの言葉を聞いた私は、すぐに作戦を実行へと移す。
テーブルの上にあったタバスコを、わざとリリーの肉料理の上に大量にこぼしたのだ。
「マリア!?」
突然すぎた私の行動にリリーは驚き大きな声を上げる。
何事かとこちらを見た人達がみんな真っ赤な肉料理を見てぎょっとしていると、料理を運んでいた一人の使用人が慌ててこちらに駆け付けた。
「ああ、これは人数分しか用意していなかった今日の為だけに用意した特注の肉……もう作り直しができないのに」
頭を抱える使用人。
続いてずっと私達を見張っていたであろうロイも血相を変えすぐに一人の男を連れてやって来る。
「リリー様に何をしてくれたんだ」
「仕方ないでしょ。わざとじゃないんだし」
「いいやわざとだ。ハロルド様、この女はさっきもリリー様をわざと転ばせました。これ以上また危害を加えられてはたまりません」
ロイの横に立つ青髪の男が、切れ長の鋭い瞳で冷たく私を見下ろす。
――うわ。今ゾクッとした。
男にこんなにも冷めた視線を送られるなんて。
ロイの敵意とは比べ物にならない冷たさをこの男からは感じる。
あれ……こいつも見たことあるような……名前なんて呼ばれてたっけ。
「名前は何だ?」
「……マリア・ヘインズ」
逆に聞かれてしまった。
「騒ぎになっている。今日はもう部屋に戻れ」
「えぇ!? もう!?」
「もう、ではない。十分だ。戻れ」
何て口の悪さだ。仮にも王子の花嫁候補のいいとこのお嬢様に。
「はぁ。わかったわよ。わかったけど、とりあえずこの料理を食べ終えてからにして」
「そんなもの、もう食べられるわけ――」
赤くなった高級肉を平気で平らげる私を見て、青髪は最後まで言い切る前に言葉を失っていた。
実は私は辛いものが好物で、大得意なのだ。
こんな美味しい肉を無駄にするなんてもったいないこと、私がするわけないじゃない。
私は嫌われの名の通り、自分が嫌われながらもリリーを助ける方法を実行したに過ぎないのだから。
唖然とする観衆。階段上の特別席で眺める王子の父親は豪快に肉に食らいつく私の品のなさに項垂れている。
「あ、あの、リリー様の料理はどうすれば……」
「大丈夫。わたしは残りのデザートだけ頂けるかしら」
「あっ、じゃあ私のデザートは部屋まで運んでよね」
「……すぐに連れて行け!」
ビクビクとしながら声をかけてきた料理を運んでいた使用人。
笑顔で答えるリリー。
部屋でディナーを続けようとする私。
そしてそんな私を見て声を荒げ追い出すよう命じる青髪。
すぐさま私の両脇をがっちりと使用人が固め、私は青髪に無理やり立たされると背中を強めに押されイラッとしながらも歩き出した。
歩く先に、アル王子の姿が見える。
自分のことを見ている王子と一度も目を合わさないまま、私は一足先にデイナー会から退場することとなった。