悪役達の裏側
あの後、だだっ広い城内の長い廊下をウロついていると城の使用人らしき人が丁寧に私の部屋まで案内してくれた。
城と繋がった建物はまるで豪華ホテルのようになっていて、たくさんの部屋がズラーっと並んでいる。
部屋の中は広くもないが狭くもない。一人で泊まるには十分な環境だ。
私の部屋にはマリアの私物と思われる大きなバッグが置かれていた。
中を漁ると数日分の洋服やドレス――下着も入っている。
シルクの下着を両手に取り広げてみると、あまりの面積の小ささに思わず噴き出した。
マリア、あんた一体何で勝負しようとしてたのよ。
「あ、これ……」
その中に二枚の封筒が入っているのを見つける。
一枚には“招待状”と書かれており、もう一枚には何も書かれていない。
何だろうと思いながら、とりあえず招待状の中身を確認すると、さっきリリーから聞いた内容と同じことが書かれていた。
招待状を一旦近くにあるテーブルに置き、今度は何も書かれていない方の封筒を手に取る。
封は既に開けられていて、中には一通の手紙が入っていた。
【マリアへ】
お前も薄々わかっているとは思うが、世間からのイメージと違いヘインズ家は今大変苦しい状況にある。
この状況を変えるにはお前がアル王子と結婚し、オーズリー家の手を借りるほかない。やっとお前が家の役に立つのだ。
いいな、マリア。
何としてでも王子との結婚をお前のものにするのだ。手段は選ぶな。邪魔なものは排除しろ。
そうすることがお前の幸せであると同時に、ヘインズ家の幸せでもある。
誰よりも美しく強いマリア。
お前なら王子の心なんて簡単に掴むことができる筈だ。
私達はそうやってお前を育ててきた。
もし結婚を手にできなければ、もう顔を見せることは許されない。
これからもマリアと共に幸せに、裕福に生きていける未来がくることを祈っている。
「……これって」
手紙を読み終わえた途端、背筋に冷たいものが走った。
――つまり家の没落を防ぐ為に、マリアをここに寄越したってことね。
まだ十代のか弱い娘に全部丸投げした挙句、結婚できなければ顔を見せるなって、帰ってくるなってこと?
マリアに付き人をつけないで一人で来させた本当の理由が今わかった。惨い。惨すぎる。
ゲームではリリー目線だったけど、こっち目線だとマリアにはマリアなりにこういった理由があったってことか。
だから王子とくっつきそうなリリーをいじめて、他の女を蹴落とす勢いでとにかく王子との結婚に必死だったんだ。
全ての行動が結局裏目に出て“悪役令嬢”なんて位置づけされちゃったけど――悪役も大変ね。こんな状況絶望するわ。
ていうか、じゃあ私はこの世界で帰る場所ないってこと?
だって私ヘインズ家に思い入れないし、こんな手紙を書く家族の為に頑張ろうなんて一ミリも思わない。よって王子と結婚はしない。シナリオ的にもリリーと結婚するんだろうし。
――ま、何とかなるでしょ。帰れなければ街で働くとこ探して庶民になるのも全然いいし。
ああ、ゲーム最後までやればよかったな。マリアにはどんなバッドエンドが待ち受けていたんだろう……胸が痛い話だ。
でも、この世界のマリア・ヘインズはゲームの世界とは違う。
だって『私』が『マリア』だから。
誰の言うことも聞かない。私の好きにさせてもらう。
私は招待状の下に隠すようにその脅迫じみた手紙を置きほくそ笑む。
――この世界のマリアの運命がどうなるか、楽しみだわ。
****
鏡の前でメイクを直しドレスを整えていると、あっという間にディナー会の時間になっていた。
急いで部屋を飛び出し招集がかけられている大広間へ行こうとするも、広いお城の廊下はまるで迷路。
自分が今どこにいるのかもわからなくなり焦っていたその時――
「貴女、こっちですわよ」
またわけがわからない方に行こうとしていた私の腕を、一人の女性が引っ張る。
「あ、ありがと……って!」
そこにはまた見たことある顔の二人組。
名前は忘れたけど、いつもマリアの後ろをくっついていた取り巻き二人組だ!
「なんですの? 人の顔見て声上げて。どこかで会ったことことあるかしら?」
「いっ、いや! そうじゃなくて……二人、顔似てるなって思って!」
「あらそういうこと。私達双子ですのよ。私はジェナ。こっちが妹のジェマよ」
「ジェマでーす! よろしくぅーっ!」
そうだ。ジェナジェマだ。
髪を右に結わえて落ち着いてるのが姉のジェナで、左に結わえてはしゃいでるのが妹のジェマ。
仲良くドレスの色まで同じ黄色で揃えてくるもんだから、それ以外で見分けをつけるところがない。
「ジェナとジェマね。私はマリア。よろしく」
「マリア、貴女もパーティーの参加者ですわよね? 一緒に行きましょう」
「えっ! いいの? 助かったぁ……」
ジェナジェマのお陰で、無事大広間にはたどり着けそうだ。
「ジェナとジェマは二人一緒に招待されたの?」
「そうだよー。いつも何でもジェマはお姉様と一緒だもん」
「でもそれだとどっちか片方が結婚相手に選ばれると複雑なんじゃない? 嫉妬したりとか……」
そう言い返す私を、二人はぽかんとした表情で見つめる。
え? 私変なこと言った?
「貴女、まさか本気でこのパーティーがアル王子の花嫁探しってまだ信じてるんですの?」
「違うの?」
「あはは! マリア残念ー。これはね、そういう名目で人を集めてほんとは“リリーとアル王子の婚約お披露目会”って噂だよぉー」
「……リリーと? どういうこと?」
「ホワイト家は昔からオーズリー家と親交が深い――リリーは小さい頃からアル王子と知り合いで仲もいいし国王にも気に入られてるって話ですわよ」
マリアには死ぬほど重いもん背負わせといて、リリーはそんな大きいハンデ持ってたの!? さすが主人公補正。
そもそもこれは出来レースの花嫁探しで、最初から誰も勝ち目はなかったのか。
「……ん? じゃあそれ知っててわざわざ来た理由は?」
「そんなの決まってるじゃんー! もしかしたらリリーよりいい女探してるかもだし、何よりアル王子はハイパーイケメン! 何日か一緒に過ごせるだけでも……って人も多いよー。あ! 後は他のイケメン探しとか! 王子は無理でもイケメン使用人狙ってたりぃ」
どいつもこいつもイケメン好きすぎるでしょ。
「――でも気に入らないですわ。ホワイト家の娘ってだけで私達が負けるなんて。リリーさえいなければ……さっき他の子とも、みんなで結託してリリーを陥れて城から追い出そうって話してたとこですの」
ジェナは苛立ちを露わにし、爪をギリギリと噛みながら言う。
みんなでリリーを陥れる? そんなのだめだ。
私は別に王子が誰と結婚しようがどうでもいいし、リリーは私のと、とと、友達だもの。
でもこのまま放置したら、ジェナあたりが私の代わりにボスになってリリーに危害を加える可能性もある――だったら。
「……いいわね。その役目、私マリア・ヘインズに任せてくれない?」
「「え?」」
ジェナジェマは同じ顔で、同じ声で、同じタイミングで私を見る。
「私実はさっきリリーと会って仲良くなったのよ。リリーはそんな私のこと警戒しないだろうし、仲良しの振りをして私がリリーをいじめて精神的に追い詰めるわ」
「……そんなことできるんですの?」
「逆に二人にできる? バレた時のリスクは大きい。下手するとお城――いや、国外追放よ!」
「「うっ」」
二人はそんな最悪の事態を想像したのか、手を取り合って仲良く一歩後ずさる。
「でっ、でもそんなことしたらー、マリアだって危ないんじゃ……っ!」
「私はいいのよ。花嫁なんて狙ってないし」
私は二人の間に割って入り、ガシッと両手でジェナジェマの肩を掴むと自分の方へと引き寄せた。
ああ、両手に花! ジェナもジェマもいい匂い! リリーもだけど、どうして可愛い子ってのはこんなにいい匂いがするんだろう。
すぅーっとゆっくり深呼吸をし、私は困惑してる二人と交互に目を合わせると、すぐ先にある大広間へ続く扉を見据える。
「私に任せて。その間に他のみんなは王子にアタックすればいいわ」
「……マリア、貴女ってば悪女ですわね。フフ」
「頼もしいーっ! ジェマワクワクしてきちゃった!」
うまく言いくるめた。リリーをいじめる役を担って、男に嫌われ女からの好感度は上げる完璧な作戦。
「よし、じゃあ二人共行くわよ! まずは――」
ディナー会へ!
私は今から始まるパーティー開幕に胸を躍らせながら、目の前の大きなドアを開いた。
――待っててリリー。私は私のやり方であなたをいじめて……守るから。