酔いと嫉妬と、そして
今宵も飽きずに開かれるパーティー。飽きずに大広間に集まる令嬢達。
今日のパーティー内容は、アルと二人きりできちんと過ごす時間が一人一人に設けられるという内容だった。
順番は早い者勝ちらしく、アルが現れた瞬間にできる長蛇の列。
二人きりになる必要性を特に感じない私はジェナジェマの後押しをして、一人列に入らずワインによく似た色の葡萄ジュースを飲んでいた。
今日も広間に着く前にジェナジェマに散々昨日のことを問いただされた。
ジェナには「どうやってリリーから自分に気を引いたんですの!? 何かトリックがあったんですの!?」と。
ジェマには「騎士団長様と踊れなかったぁ~っ! マリアが団長様を怒らせたからだよぉ~っ!」と。
確かに昨日は特にリリーに嫌がらせする素振りも見せず、ただただ王子と踊り騒ぎを起こして退場しただけで、リリーと王子の結婚妨害を自分に任せろと口火を切った割に情けない結果になってしまい二人が不満を持つのは仕方ないと思う。ジェマは完全に目的が変わってる気がするけど。
どうやって二人を納得させようか悩んでいる最中に使用人から発表された今日のパーティー内容。これには本当に助けられた。
逃げるが勝ち、という言葉がすぐ頭をよぎった私は「私はいいから二人が王子にアピールして!」とジェナジェマを列に並ばせ自分と距離をとらせることに成功し今に至る。
葡萄ジュースのおかわりを取りに行く途中に見つけたお気に入りのノエルが作ったシュークリームを椅子に座り食べていると、ノエルが両手に食器を抱えながらこちらにやって来た。
「いい趣味してんな」
ノエルの唐突な謎発言に私はぽかんとする。
「急に何? ていうか何でそんな上から目線なのよ?」
「こんなたくさんある中から俺様のシュークリームを選ぶなんていい趣味してんなってことだよバーカ」
「え、キャラ変でもした? いきなり俺様発言? よくいるわよね背は小さいのに俺様ツンデレみたいなキャラって。しかもまぁまぁ人気出るのよ」
「何言ってんだ? ……昨日お前に言われて思っただけだよ。自分の料理を否定してちゃあ、上にはいけないってことに」
そっぽを向いて少し照れくさそうにするノエル。
「すっげーむかつくしお前に感謝なんてしたくないからお礼は言わねー。だからいつか絶対にお前を見返してやる。俺がこの城のナンバーワンシェフになってやるからな! 見とけよ!」
……悪態はついてるけど今までよりノエルが私に出していた嫌悪感がなくなってる気がする。元々ノエルは口が悪いだけで最初からそこまで酷い態度を取るような人じゃなかったけど。
「……それだと私はこれからもノエルのそばにいなきゃいけない、ってこと?」
「はっ!? な、何でそうなんだよ!」
「ナンバーワンシェフにすぐにはなれないじゃない。見とけよってことは少なくともノエルがナンバーワンになるまではそばにいないとでしょ?」
「ち、ちげーよ! 誰がお前なんかと……!」
顔を真っ赤にするノエルの反応がちょっと可愛く見えてその後もからかい続けていると、私とノエルが楽しそうに会話をしているのが気にくわないのか天敵である青髪が私とノエルの間に割って入ってきた。
「ノエル。こんなところで油を売っている暇があるのか? さっさと持ち場に戻れ」
「ハロルド様……っ! すみません。すぐに――」
「あんたが持ち場に戻りなさいよ。私はこんな美味しいシュークリームを作れるノエルとの今後の二人の未来について語り合ってるとこなの。邪魔しないで」
「――ほう。今後の未来だと? どういうことだノエル」
私がハロルドにとっては軽くトラウマだろうシュークリームを見せつけるように一口かじりながら言うと、ノエルは慌てながらハロルドに否定する。
「ごご誤解されるような言い方をするな! 違うんですハロルド様! 言葉のあやというか、とにかく違うんですっ!」
「お前、アルだけではなくノエルにまで色目を使っているのか。節操のないふしだらな女だ」
騎士団長というより武士みたいだなと思いつつ、私は食べていたシュークリームの残りをうるさいハロルドの口に押し付けた。
「んん″っ!? な、何をっ」
「今日は辛くないから甘くて美味しいでしょ? ハロルドにも食べて欲しくて。まぁ本当はうるさい口塞ぎたかっただけだけど」
「……ぐっ……! お前のような女の食べかけを自分の体内に入れてしまったことは一生の不覚。覚えておけ。いつかそのスカした面を恐怖に陥れてやる」
「あ、あの~……俺そろそろ持ち場に……あっ! す、すいません!」
面倒ごとが起きる前に一刻も早くその場から逃げようとしたノエルが後ずさった瞬間、誰かにぶつかってしまったようだ。
重い食器を持ったまま頭だけを何度も下げるノエルの先には、リリーの付き人であるロイが立っていた。
……めんどくさいオールスターズが揃ってしまった気がする。
「ノエル様。こちらこそ申し訳ございません。リリー様がアル王子の元へ行ったのを確認する為周りを見ずに歩いていた私の責任でございます」
「ロイさん! いや、俺の方こそ――リリー様、今アル王子のところに?」
「はい。順番が回ってくるか不安そうでしたが、アル王子はきちんとリリー様との会話時間を設けて下さいました。感謝しております」
ロイがノエルとハロルドに向かってお辞儀をする。
そういえば今日はギリギリまでジェナジェマと一緒にいたからか、珍しくリリーが話しかけてこなかったな。
そっか。リリーがちゃんとアルと話せてるならよかった。
「……ん? 列がもうないということは、リリー様が最後だったということか」
「そうですハロルド様。後がいない分他の方よりも長くお話させて頂けていると思います」
「きっとそれは王子の計らいだろう。――ふん。お前が列に並ばなかったことだけは褒めてやる。今日は無事にパーティーを終えられそうだ」
ハロルドは最後に私に捨て台詞を吐くと、いつもいる扉の前へと戻って行く。
ハロルドが歩き出したと同時にノエルもキッチンへと戻り――何故かロイは私の近くに立ったまま。
リリーには悪いけど苦手なのよね。この男。
気まずい雰囲気のまま話すこともなく空になったグラスに口をつけていると、ふいにロイが口を開いた。
「……お似合いですよね」
ぼそっと小さな声で言うロイの視線の先には、笑顔で楽しそうに話しているアルとリリー。
ロイの表情は笑っていながらも悲し気で――私はかける言葉が見つけられなかった。
****
「……マリア・ヘインズ。ちょっといいか」
パーティーが終わり広間から一目散に出ようとした私にハロルドが声をかける。
「何? 今日は私珍しく大人しくしてたじゃない」
「王子がお呼びだ」
「……アルが?」
「ああ。こっちに来い」
ハロルドに言われ、私は他の令嬢達がいなくなるまで無言のハロルドと隅っこで一緒に待機させられる。
広間から人がいなくなってから誘導されたのは、アルがさっきまでリリーと話をしていた場所だった。
「マリア。待ってたよ」
アルは笑いながら自分の横をポンポンと叩く。隣に座れ、という意味だろう。
連れて来られてしまえば座るしかないので、大人しくアルの隣に腰かけると思ったより沈むソファに驚きながらアルの方を見る。
さっきまでの笑顔はどこへ消えたのか――明らかに不機嫌そうな顔をしたアルが私をじーっと見つめていた。
「……何よその顔」
「どうして僕のところに来てくれなかったんだ?」
「別に必要ないかなって」
「ひどいよマリア。嫉妬させるのも君の作戦なら僕はまんまと引っ掛かったってことだね」
今日は特に何か仕掛けた覚えは微塵もないが――というかそれよりもアルの様子がおかしい。
顔が赤いし、いつもより呂律も回ってない気がする。ふらふらして目も赤い。
「アル……もしかして酔ってる?」
ソファの前にあるテーブルに置かれた空になったワインボトルを見て私はそう確信した。
「酔ってるのかな。マリアが言うならそうなんだと思う」
「いや自分で気づいてよ。お酒弱いのにワイン一本開けちゃったわけ? 信じらんない」
「まだ二十歳になったばかりでお酒は得意じゃないんだ。でも飲むしかなかったんだよ。マリアがハロルドやノエルと話すから」
何がどうなって私が二人と話すことによってアルのお酒が進む事態になるのよ。
「……話し過ぎだよ。僕とは話さないのに。いつの間にそんなに仲良くなったの? 僕の知らないところで」
「仲良くしてるように見えたならあんたの目イカレてるわよ」
「ああ見えたよ。ここからずっと、他の女性と話してる時もずっとマリアを見てた。だからちっとも話が入ってこなくて大変だったんだ」
私に言われたって知ることか。
アルは酔っているからかぐいぐい距離を詰めて来て、私は逃げるように離れるが遂にソファの端っこまで追い詰められてしまう。
「ア、アル……? ねえ近い、近いってば!」
アルが私の両手首を掴む。
握られた手は熱く、潤んだ瞳には私の姿が映っている。
「――僕は君に、夢中なんだ」
「まっ……!」
そのまま近づくアルの瞳。
逃げられない私の唇に、柔らかい感触。
――アルと私の唇が重なっていることに気づくまでに、時間はかからなかった。
「……やめてっ!」
私は力ずくで握られた手首を解きアルを思い切り押しのける。
私が大声を上げたことで冷静になったのか、アルもはっとした顔をして私を見た。
「……マリア、僕は」
「最低」
「…………マリア、」
「最低よ。お酒の勢いに任せて無理やりこんなこと……もう二度と私に関わらないで」
私は立ち上がると、私の名前を呼ぶアルの方を一度も振り返らず大広間から飛び出した。
信じられない。あんなことをしてくるなんて。
アルが、無理やりキスしてくるような人だなんて思わなかった。
最低。何が王子よ。何が花嫁候補よ。選ぶ立場だったら何してもいいっていうの?
部屋に戻り窮屈なドレスのままベッドに突っ伏す。
このまま寝て忘れたい。さっきのことを。
そう思えば思うほど眠ることなんてできず、アルの唇の感触や握られた手の熱を思い出してしまう。
嫌だ。早く忘れたいのに。
しばらく一歩も動かずそうしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
――誰だろう。私の部屋に来るなんて。
ハロルドが急に飛び出したことを怒りにでも来た?
それともパーティーで話せなかったリリー?
誰でもいい。誰かと話していた方が気が紛れる。
そう思い、私はゆっくりとドアを開けた――




