さよなら『真莉愛』
人は平等ではない。
自分で変えようとしない限り、ある程度の人生のレベルなんてものは生まれた時から決まっている。
「見て見て。城金さんよ」
「相変わらず綺麗な顔してる~」
「城金さんいつ見ても美人だよなぁ」
お金持ちで容姿端麗な両親から生まれた子供はもちろんその遺伝子を引き継ぎ――
「真莉愛さん成績もトップクラスだって」
「勉強だけじゃなくて運動神経も抜群だもん」
「非の打ちどころないよねぇ」
見た目だけでなく勉強も運動も難なくこなす、まさに才色兼備のお嬢様。
それが私、城金真莉愛である。
周りには常に人が溢れ、現在進行形で人気者人生を送り続けている私も大学生になって半年が経つ。
高校生の時より大人になって周りも落ち着くかと思いきや、入学してすぐ男達が私のファンクラブを作った。
「付き合って下さい」
「ごめんなさい」
告白された回数なんて覚えていない。
でも首を縦に振った回数は覚えている。ゼロ回だ。
私のことを何も知らずに好きだと言ってくる人は誰も信用できない。
「真莉愛ちゃん、一緒に帰ろう!」
「私も私もー!」
女の子も私が一人で歩けばすぐに周りを取り囲む。
「ねぇ真莉愛ちゃん聞いて? 明後日の日曜日に彼氏が家に来るんだけど手料理食べたいって言われて……私全然料理できないのにどうしよう~っ」
その中で他の子より強く私を好いてくれているのが、今もこうやって私の隣で腕をがっつり掴んで離さず上目遣いで話しかけてくる舞だ。
大学に入って一番最初に話しかけてくれた、小さくて可愛い女の子。
「それなら私が今日教えに行こうか?」
「いいの!? 真莉愛ちゃん天使! いや神様!」
聖母マリアのような心を忘れず常に優しい完璧美女。
「今日はありがとう真莉愛ちゃん~」
「うん。じゃあまた月曜にね」
そんな私も家に帰れば。
「あぁぁーーつっかれたぁーーっ!」
散らかった部屋でスウェット着てポテチ片手にコーラを飲みながら大声で叫ぶ。
物心ついた時から私はずっと、完璧なお嬢様で、女の子らしい振る舞い――という演技をしていた。それは今も継続中で。
両親は忙しくてほとんど家にいない。
無駄に広い家に一人。お手伝いさんを雇うお金があるのに雇わず家のことは私任せ。
“将来いい男のところに嫁ぐなら料理も掃除もできるように”なんて一つもできない母が何を言ってるんだろう。
最初は真面目にやってたけど最近は遅い反抗期なのか逆に散らかすようになった。
綺麗な広い家より、少し散らかってたくらいの空間の方が居心地がいい。料理は自分の為に仕方なくやっている。
イケメンな父。美人な母。他にあるのはお金を稼ぐ力だけ。性格はクソ。
母なんて父のお金であちこち遊び回って最早顔しかない。
金持ちのお嬢様に可愛い子が多いのは、金持ちが結婚相手に美人を選ぶからだ。
頭の良さも性格の良さも関係ない、隣に置いておくと見栄えのいい美人を。
結果子供もそれなりの容姿になるに決まってる。
そしてもちろん、娘である私の性格もクソなのは仕方のないことだった。
毎日毎日偽りの笑顔と優しさを振りまき作られたイメージの私を演じる。
いや、周りが私にその演技を強制させるのだ。
「いい子」「すごい」「完璧」
言われ過ぎて、そうじゃない私はいらないんだと思うようになった。
偽りの私を求め、もてはやす男共が大嫌い。そもそも男が嫌い。好かれたくもない。
加えて馬鹿じゃない私は知っている。女の子達からは好かれているようで本当は嫌われてること。
――当たり前よね。女っていうのは基本自分が一番可愛くて、身近にいる自分よりも上に感じる人間が心のどこかで絶対に気に入らない。
芸能人になると住む世界が違うから尊敬や憧れって感情にシフトできるけど、身近な存在になると必ず妬み嫉みといった負の感情が渦巻く。
影で悪口を言われているところに遭遇したことだって何度もある。彼女らもまた偽りの仮面を被り、私の前で笑っているのだ。
私は、頭で理解できてもそれが一番悲しかった。
何故なら――私は可愛い女の子が大好きだからだ。
憧れだった。親友の女の子と帰り道お茶をしてカラオケ行っておそろいのもの買って。
よくドラマや漫画で見るその当たり前のことに。
家にいてやることがない私は、よく本や漫画を読んだりゲームをしたり、いつも創作の世界に現実逃避していて、そこでよくある日常の一コマが私にはどんなイケメンからの告白シーンより素敵に映った。
「……はぁ、いいなぁ」
そう思い過ぎて声に出てしまったところでメッセージが届く。
舞からのお礼メール。絵文字満載のキラキラな文章が可愛くておもわずクスッと笑みがこぼれる。
舞とは知り合ってまだ間もないものの、そんな感じがしないくらい一緒にいて安心感があった。
身長が高めの自分と反対で小さくて小動物のような舞はそれはもう可愛くて、邪念も全く感じず本当に私に懐いてくれている……と思う。
私と違い、本当に男女共に人気のある女の子……そんな舞になら、いつかありのままの自分を見せられるかもって希望を最近抱くようになった。
舞となら、憧れていた“親友”になれるかな、なんて淡い期待を。
****
家でダラダラするだけの休日が終わろうとしている日曜の夜。
舞の料理がうまくいったか心配しメッセージを送ってみると、いつもと様子が違う返事がきた。
必ずあった眩しいほどの絵文字は一つもなく、文章だけのシンプルな返事。料理は無事にうまくいったらしい。
よそよそしさに違和感を感じながら「何かあった?」と返すと返事はなく……
今まで舞から無視されることなんてなかった私は、不安になり心配であまり眠れず――次の日は随分と早い時間に目が覚めると、そのままいつもより早く学校へと着いてしまった。
この時間に学校に着くなんて、朝が弱い私には考えられないな。
なんて思いながら一限目の講義室のドアを開けようとすると、中から女の子数人の話し声が聞こえてくる。
「でさぁ、この料理真莉愛ちゃんに教えてもらったって言ったらそれから彼氏ずーっと真莉愛ちゃんのことばっかり褒めるんだよ」
――すぐにわかった。舞の声だ。
――私の好きな、高くて守りたくなるような可愛らしい声。
その声で、私は聞きたくもない現実を聞かされることになる。
「ずっと真莉愛ちゃんと比べられて……もう無理かも。別れそう」
舞の泣きそうな声が聞こえる。
「だから言ったじゃん。城金さんは本気で仲良くするような子じゃないって」
「そういう狙いだったんじゃないの最初から。男にモテたいだけでしょ。料理できる私アピール」
「あそこまで男に好かれたい人も珍しいよね~」
「舞、いつもご機嫌取りするの嫌じゃなかったわけ?」
ドクンドクンと自分の心臓の音がやけに大きく聞こえ、舞が次に発する言葉に耳を塞ぎたくなる。
いや、でも私がここで舞のことを信じないと――
「だって真莉愛ちゃん、一緒にいるぶんにはすっごく優しいし、利用できるって思ったんだよね。いい思いできるかなって。イケメンの金持ち紹介してもらったりとかさ」
「舞悪女すぎ~!」
「あはは! 真莉愛ちゃんみたいに男に媚びる女無理に決まってんじゃん」
――気が付けば、私は教室を後にしていた。
「はは……はは、は」
勝手にこみ上げる、乾いた笑いの意味は何だろう。
舞が私を好きでいてくれるなんて思い込んでうぬぼれていた自分への嘲笑か。
自分の目に映るイメージだけ信じて中身が全く見えてなかったなんて、所詮私も他の奴らと同じだ。
本気で仲良くするような子じゃない? 利用できる?
知ってたよそんなこと。今までだって何度も言われてきた。わかってた。舞もそうだっただけの話。
でも――私がいつ男に好かれたいって言った? いつ自分から媚びを売った?
向こうが頼んでもないのに私をちやほやするだけで、私はそんなの求めたこと一度だってない。
私はただ、自分らしくいられる場所が欲しかった。
自分が自分でいられる時、隣で一緒に笑ってくれる人が欲しかっただけなのに。
行き場のない気持ちと同じで、あてもなく歩く。
どうしよう。どこに行こう。家に帰ろうか? 私が唯一仮面を外せる場所に。ひとりぼっちで。
また漫画を読んでゲームをして、空想に浸っていれば気が紛れるだろうか。でも現実は変わらない。私はいつまで仮面を被り続けるの?
この世界で――外す勇気なんかないくせに。
目の前の信号が赤になり立ち止まると、突然横から猫が飛び出してきた。
「――危ないっ!」
急に現れた思い入れもない野良猫を、何故か咄嗟に庇った私の耳に鳴り響く車のクラクション音。
次の瞬間、身体が大きく宙に浮いた。
抱きかかえて守った猫が私の腕をするりと抜ける。
ああ。きっと猫を庇い車に跳ねられた心優しい女子大生ってニュースで報道されるんだろうな。
イメージ通りの、聖母マリアのような見出しで。
周りがざわざわしている。でも段々その声も聞こえなくなってくる。
何て言ってるの? 聞こえない。見えない。痛い。
あれ――私、このまま死ぬ?
私が死んだら私を散々悪く言った彼女達は、私の友人として泣いてインタビューに応えるのかな。
「はっ。笑え……る……」
人は平等ではない。
自分で変えようとしない限り、ある程度の人生のレベルなんてものは生まれた時から決まっている。
生まれ変わったら私は、そうね……
仮面なんか着けないで好き放題してやりたい。
私らしく生きられる人生を送りたい。
――そのまま、私の意識は途切れた。