親子以前の問題
ウィルフが冒険者ギルドへ入るとそこには丁度シスもいたのだが、何やら様子がおかしかった。
魔物買い取りの受付の前にはキマイラの死体、それを挟むように何か言い合っているシスと大柄の冒険者。
何となく事情が察せた。
「シス、何かあったのか?」
「ん? ああ、こいつが俺の獲ってきたキマイラを横取りしようとしているんだ」
「横取りだぁ? そりゃそっちだろ、このキマイラは俺達がやったんだ。仲間達と命がけで倒したのに、ちょっと目を離した隙に盗んで行きやがって。売りに出せば勝ちと思ったが甘いんだよっ、Dランクで討伐ランクA指定のキマイラなんか一人で倒せるワケねえだろ」
周りを囲む野次馬に視線を向ければ大柄の男の言葉に頷く者がほとんどで、シスに不審の目を向けたり「最低」と呟く言葉が聞こえる。
しまいには恐らく大柄の男の仲間と思わしき若い女性がグスグスと泣き出し、シスへ向ける視線は益々冷たくなっていく。
「嘘を言ってんのはそっちだろ。お前、このキマイラをどうやって倒した」
しかしシスは周りの視線を気にせず落ち着いた様子で大柄の男に尋ねる。
「ああ? んなもん決まってんだろ、仲間の魔法で気を引かせて後ろから俺のこの大剣でぶった斬ったんだよ。そんなのも分かんねえのか」
「へえ、このキマイラのどこにそんな傷があるんだよ。斬られた跡や魔法で攻撃された跡なんかどこにもねえだろ」
「なっ! そりゃ、ま、魔法だ! 回復魔法で治したんだよ! 傷はない方が高値で売れるしなっ」
「ならこっちの、山羊の頭の喉の傷は? 獅子の頭の方にも喉に穴があるが、治したと言うなら何でこの傷は治さない」
ゴロッとシスが足でキマイラの死体を転がすと、確かに二つの頭の喉にそれぞれ傷跡が残っていた。
傷跡を見るに、多分シスは元の姿で山羊の方は爪で押さえもう片方は喉に噛み付いて窒息死させたのだろう。
「そ、それはっ……!」
口を詰まらせる大柄の男に周りの視線がだんだん怪しくなってきた。
男の仲間達も気まずそうにし、泣いていた女も今は目を釣り上げシスを睨みつけている。
「騒いでんのはテメエらか」
今にも大柄の男がシスに掴みかかりそうになった時、奥から筋肉質な四十代ぐらいの男が現れた。
ギルド職員と現れた辺り、ギルドマスターらしい。
「ギルドマスターか! こいつ俺達の倒したキマイラを横取りしやがったんです!」
「ああ、話は聞いている。ところでだ、このキマイラはいつ、どこで盗まれたんだ?」
「え? その、そこの入り口の前だ、です。自空間から取り出して、分け前を話していると気づいた時にはなくなっていて、慌てて中に入ったらこいつが俺達のキマイラを売ろうとしてやがったんだ」
「ほお、そりゃおかしいなぁ」
大柄の男は完璧な理論とでも言いたげな顔でその仲間達も必死に頷いているが、ギルドマスターが顎を摩りながら目を細める。
「俺は今さっき街の連中が、森からキマイラを引きずってきたとんでもない奴がいるって騒いでんのを聞いたんだよ。なのに、自空間だとかこの入り口で出したとかおかしくねえか?」
「あ、いや、それ、は……」
野次馬達の視線が一転してバッと大柄の男達に向かった。
既に問題は解決したとばかりにシスは欠伸をしている。
「余裕だな」
「腹減ってんだよ、早く終わんねえかな」
「……お前、本当はそんな話し方だったんだな。最初はもっとこう、固かっただろう」
「……変える必要が無くなったからな」
「ああ……」
多分ムメイに少しでも良く見られようと口調を変えていたのだろう。
しかし肝心のムメイがシスの種族を知っていて、しかも普段の様子も知っているような言い方をしていたのでそんな必要も無くなってしまい元の口調に戻したらしい。
言ってしまえばシスは無駄な努力をしていたという事になる。
何というか、報われないな。
先程のゼビウスとのやり取りを思い出し、ウィルフは少し自分と重ねてしまった。
全てが無駄と分かってしまった時のあの脱力感は凄まじい。
「お前らここのギルドに二度と顔出すんじゃねえぞ!!」
そんな事を話しているうちにキマイラ問題は解決したらしく、大柄の男達はギルドマスターに蹴り出されていた。
「ったく、災難だったな。おーい、金の準備は出来ているかー」
「は、はいっ。素材も全て買い取りという事でしたのでこちらに」
受付はあたふたしているだけだと思っていたが、どうやらギルド内ではシスの無実はとうに証明され買い取りの準備をしていたらしい。
「ではキマイラの買い取り価格は金貨二千枚になります。金額が金額なので、支払いは白金貨か大金貨になりますが希望はありますか?」
「白金貨? 大? ……俺は自空間を持っていないからなるべく少ないので頼む」
シスの返事にウィルフの全身がヒヤッとした。
ギルドは多分高額の魔物を素材全て買い取りに出したから相手も高額の何かを買うと判断してそう言っているのだろうが、それは違う。
シスは魔物だから貨幣の扱いをよく分かっていない。
このままだとマズイ。
「ちょっと待った。白金貨は一般的に使われる物じゃないから全部は止めろ。あと大金貨もだ。枚数多いなら俺の自空間に入れたらいいから白金貨や大金貨だけにするのは止めておけ」
「? 結構ややこしいんだな、任せていいか」
「ああ。すまないが白金貨十五枚大金貨四十枚、残りを金貨で頼む」
「はい、では少々お待ちください」
「借金はこれで足りるか?」
「多過ぎるくらいだ」
そういえばターチェスで部屋を汚した弁償金を肩代わりしたんだった。
その為にキマイラを売ったみたいだが、借金は金貨三十枚。十分過ぎる。
その後用意された金貨から借金を返してもらい、残りは自空間へ入れて揃ってギルドから出た。
幸いあの大柄の男が待ち伏せしている気配もなく、そのまま適当に街を歩く。
「ところで、依頼を受けに来たんじゃないのか? 一緒に出て来たら意味ないだろう」
「ああ、大丈夫だ。ギルドに来たのはシスを探していたからだ、大事な話があってな」
ゼビウスの事を話そうとした瞬間、お互いの腹からグウゥと何とも情けない音が響いた。
よく考えればウィルフはゼビウスの話が終わってそのまま何も食べずにシスを探しにいき、シスもさっき腹を空かせていると言っていた。
別に話しながらでも問題ないだろう。
「とりあえずどこか店に行こう。食べながら話すから」
******
酒場に入ったのはそれから一時間後だった。
「昼から酒場か……」
「人があんまりいないな」
色々街を歩きそれらしい店はあったのだが、人が多く落ち着いて話せるような感じではなかったので最終的に酒場に落ち着いた。
それでもまだチラホラいるが、他よりはいいとなるべく人のいない隅へ座る。
「酒は大丈夫なのか?」
「ああ、ワインはダメだがそれ以外なら一樽飲んだり色々飲み合わせた事はあるが吐いた事はない」
「相当強いんだな。なら安心だ」
酒場で出される料理は焼いただけや煮ただけなどの簡単な物がほとんどで、これならシスでも大丈夫そうだとようやく一息つけた。
酒場なので、飲み物が酒しかないのは諦めた。
「それで、話ってのは?」
「ん? ああ、ゼビウスにお前が定期的に冥界へ帰ってくるよう説得しろと言われた」
早速運ばれてきたエールを飲みながら言うと、シスが盛大にふき出した後咽せた。
「ゼビウスが!? 何でお前に」
「俺が聞きたい。朝起きたら冥界にいて、加護をつけられた。お前が冥界に帰るようになるまで外す気はないらしい」
「何て言うか……すまん」
「悪いと思うならすぐにでも顔を見せに行ってやれ」
「それは無理」
申し訳なさそうな顔から一転して真顔で即答すると、シスはそのままエールを一気に飲み干した。
「何故? 仲が悪いわけじゃないんだろう。ゼビウスは心からお前の心配をしていた」
「冥界に出入りしているのを気づかれるとゼビウスが神族に殴られるんだよ、侵略だ反乱だってな。反撃すると厄介になるからってゼビウスは毎回無抵抗でボコボコにされている」
今度はウィルフがエールをふき出しかけたのを何とか堪え、盛大に咽せた。
シスは軽い感じで話しているが、内容は決して軽くない。
運ばれてきた串カツの盛り合わせを取ろうとして中途半端に伸ばした手を戻すべきか、気にせず取っていいのか分からずウィルフは固まった。
そう気にかけて悩んでいたのに、シスは特に気にした様子もなく串カツを手に取り何故か食べずにこちらを見たまま動かない。
変な体勢で固まってしまっているのが不思議なのだろう。
誤魔化すようにやり場のない手を無理矢理伸ばして串カツを手に取る。
「……これ、どうやって食べるんだ?」
「そっちか。そのまま齧りつけばいい、串を刺さないよう気をつけろよ」
手本として一口食べて見せるとシスも真似して一口齧り、気に入ったのかそのまま食べはじめた。
「ゼビウスが姿を現した時は本当に驚いたな。流石に地上へ足はつけなかったがそれでも十分危ないし、神族や天使族に気づかれたら何をされるか分かったもんじゃない」
「それだけお前の事が心配だったんだろう」
思ってもいない理由だったが、何故シスが冥界に帰りたがらないのかは十分理解できた。
自分が原因で親が傷つけられるのは見たくないし、そんな目にあわせたくない気持ちも分かる。しかしゼビウスからは定期的に顔を見せにくるよう説得しろと言われている。
どうするべきか。
とりあえず一本食べて終えてから追加で魚の塩焼きを頼んだ。
重い話に油ものはキツイ。
「瀕死の重傷を負っている時に戻るのは何かあるのか?」
「普通に死にかけて、死霊に冥界へ引き込まれているだけだ。あれだとリスク無しで行けるんだが死にたいわけじゃないし、最近はそう死ぬ程の傷は……死霊が来るほどのは負わなくなったからな」
何でもないように言うシスにウィルフは頭を抱えた。
それはノーリスクと言わない。
死ぬ寸前にしか会いに来ず、しかも最近は帰っていないのならゼビウスが無茶をして地上へ姿を現したのも、定期的に顔を出せと言うのも納得できる。
ふと顔を上げると、シスが注文した魚の塩焼きを勝手に食べようとしたのでその手を軽くはたいた。
「コラ、それは俺のだ。食べたいなら自分で注文しろ。……ところで、俺につけられている加護は大丈夫なのか?」
自身の身を案じたワケではない。
ウィルフが冥界の加護を受けているともし神族や天使族に知られたら、ゼビウスはどうなる。
やはり殴られるのだろうか。
「『冥界』と知られなければ……多分。ゼビウスも流石にそこは配慮していると思う」
ゼビウスはまともでないと思っていた。
実際ウィルフを拉致し、やむを得ない事情とはいえ脅迫してくる辺り十分横暴と言える。
だが、それ以上に、ゼビウス以外の神族がまともでない。
トクメがゼビウスは神族にしてはまともと言っていた意味がようやく分かった。
「こんなのが許されていい筈あるか」
「カイウスがそう決めたからな、それが正しいと決めたら誰もがそう従う」
実際カイウスは主神だ。
力だけでなくその影響力も凄まじい。
カイウスの言葉を否定すれば即座に悪と判断され周り全てが敵になってしまう。
実際過去にカイウスに花を渡さなかっただけで神族だけでなく、同族の精霊達からも追い詰められ消滅してしまった精霊もいる。
だが、相手が主神だろうと関係ない。
親子がまともに会う事すら出来ないなんてそんな正しさがあってたまるか。
「カイウスはどうしようもないから仕方ないが、誰にも気づかれず安全に冥界へ行ける方法は必ずある筈だ」
シスとゼビウス、親子の間に問題がないならやりやすい。
ウィルフは俄然やる気になった。
「よくよく考えると、俺に無理矢理加護をつけたのは神族達から俺が非難を受けさせない為か。冥界へ行ったのも拉致されたとなれば俺を責める事もできず、加護だって強制ならば何も言えない。そこまで考えての行動だったとは……」
「いや、多分ウィルフの事は考えていない。神族共にケチをつけられるならつけてみろって挑発だと思う」
「え?」
「ゼビウスは根性というか結構性格悪いぞ」
「……」
銅貨一枚(十円)
銀貨一枚=銅貨十枚(百円)
大銀貨一枚=銀貨十枚(千円)
金貨一枚=大銀貨十枚(一万円)
大金貨一枚=金貨十枚(十万円)
白金貨一枚=大金貨十枚(百万円)




