保護者談
天井で逆さ吊りにされているトクメを眺めながらゼビウスは一つため息を吐いた。
「少しは落ち着いたか? ならそろそろ私の話も聞け」
「お前反省していないだろう」
「一応はしている」
トクメの身体は作り物なので足にフックを刺したところで血は流れず、痛覚もないので情け容赦なく刺したが本体部分の顔にするべきだったろうか。
一応脱け出さず大人しく吊られているのは本当に反省のつもりらしいが、それなら口調と態度もそれらしく変えてほしいものだとゼビウスは軽く見上げた。
「確かに私はシスを殺そうとしたが、それには正当な理由がある。勿論お前の息子だと知っていればちゃんと対応も変えていた。むしろ奴を養子に迎えた事を話していればこうならなかったのではないか? 時間を考えれば顔を合わす機会はいくらでも会っただろう」
「オルトロスを養子にした話はしていただろうが。顔を合わせられなかったのはオルトロスが瀕死の重傷を負わない限りこっちに帰って来なかったのと、お前が呼んでも来なかったからだ。お前にも責任はある」
ビシッと人差し指でさせばトクメの顔が嫌そうにしかめられた。
小さく舌打ちする音がきこえたが、向こうが不利を認めた証明みたいなものなので気にしない。
「というか、旅行決めたんなら俺にも言えよ。行けないけど言えよ、ちゃっかりオルトロスまで連れて行ってるし気づけば名前もつけているし、オルトロスの名前は俺が決めたかった。シスだっけ? いい名前だよな」
「ちょっと待て、落ち着け。旅行はお前が提案したその場で今からムメイを誘いに行くと言っただろう。シスはどこで聞きつけたか勝手に割り込んできた上に名前は自分でつけていたから私は関係ない」
気づけばトクメが勝手に逆さ吊りから脱け出しちゃっかり向かいの椅子に座っていた。
フックも取り外してテーブルの上に置かれている。
「勝手に取るなよ」
「作り物の身体を残した方が良かったか?」
「それは迷惑だからいらないけどさ、それより割り込んできた?」
「そうだ。せっかくだからシス殺害未遂の正当な理由もまとめて話そう。まず前提として、お前の息子が私の娘に懸想している」
「ちょっと待って前提からいきなり過ぎる。何、シスってムメイちゃんの事好きなの」
「あれはどう見ても好意を寄せている。でなければ変質者だ」
「えー、俺そういうのシス自身から聞きたかった。酒酌み交わしながら好きな子が出来たとか、恋愛相談とか。全然そういう素振り見せなかったしいつの間に……」
知らない所で成長していた息子にゼビウスはショックを受け両肘を机に置きながら額を押さえた。
そんなショックから立ち直る間を与えずトクメは話し出す。
「私が初めてシスの存在を知ったのは、奴がムメイの匂いを辿って居場所を特定した時だ」
「…………」
「見知らぬ男が娘の匂いを嗅いで居場所を突き止めた」
「わざわざ嫌な言い方に変えるなよ」
「ちょくちょく匂いを嗅いではムメイの周りをウロチョロしていたのでその度に致命傷を負わせて撃退していたのだが、お前が知らないという事は聞いていないのか」
「それも初耳。多分その致命傷受けても帰って来てない気がする……それだけ、じゃないよな」
「当然。他にもムメイの名前を調べてその名を呼んだ為、近くにいた大蜘蛛に聞かれてムメイが拐われた」
「……助けた?」
「誘拐を企んだワケではなかったので、とりあえず高所から重力加速して落とすだけで許してやった。大蜘蛛程度ならムメイは自力で帰れるからな」
「うわぁ」
「後は先程言ったように、旅行に勝手に割り込んで来たうえに隙あらばムメイに近づき会話しようとしている。私の目の前で」
トクメが話す度にゼビウスの頭は下がっていき、とうとう額がテーブルにゴツリと打ちつけられた。
「それは……確かにシスが悪いな、ごめん」
「分かればいい」
「でもさ、オルトロスって嗅覚優れているし匂いで追跡は普通じゃないか?」
「獲物ならば私も気にしないがムメイは娘だ。私利私欲で匂いを嗅がれるのは私が生理的に受け付かんし嫌悪感が凄まじい」
第一印象が「娘の匂いを嗅いで居場所特定した男」なら確かにそうなる。
特にトクメは娘を溺愛している上にそういった事に対する嫌悪感が強い。
何とか持ち直そうと片腕に頭を預けてトクメの方を向く。
「……まあ、いいよ。お前がシスを嫌うのは理解したけど殺すのは勘弁。傷つけるのも」
「……シスがムメイに近付かないのなら考えなくもない」
かなり渋りながらも妥協しているみたいだが、全然許していない。
詰んでいる状態とはいえ息子の恋は出来る限り応援したい。
「必要な会話ぐらいは許してやれよ、緊急事態とか」
「そのシスがムメイを緊急事態に陥らせたが?」
「よし、何か食うか。チーズフォンデュ? ピザ? それとも他に何かあるか」
「……チーズフォンデュで」
応援したいが、非常に厳しい。
すまんシス、こちらに非があってしかも最悪な第一印象の状態でトクメを説得するの無理。
ゼビウスは心の中で謝罪して台所へ向かった。
そもそも、冥界にしょっちゅう帰っていれば大抵ムメイはいたからそこで仲良くなれる可能性はあった。
傷の手当てを終えてもすぐ地上に戻らずしばらく療養していればと、シスの親不孝っぷりを盛大に心の中で呟いておく。
「(初めてシスが冥界に来た時にムメイちゃんもいて、あの時はまだ息子にしていなかったから『保護した野良犬』って言っちゃったからムメイちゃんのシスの第一印象これなんだけど問題ないよな。あの時既にムメイちゃんトクメの娘だったし、どっちみちこうなってたよな)」
自分の事は棚に上げてふと振り返るとトクメはいつの間にか本来の姿に戻り、器用にテーブルと椅子の隙間に挟まっていた。
「何やってんの、お前。手伝えよ」
「あいにく私には手がないからな、手伝いたくても手伝えない」
「そっかー目玉だもんな。手も口もないからチーズフォンデュ作っても食えんよな、じゃあチーズにワインぶち込むか」
「止めろ」
「だったら最初から大人しく手伝えよ、毎回無駄な足掻きしやがって」
渋々また人の姿になりようやくこちらに来たが、まともに顔を見て気づいた事がある。
「いつの間に顔出すようにしたんだ?」
「旅行の初日に。ムメイが人になるなら顔を出せと言ったからな、なるべく整った顔にしたつもりだがあまり喜んでいないようだった」
「……俺さあ、ムメイちゃんが最近冷たいってお前に相談された時旅行にでも連れて行ったらって言ったよな、三日前ぐらいに」
「言ったな。だからその日の内にムメイに声をかけて翌日出発した」
ブチブチと材料の野菜を適当な大きさに千切っていくトクメを横目で見つつ鍋にチーズと牛乳を注ぎ適当にかき混ぜていく。
白ワインも入れたいところだが、トクメは酒に非常に弱いので入れられない。下手すると加熱した蒸気で酔い潰れる。
「それ、ムメイちゃんに予定空いてるか聞いた?」
「ムメイの予定は全て把握しているからあえて聞く必要はない」
「お前何で娘が絡んだ途端バカになるの」
娘の要望に応えて顔を出して、顔の造形を喜ぶかどうか気にするくせに何故肝心な所でポンコツになる。
「そんなだからムメイちゃんに嫌われるんだよ」
「嫌われてなどいない。ムメイは反抗期なだけだ、時間が経てば治る」
「それ、絶対ムメイちゃんに言うなよ」
多分もう言ってそうだけど。
チーズフォンデュは上手く出来たが、結局トクメが手伝ったのは野菜を千切っただけで、ほとんど自分で作ったようなものだった。
「パン細かすぎない?」
「文句があるなら私に料理をさせるな」
相変わらず減らず口を叩くので後片付けを全て押し付けてやったら意外と文句言わずに従ったので、やっぱりそれなりに反省はしているらしかった。




