冥界の神とケルベロス〜ついでに明かされる衝撃の事実〜
ウィルフ達は森の中をまったり歩いて次の街を目指していた。
シスはあれから開き直ったのか今もオルトロスのまま先頭を歩き、イリスとルシアは何を話しているのか楽しそうにムメイと笑っている。
とは言っても笑っているのはイリスとムメイだけで、ルシアは相変わらずイリスにべったりくっついたままムメイに怒ったような感じで何か言い返している。
「……なあ、ちょっと気になっていた事があるんだが聞いていいか?」
「何だ」
「お前確か魔力以外は体力も腕力もほとんど無かったよな、なのにどうやってシスを蹴り上げたんだ?」
シスが玉ねぎ中毒を起こした時はそれどころじゃなかったが、今落ち着いて思い出すとどうしても気になって仕方なかった。
数十メートル歩いただけでバテて、腕力もないトクメが何故シスの身体を浮く程蹴り上げる事が出来たのか。
「ああ、蹴り上げたように見せただけで、実際は固めた魔力で攻撃しているから私自身の力は一切使っていない」
「……何でわざわざそんな振りを?」
「アッピーール」
聞いた瞬間トクメが詰まらなさそうに目を細め声が低くなったのでウィルフの身体がビクッと跳ねた。
「『誰が』『何を』したか周りや当事者に認識させる為には時にわざと見せてやる必要があるという事だ。見えなかったからと手柄を横取りする者や気のせいで済ます鈍感な者も中にはいてな、烏滸がましいにも程がある」
「あの時わざわざシスや俺に見せる必要あったか?」
「自分の足でシスの胴体に穴を開けられたらと思ったら勝手に身体が動いていただけだ」
お前何でシスに対して殺意しかないんだ。
思わず出かけた言葉をすんでの所で飲み込んだ。
先頭を歩いているシスの耳がピクピクとこちらの話に合わせて動いているので聞こえているらしい。
警戒しているのか怯えているのかは分からないがシスの安全の為に話題を変えようとした時、不意に耳元でバチッという音が聞こえ足を止めた。
ただの空耳かと思ったがまたバチバチッと音が響き、イリスとルシアも足を止め辺りを見回している。
「これは何だ……敵襲か?」
だんだん音の間隔が短くなり確実に何かが近づいてきている。
ウィルフが身構えた次の瞬間。
「オルトロス!! 貴様こんな所で何をしている!!」
シスのすぐ側の地面から黒い霧が出てくると同時に中からシスそっくりの三つ首の魔物、本物のケルベロスが現れた。
シスは既に来るのを知っていたのかそのまま迎え撃ち、お互い牙で噛みつこうとしたり爪で斬り裂こうとしてぶつかる度に重い音が響き渡る。
戦いを見ているだけならかなり激しいのだが、ケルベロスの怒鳴っている内容が「ゼビウス様に心配かけるな」や「居場所ぐらい連絡しろ」など身内を心配する故の怒りみたいで真剣味に欠ける。
シスも反撃はしっかりしているがそれに反して口調は「いやそれは……」とかなり弱々しく耳はペタリと伏せられている。
「シスとケルベロス、そっくりでしょう? 見分け方は真ん中の頭が左右の頭の上にあるか下にあるか。上にあるのがシスで、下にあるのがケルベロス。尻尾が太くてフサフサしているのがシスで、細くてしなやかなのがケルベロス。あとは身体が一回り大きいのがケルベロス」
「あ、本当だわ」
「シスだけとなら性別違うから声で一発なんだけどね」
流石にイリス達は戦いに巻き込まれないようこちらへ寄ってきたが、ムメイのオルトロスとケルベロスの見分け方講座のおかげで完全に長閑な見学風景になってしまっている。
「何だコレ。というかトクメ、ゼビウスというのはもしかして……」
「何故ケルベロスがシスを知っている?」
「あれ、お前何でここにいるの」
真横から聞こえた知らない声に振り向けば、そこにはケルベロスが出てきた時と同じ黒い霧があり、中心にはトクメと同じぐらいの歳の男が立っていた。
「ゼビウス。お前こそ何故わざわざ地上に姿を現した?」
ゼビウスと言えばかつて世界を破滅させようと反乱を起こし主神カイウスの手によって冥界へと封じられた絶対悪の邪神の筈だが、ウィルフの目の前にいるのは黒髪短髪の普通の男性でどう見ても邪神だとか悪には見えない。
悪には見えないが、首につけられている分厚く黒い金属の首輪とその中心から細い鎖が地面につく程の長さまで垂らされているその姿は、ちょっとお近づきになりたくない種類の趣味を持っているのか疑いたくなる。
ローブを着ているのに何故か上半身には袖を通さず、代わりに袖の部分を首の付け根から脇の下までカットした黒いノースリーブを着用しているその格好も首輪の怪しい趣味疑惑を強調させているように見えてしまい、ウィルフはさり気に距離を取った。
うっかりそちらに意識が集中し過ぎてイリスにぶつかってしまい、イリス達もゼビウスの存在に気づいた。
「……ゼビウス?」
「よー、自由ちゃんも一緒? 本当これどういう事?」
「ムメイ、ゼビウスと知り合いなの?」
イリスの表情が険しくなりウィルフの背中に冷や汗が流れる。
イリスは筋金入りとまでは言わないが、かなりの神嫌いであり悪の限りを尽くした邪神ゼビウス相手でも真正面から睨みつけている。
「え? まあ、結構昔からお世話にはなっているけど……ゼビウスは他の神族とは違うし心配いらないわよ?」
「けれどゼビウスと言えば破壊神だとか最悪の神だとか言われているじゃない。まともなのがいない神族からさえも疎まれている邪神を信じて大丈夫なの?」
「お、お姉様?」
普段のイリスからは想像出来ない相手を否定する言葉にルシアは驚いているが、イリスの神嫌いは結構根深い上にウィルフも神族は信用出来ないのでどうしてもゼビウスには警戒してしまう。
「何だイリス、お前は神嫌いの割にゼビウスが悪だと言っているカイウスの話を信じているのか?」
「っ! そういう訳じゃ……!」
「ならば少し黙っていろ。ゼビウスについては後で私が説明する」
イリスが珍しく食い気味に反論しかけたがトクメはそれを許さず追撃し強制的に黙らせた。
ルシアに睨まれているがトクメは全く気にせずそのままゼビウスへと向き直る。
「シスの事を知っているのか?」
「シスって誰。もしかしてあのオルトロスの事? じゃあトクメってのはお前の事? ムメイは自由ちゃん?」
「その通りだ。それで、シスとは知り合いなのか?」
「知り合いも何も、そのシスと呼んでいるオルトロスは俺の息子だよ」
「は」
「ゼビウス様!!」
ケルベロスの悲鳴のような声に全員がそちらを向いた。
丁度向こうは勝敗が決したのか、シスは頭を地面に叩きつけられたようだった。
その地面にはシスの左端の首から流れた血で真っ赤になっており、ケルベロスはそれに驚いて叫んだらしい。
「お前……首は止めろ、傷口開いただろうが……」
そのままシスは人の姿になると傷口は薄くなったが、痛みはあるのか首を押さえている。
「えー、オルトロスっていつの間に人の姿とれるようになったの。しかもそれ塞がりかけているとはいえ瀕死級の傷だよな? なのに何で帰ってこなかった?」
「え、あ、ゼビウス……これは、その、トクメが……」
「トクメ? 何でそこでその名前が出てくるんだ。なあ、おい最古の怪物?」
「待て、私も聞きたい事が多く出来て混乱しているんだ。とりあえずゼビウス、お前いつの間に魔物と子供を作った」
「作っていない。オルトロスは養子だ、養子。お前の所の時喰い虫ちゃん自由の精霊ちゃん姉妹と一緒」
連発される爆弾発言にその場が一瞬シン、となった後ターチェスにまで届くくらいの叫び声が響いた。
シスに至っては叫び過ぎて少し血を吐いている。
「親子!? トクメとムメイが親子!?」
「悪神ゼビウスとシスが親子!?」
驚きの中心はこの二つだがトクメとゼビウスはそれどころではない。
「それで、何でお前は俺の息子を殺そうとしているんだよ。お前の事だ、この一回だけじゃないよな」
「それはその通りだが、奴を殺そうとしているのにはちゃんとした正当な理由があっての事でだな」
珍しく、ウィルフやイリスにとっては初めてと言ってもいい程トクメが動揺し焦っていた。
そんなトクメを更にゼビウスが問い詰めていく。
「そもそも何でオルトロスと一緒に出かけてしかも人間になってんの。オルトロスだって人の姿になれるなんて聞いてないし、名前の事とか俺何にも知らないんだけど」
「分かった、話そう。ちゃんと答えるから少し落ち着け」
「そうだな、ゆっくりじっくり話し合う必要があるよな。主に息子殺そうとした理由とか他にも沢山。オルトロス、次の行き先は決まっているのか?」
「っ! あ、ああこのままロコポートって街に行く予定だ」
急に話を振られたシスはビシッと音がしそうな勢いで背筋を真っ直ぐにして答えた。
「ならケルベロス、ロコポートまで子供達の護衛を頼む。街に着き次第、だと騒ぎになるな。街手前で連絡してくれ、お前と入れ替えでこの目玉を戻す」
「私の要望を通す気は?」
「当然無い。頼んだぞ」
「はっ、畏まりました」
ケルベロスが頭を下げるとトクメとゼビウスは一瞬で姿を消してしまった。
「…………」
再びその場に沈黙が訪れた。
今度は色々な事が一度に起き過ぎて誰も何も言えず動こうともしない。
「……トクメがムメイの父親って……嘘だろ……父親って……」
信じたくないのかひたすら同じ事を呟き続けるシスにウィルフは無言で肩に手を置いた。
トクメがシスに殺意しかない理由を十分過ぎる程納得してしまった。
「どうした、早く行かないと日が暮れてしまうぞ」
「野宿でもいいんだけど。なんなら二、三日楽しんじゃう?」
「そんなに冥界を離れてはゼビウス様にご迷惑をかけてしまう。ほら、行くぞ」
今も動けないウィルフ達に焦れたケルベロスが先を促し、あまり衝撃を受けていないムメイだけは呑気にケルベロスと話し頭を撫でていた。




