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notケルベロス、yesオルトロス

 

「何でだよ! 何っで戻ってんだよ!!」

「ケ、ケルベロスだー!!」

「誰か、誰かー!!」


 突如現れたケルベロスにギルド関係者は勿論、その場に居合わせた冒険者達は泣き叫び逃げようとしたり討ち取ろうとしたりで混乱を極めていた。


 ウィルフは呆然とその様子を眺めていたが、ルシアが剣を抜きケルベロスに斬りかかろうとしているのを見て慌てて止めた。


「斬るな! あいつ多分シスだ!」

「え!?」

「トクメ! どうなんだ!? ……トクメ?」


 壁の方を向けば、トクメは口に手を当て俯いたまま動かない。

 よく見れば全身カタカタと小刻みに震えている。


 怯えているように見えなくもないが、トクメの性格と今までの行動から絶対に違うと確信し、あのケルベロスがシスだと確信した。


「笑っている場合か!?」

「んんっ、ふ。あまりっ、話させるな……んっ、ふふ……んふっ」


 トクメは完全に役立たずになっているが、あのケルベロスがシスと分かれば十分だとウィルフはシスの元へと駆け寄りルシアもそれに続く。


「おい危ない! 食われるぞ!!」

「魔法だ! サリア! 早く!!」


 その様子を冒険者達はどう考えたのかシスに向かって剣で斬りかかり別方向からは火の球が複数撃たれウィルフは迎え撃とうしたが、お互い放った魔法は相手に当たる前に消えてしまい、また冒険者の剣撃も見えない壁でもあるのかガキッという固い音が響くだけだった。


「え……?」


 冒険者達は今も斬りかかろうとしているが、見えない壁に阻まれギチギチと音だけが鳴っている。恐らくこの見えない壁が魔法も遮ってしまったのだろう。


 この光景は前にも見た事があると、ウィルフは視線を戻した。


「ん……ふっ、ふふっ。ようやく落ち着いた……っん、いやダメか……? ふふっ、んふふふふ」


 トクメはまだ笑い続けているが、魔力を具現化できるのはこの中ではトクメしかいない。

 笑いながら、しかも明らかに集中が欠けているのによくこれだけしっかりとした壁が作れるものだとウィルフは少し呆れた。


「トクメ! これもお前のせいか!? 早く戻せ!!」

「私が? まさか。これはそこの女が持っている……っん、魔道具が原因だ」


 シスが怒るのを流しながらようやく落ち着いたらしいトクメは赤い髪の女性、が着けている腕輪を指した。


「あ、もしかして」

「サリア、心当たりがあるのか?」

「うん、この腕輪は魔物が近くに現れたら教えてくれるってお爺ちゃんが私にくれたの。でも今まで魔物が近くにいても特に何もなかったから、ただのお守りみたいなものだと思っていたけど……」


 そう言ってサリアと呼ばれた少女やルドラの視線がシスに集まる。


「もしかして、魔物が変身していたら教えてくれる腕輪だった、とか?」

「じゃあその腕輪が近くにある限り俺はこのままかよ……」


 原因が分かった事に落ち着いたのか諦めたのか、シスはそのままポスリと伏せの姿勢になった。


「いや、いやいや! 何で落ち着いてんだ! 魔物は倒さねえと! おいアンタ! アンタは何で魔物の味方してんだよ! 早くこの見えない壁を取っ払ってくれよ!」

「失礼な、誰が奴なんぞに味方するか。シスはまだ駆け出しだが冒険者であり現在依頼終了の手続き中だ。今ここで奴を仕留めれば、お前達は依頼の手柄を横取りした事になり罰せられるぞ」

「え……?」


 信じられないものを見るような目で見てくる冒険者達にシスは気まずそうに目をそらし、ウィルフも目が合わないようにサッと逸らし、いまいち状況を把握していないルシアが余計な事を言わないよう口を手で塞いだ。


「ミスラと言ったな、さっさと依頼終了の手続きを済ませろ。後が詰まる」

「え、えっ、ですが魔物が冒険者なんて……」

「何か問題でも? 冒険者ギルドの規約は前科がなく奴隷身分でなければどんな種族でも良いのだろう? シスは前科がなければ奴隷でもない、更に言うなら数は少ないが依頼をこなした実績もある。……他に何か問題でも?」

「あ、あの、その……」

「ん?」


 いつの間にか手にしていた本を片手に軽く首を傾げ、微笑みかけるトクメにミスラと呼ばれた受付嬢の顔は真っ赤になった。


 トクメはかなりの美形である。

 ここでは見かけない銀色の髪に片目を覆った包帯はミステリアスな雰囲気を漂わせ、首を傾げた事によりサラサラと流れる髪は光を柔らかく反射し元々整っている顔を更に増長させている。


 トクメの性格を知っているウィルフ達からすれば何でもないが、何も知らない女性からすればとんでもない威力になる。


「ひゃ、ひゃい……あの、今ギルドマスターをお呼び、いえ案内しまふ……ので、こちらへ……」


 たとえ上気して薄っすら色づいている頰と目元の潤みが呼吸困難寸前まで笑いまくっていたのが原因だとしても、見つめられた女性からすれば腰が砕ける程の色気にしか感じられずミスラはふらつきながらギルドの奥へとトクメを案内した。


「壁はなくしておいてやるが、私が戻るまで大人しくしているように」


 トクメが奥へ消えると同時に魔力の壁は消え、ウィルフや冒険者達はペタリとその場に座り込んだ。


「あ。もしかしてあの壁、魔力を具現化させていたの?」

「そんな事できんのか……あの兄ちゃん、とんでもない魔力を持ってやがんな……」

「魔力しかない奴だけどな」


 ブスッと答えたシスだが、急に顔を上げると慌てたように壁際にピタリとくっつき入り口の方を向いたまま動かなくなった。


「シス? どうした?」

「ルシア、ウィルフ。大丈夫?」

「お姉様!? 何故ここに!」

「冒険者ギルドにケルベロスが現れたって叫んでいる人がいてね、ルシアとウィルフがギルドにいるんじゃないかと思って……」

「お姉様、私を心配して……!」


 ルシアがイリスに駆け寄りギュウッと抱きしめると、後ろからヒョイとムメイが顔を覗かせた。


「あ、いたいた。やっぱりシスだったのね」

「ムメイ……!?」


 ムメイは難なくシスの元へ行くと、三つある頭の内の一つを抱きしめた。

 シスは驚いて固まっているが、尻尾はバタバタとうるさい程振られている。


 この反応だけでルドラ達冒険者はもしかしてと感づいたが、余計な事は言うまいとやり取りを見守り続ける事にした。


「うあーこの姿を見るのは久しぶり。ケルベロスが出たって聞いた瞬間にもうシスだと思ったから来ちゃった」

「え、え……知っていたのか? 俺の事……」

「勿論。だってゼビウスの所にはしょっちゅう遊びに行っていたからケルベロスと喧嘩しているのも見ていたわよ」


 ムメイがそう言った瞬間千切れんばかりに振られていた尻尾がビタッと止まった。


「み、見てた……? ケルベロスと喧嘩って、ちょっと待て……」

「あれ、シス? シス?」

「ね、ねえムメイ。本当にこのケルベロスがシスなの?」


 シスが全く反応しなくなりムメイはワシャワシャと頭を撫で続けていると、イリスが恐る恐る話しかけてきた。

 ここに来る前にムメイから話を聞いていたみたいだが、やはり信じにくいらしい。


「シスなのは確かだけど、シスはケルベロスじゃなくてオルトロスだから」

「え?」

「突然変異で頭が一つ増えただけの、それ以外は至って普通のオルトロス。ケルベロスはよっぽどの事がない限り人前には出てこないから、ケルベロスが出たって聞いたら大体シスの事と思えばいいわ」

「な、なあムメイ……もしかして、最初から知っていたのか……?」


 ここでようやくシスが硬直から回復した。

 尻尾はもう振られていないが、触れられている頭だけは無意識なのかもっと撫でろと催促するように擦り付けている。


「最初って?」

「だから、その。俺が、人の姿をしていたの」

「え? ああ、最初は気づかなかったけど、声聞いてゼビウスの所のオルトロスだって」

「ほとんど最初から! 別に言ってくれて良かったのに……」

「いや隠したそうにしていたからその方がいいのかなって、結構頑張っていたみたいだし」


 その隠したかった相手こそがムメイだったシスはトドメを刺されたようにまた固まり、とうとう撫でる事を催促していた頭も動かなくなった。


「あー、ムメイ。ケルベロスが出たと騒ぎになったらしいがそっちは大丈夫なのか?」

「多分? 騒いでいた三人は静かにさせておいたし、ギルドの入り口も今は塞いでいるから入ってこれないしその内収まるんじゃない?」

「あ……ムメイ、そろそろ行かないと……」

「え、もう行ってしまわれるのですか?」

「ええ。あまりここに長居しては他の人達に迷惑でしょう? 私達も用事で別の所へ向かう途中だったから少し急がないと約束の時間に遅れてしまうわ」

「そっか、それじゃあ急ごうか。それじゃシス、後でブラッシングさせてね」


 軽く手を振って出て行ったムメイとイリスに、残されたシスは今も固まったまま動けずにいる。


「何つうか……俺は応援するぜ、オルトロスの兄ちゃん」

「あの、お爺ちゃんのお守りが何というか……ごめんなさい」


 事情を完全に察したルドラとサリアは声をかけ、周りの冒険者からも同情するような視線がシスに集まった。


「あー……あ゛〜!」


 ようやく復活したシスは、うつ伏せのまま三つの頭が引っかからないよう器用にゴロゴロと唸り声を上げながら転がりだした。

 壁や机が壊れないよう加減はしているみたいだが、あちこち身体をぶつけており見ていて少し痛い。


「キャッ、急にどうしたのよ」

「いや、転がりたくもなるだろうコレは……」

「何で?」

「何でって……本気で言っているのか?」

「だから何でよ」


 ウィルフを見上げるルシアの表情には笑いや同情といったものは一切なく、本気で分からないという顔をしている。


「……お前本当にイリス以外見ていないんだな」

「はあ?」

「あ゛ー、あいつの言っていた無駄な努力ってのはこの事かよ……!」

「……何をしている?」


 シスは更にゴロゴロと転がりあちこち体をぶつけていると、扉の奥からトクメとギルドマスターと思われる初老の男性が現れた。


「何もねえよっ!」

「おお、頭が三つあるが……確かにオルトロスだ。しかも人語まで話せるとは……!」


 ギルドマスターは一度ジッとシスを見つめるとその後は感心したようにあちこち眺め、時に体を撫でたり軽く引っ張ったりと好き勝手している。

 シスは嫌そうな顔をしているが、転がるのを止め何も言わず大人しくされるがままになっている。


「うむ、うむ、確かに前科無し、人を襲った事も無し。人語も理解して依頼もきっちりこなしておるし問題ないだろう。それではお前さんを改めて冒険者として認めよう。これが君の新しいギルドカードだ」


 差し出されたカードには前と何も変わらないが、裏側にシスの種族と複雑な模様が描かれていた。


「これは?」

「魔物の冒険者というのは今まで聞いた事がない上に、トクメ君が言うには歴史上初めての事だそうだ。だからコレは君が嘘偽りなくオルトロスである事の証明書みたいなものだ」

「このまま隠してもいいが、今回みたいな事が起きる度に騒ぎになり説明するのも面倒だろう? ならば最初から知らせていた方が効率的だ。オルトロスである事を隠す意味も必要も特にないならの話だがな」

「てめえ……!」


 グルル、とシスが低く唸る。

 シスが今いる場所はトクメが出てきた扉の真ん前。

 よく考えなくても、ムメイとの会話は聞こえておりトクメに至っては最初から知っていた可能性が高い。というか確実に知っている。


 知っていた上での発言なのでシスが怒るのも当然だった。


「唸る暇があるならさっさと依頼終了の手続きを済ませてこい。いつまで相手を待たせる気だ」

「くそっ……!」


 まともな正論だけにシスは悔しげに唸りながらも受付へと向かった。

 後はサインを書くだけなのだが今のシスではペンが持てない。

 サリアの魔導具がある限り人の姿にもなれない。


「……肉球でもいいか」

「えっ!? えっ、あの……」

「ああ、構わんよ。確かにその手じゃペンは持てないからね、今インクを持ってこよう」


 こうしてオルトロスでのシスの初依頼は無事終了した。

 ちなみにこの肉球ハンコは依頼者の子供が大層気に入り好評だったらしい。


「にしても、明らかにシスを嫌っているお前が味方するなんてな。何だかんだ認めているのか?」

「いいや。ただ、こちらからわざわざ動かなくとも勝手に自滅していったのが面白くてな、つい動いていた。あと、渋っているギルドマスターの話を聞いている内に説き伏せたくなった」

「そうか……」


名前を決める時に「オルトロスのお前に名前? そのままオルトロスと名乗ればいいだろう(意訳)」と非常に遠回しに、分かり難くシスがオルトロスである事をムメイに教えていた確信犯のトクメ。

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