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心中穏やかじゃない

 ムメイは非常に苛ついていた。


 現在ムメイはある家の空き部屋の前に立たされ、後ろには厭らしい笑みを浮かべる金持ちの男が偉そうに腕を組み立っている。


「(殴りたい……)」


 決して言葉には出さず、表情も出ないよう目を閉じながら強く思った。


 数十分前、昼になり何とか歩けるまで回復したムメイはイリスと共に街へ出た。


 前回イリスが人になっていた時は商業ギルドに入り、刺繍や簡単な細工物を作って売っていたらしく今回もそのつもりだったらしい。


 しかし商業ギルドでムメイは身分に引っかかり立ち入り禁止。

 気にかけるイリスを「ここで待っているから」と半ば強制的に中へ送った。


 ここまではいい。

 最下層身分の永久奴隷は厄介かもしれないが、建物やギルドに入れない『公正』な理由があるのは役に立つ。


 問題は。


「さあ、この部屋を価値ある高価な物で満たせ! それが終わるまでこの屋敷から出る事は許さん!」


 永久奴隷だからと絡んだり無理難題を吹っかけてくる者達。

 今ムメイは街一番の金持ちだとかに無理矢理屋敷へ連れ込まれ今に至る。


 ここに来る詳しい経緯はどうでもいい。


 ムメイは『永久奴隷』で相手は『一般人』追加に金持ち。

 これだけで正当な理由になるのだから。


「私の自空間にある物って私に所有権がないんだけど」

「だからどうした。お前と主人の契約に私は関係していない。つまり、お前が主人の物を勝手に取り出した所で私が責められる謂れはない」

「ああ、確かに。その通りね(帰ろうかな)」


 一瞬トクメを呼び出してやろうかとムメイは思ったがすぐに止めた。


 こういう相手ならトクメは喜んで相手にするが、その後が鬱陶しい。


 ムメイには難しい相手だったかとか、もっといいやり方を教えてやろうかとずっと話しかけてくる。無視してもお構いなしに話しかけてくる。

 顔を出していないくせにニヤニヤしているのが分かる口調で、ついでにのしかかったり頭を撫でくりまわしてくるのが非常に鬱陶しい。


「(それよりここに来るまで何分かかった? イリスはまだ出て来てないわよね?)」


 イリスにはギルドの前で待っていると言ってしまった。

 ここで余計な時間を取られてイリスが出てくる時にムメイがいなければ、イリスはムメイを探しに行ってしまう。


 イリスの性格上絶対にムメイを心配して探す。


 そして高確率で宿にいるトクメに聞きに行く。


「(そうしたらあいつがここに来る……! 確か今筋肉痛で動けないから絶対機嫌悪い!)」


 機嫌が良くても悪くてもその後は変わらないが、もし他の相手のように無表情な声でその程度かとかつまらない奴だと言われたり思われたりしたらそれはそれで腹立たしい。


 この場は何としても自力で、トクメの好むやり方で、イリスが商業ギルドと話を終えて出てくる前に終わらせなければいけない。


「いつまで突っ立っているつもりだ、早くしろ」

「わっ、このっ……!」


 後ろから金持ちに蹴られ、よろけて数歩前に出たが何とか転けずに体勢を持ち直した。

 かろうじて出かけた悪態も何とか飲み込む。


 トクメは過去の言動全てを引き出せるので悪態一つでも口に出せばすぐ知られてしまう。

 幸い頭の中までは読めないので、心の中で思いつく限りのトクメの悪態をついておく。


「(数十年から数百年は平気で放置するくせに、口だけは出してくる五月蝿い奴め)」


 限りなく直接的になっても構わないが直接手を出すなとずっと言われている。


「(自由にさせてよ、放置していた間の行動まで引き出して調べるし。極端過ぎるのよ)」


 怒りと理不尽で顔が引きつりそうなのを必死で抑える。

 頭の中は読めなくても、表情はしっかり分かるので油断出来ない。


「この部屋に満たせばいいのね」

「ああそうだ。ちゃんと価値のある、お前みたいな永久奴隷でも理解できる程の価値ある物だ」

「私にも、ね。ならこれで満足?」


 振り返り笑顔のムメイに男は怒りで拳を震わせた。


「何を言っている! 部屋はまだ何も入っていないではないか!」

「失礼ね、ちゃんとあるじゃない。とても価値のある空気が」


 精霊のムメイでも空気の価値は分かるが、目の前の男は違うらしく顔を真っ赤にしている。


「空気など何もないと言っているのと同じだ! 分かったらさっさとでかい宝石でこの部屋を満たせ!」

「はいはい宝石ね。どこで知ったか知らないけどデカイ宝石ね」


 普通永久奴隷は宝石どころか価値ある物を持つことはないが、この男はムメイが宝石をしかもデカイのを持っているのを知っていた。


「(あの宿の主人と繋がっていた? あいつそれ知ってわざと喧嘩売ったんじゃないでしょうね)」


 そう考えると機嫌の悪い理由が一つ増えるが、元を辿ればトクメの自業自得になるのでムメイは目の前の事に集中した。


 部屋は相変わらず変わりないように見えたが、段々と男の息が荒くなっていく。


「お、おい、貴様何をした……? 息、が……」

「え? 空気は何の価値もなくて何もないのと一緒なんでしょう? だからこの部屋と言わず屋敷の空気を抜いているの。心配しなくても、屋敷の空気を全部抜き終わったらちゃんと宝石で一杯にするから。その時に貴方が生きているかは知らないけれど」

「っ!! ま、待て……がっ、あ……」


 男は既に立っているのも辛いのか床に膝をつき、喉に手を当てているが楽になる気配はない。

 遠くでガシャンと何か割れる音が微かに聞こえてきた。


「い……る……! く、うきっ……い゛る゛っ!」



 何とか声を出し必死に訴える男に、ムメイは空気を抜くのだけを止めた。


「空気が必要?」


 ムメイの問いに男は必死に頷く。


「じゃあ貴方の条件は満たしているのよね」


 更に頷く。


「なら空気で満たしましょうか」


 ムメイがパチリと指を鳴らすと空気が戻ってきたのか、男は勢いよく息を吸い込みむせ込んだ。


「ぐっ、ガハッ、ゲホッ! う、げぇ……!」

「言われた通り、価値あるもので部屋どころか屋敷を満たしたから私はここを出ても何の問題もないわよね」

「う……ゴホッ、あ、ああ……、っ!」

「それじゃあ、さようなら」


 堂々と玄関から出て行くムメイを止める者は誰もいなかった。


 ******


 ムメイが商業ギルドに到着すると、同時にイリスが中から現れた。


「ムメイ、待たせてごめんなさい」

「うわあ、ギリギリ」

「え?」

「こっちの話。それより上手くいったの?」

「それが、私の知っていた時代とは大分仕組みが変わっているみたいで今回登録は止めておいたの。けれど持ってきた髪飾りとかは売る事が出来たから、付き合ってくれたお礼にお昼をご馳走するわ」

「そんな気を使わなくていいのに」

「私がそうしたいのよ。ここに来るまでに気になるお店を見つけたの、行きましょう」


 イリスとムメイはそのまま一緒に目的の店へと歩き出した。

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