トクメの自空間
薄紫色の本棚が大量に並べられている図書館のような部屋でゼビウスは特に何かする事もなく腕を組み椅子に座っていた。
ここはトクメの自空間。
テーブルなどは木製だが壁や床は魔力を具現化させているので全体的に薄紫色で少し暗い雰囲気はあるのだが、設置されている照明や窓から差し込まれる日光のような明かりのおかげであまり暗さは感じられず、本を読むのに丁度良い明るさになっている。
温度も冥界と違いほのかに暖かくこちらはこちらで過ごしやすい。
そんな心地よい空間をぶち壊しているのがゼビウスの前に座っているトクメだった。
見るからに落ち込んでおり、テーブルに顔を伏せたままピクリとも動かない。
暫くは何も言わず眺めていたゼビウスだが、テーブルの上には何も置かれておらず適当な本を読もうにもトクメが魔力を固めて取れないようにしているのでやれる事は一つしかない。
諦めたように深いため息を吐いてからゼビウスは口を開いた。
「別に分かっていた事なんじゃねえの? 時喰い虫ちゃんがお前を父親と認識していない事なんて」
「……それは私も覚悟していた。だが、まさか何も分かっていなかったとは……」
そう言ったきりトクメはまた何も話さなくなった。
確かに父親どころか存在すら認識されていなかった上にダルマの能力でも意思疎通が不可能となれば立ち直るのは難しいだろうが、それならばこちらを巻き込まず自空間なり何処かに籠るかもしくはせめて本ぐらいは読めるようにしろとゼビウスは思った。
「……何か言わないのか?」
そのままトクメを眺めていると相変わらず伏せたままの体勢は変えず目だけのぞかせながら話しかけてきた。
「は?」
「こういう時は私を励ましたり慰めたり、何か元気が出るような言葉をかけるべきだろう」
「んな事言われてもなあ、今の俺に出来るのはお前に追撃をかける事だけだし」
「……何かあったのか?」
「ムメイちゃんがフローラと接触した」
「ムメイが!? 何故!」
ムメイの名前を出した途端トクメは勢いよく顔を上げた。そのまま前のめりに近づいてきたのでゼビウスは少し距離を取りながら話を続ける。
「あの時俺が言ってた通り時間移動に巻き込まれて勝手に死体に入って転生してたんだよ。そうそう、転生したフローラはイチと名乗っていたな。軽く見た感じ多少アラはあるけど生きていく上では何の問題もなかったし、ムメイちゃんも特に何の異常もなかったからまあ今後接触しても問題ないだろ。単独で接触させるのはちょっと怖いけど」
「……何故、このタイミングで……」
「運が悪かっただけだろ、お前の」
そう言うと同時にトクメが元の姿に戻りそのままゴトッと床に落ち動かなくなった。
クラウス達の話を聞いた限りイチが転生した場所はヒールハイではなくクツズ。
よく考えなくとも生まれた街を出る可能性はあるのでやはり最初にゼビウスが言ったようにこの大陸から離れていれば良かったのだが、ヒールハイに行くと決めたのはトクメなので本当に運が悪いとしか言いようがない。
「というか、時喰い虫ちゃんが何の認識もしていないのはそのある意味閉鎖空間に閉じ込めているのも原因じゃないか? もっと誰かと交流させてみたらどうだ、ムメイちゃんとか時喰い虫ちゃんに会いたがっているみたいだし」
「ムメイはダメだ」
その姿に流石に同情してせめて時喰い虫の環境だけでも改善してみてはと提案してみるも即座に否定され、ゼビウスは不満気に目を細め頬杖をついた。
「何で」
「……以前に一度会わせた事はあるのだが、時喰い虫がムメイを食べ始めたのだ」
「ああ、そりゃ会わせられないか」
「いや、それだけならば私が側についていればと考えていた。ムメイも喜んでいたからな、だが……」
「……」
「時喰い虫がムメイの指を齧り始めた時、ムメイはそれに気づいたにも関わらずそのまま食べさせていた。特に反応する事もなく無表情で眺めながらな」
「それは……」
消滅願望があるわけではなさそうだが何故そういう行動に出たのか全く理由が思いつかない。
とりあえずトクメが徹底的に時喰い虫とムメイを会わせようとしなかったのは珍しく正しい対応だったと言える。
「ムメイが無意識でそうさせていた以上いくら私が監視していてもいずれ同じ過ちを、最悪消滅する可能性もある。最低でもどちらかがしっかりしていないと会わせるわけにはいかん」
「そうだけどなぁ……せめて時喰い虫ちゃんの状態ぐらいは教えてあげたら?」
「治る手立てが見つからない現状では悲しませるだけだ、わざわざそんな事を教えたくない」
「そのせいでムメイちゃん寂しがってるっつうか、お前に対して怒りとか不満の許容量超えてんだけど」
「それに関しては理解している。だが無駄に悲しませるぐらいならば嫌われる方がまだマシ、というワケではないのだが……とにかく知らない方がいい」
時喰い虫に関してのムメイへの配慮や心意気は分からなくもないが、ムメイのトクメへの不満はそれだけではない事に全く気づいていない。
どうしようもないなと無意識にテーブルへ手をやったゼビウスだが何もない事に気づき手を止めた。
普段ならば菓子や飲み物が用意されたり用意しているのだが今回は何もない。
「なあ、菓子とか何か出さねえの? お前いつも持って来てただろ。今回は珍しく俺にも要求してこなかったし」
「図書館は飲食厳禁だ、常識だろう」
「お前本当変な所律儀だな。まあそれなら仕方ないか、せっかく美味いハーブティー貰ったのに」
「……次回までには検討しておこう」




