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始まりの赤

初投稿作品です。

楽しめたらなとおもってます。

「今日、いい天気だよね。」


制服がシャツ一枚に薄くなったからだろうか、いつもより数段元気よく尋ねられた。

彼女の笑顔とともに生命としての活力が私の肌を突き刺す。

とりとめないありふれた日常の会話。

私は自分の心情を悟られないように普段の笑顔を浮かべつつ、無難な返事をする。


「うん、気持ちいよね。」


そう返事をし、しばしの間雑談を交える。

会話が終わった後に不自然にならないよう一拍置き、鞄から一冊の本を取り出す。

手に書籍特有の重量を感じる。この一連の動作が私の心を静めてくれる。


空き時間といえども一枚一枚ゆっくりと、確実に読み進めていった。

朝の朝会を告げるチャイムが鳴ったので素早く机の下に本を滑り込ませた。


朝会特有の定型文的やり取りに辟易していたからだろうか。

暇をつぶすかのように脳が私に疑問を投げかけてきた。

私が気づかないふりをしていた質問を。

私はなぜ本を読むのか、と。


朝からやめればいいのに勝手に脳が動き出す。

そうして今度は解を私に投げつける。


自分を正当化したいがためだけの行為ではないのか。

文章の色彩にただただ安心したいからではないのか。


自分には勝てないなと苦笑しつつ自己嫌悪に陥りながらふと顔を左に向け窓を見やる。

これだけ思考を張り巡らせてもやっぱり現実は現実のまま何一つ変わってはくれなくて、

現実はただただ自分を映す鏡であった。








今日も、空が黒い。













今でも昨日のことのように思い出す。


「このお花赤くてきれいだねぇ。」

「……赤い?」


母はしばし呆然とした後、突然何かに気づいたのか徐々に笑顔に変わっていった。

安堵したのかいつもと変わらないトーンで言葉を紡いだ。


「まだ色の名前は難しいよね。」、と。


帰路の最中に様々な情報を教えられた。

母親曰く、空は青く、葉っぱは緑で太陽は黄色だと。

でも当時の私は何のことかどうかわからずただ無邪気な笑顔を浮かべるのみだった。



年月が経ち、母は物覚えの良い私が色だけ不一致を繰り返すのを疑問に思い医者に連れて行った。

病院では数個の問答と子供にはつらい何時間にも及ぶ検査を繰り返された。

母は気が気ではなく、私はやっと退屈な時間から解放されるとわかり笑顔を浮かべていた。

検査結果を待つ姿は母と子対照的だったらしい。


神妙な面持ちをしていた医者曰く私は全色盲という病気らしい。

治療法が確立されていない色覚異常の一つらしい。


でも当時の私はどうしようもないほど幼く、愚かだった。

母の隣におり、何度も説明されたにも関わらず自分が白黒の世界にいることが特別なことだと信じて疑わなかった。

他より優れていることと思ってしまった。

――――だから母の涙もうれし涙としてとらえてしまった。


小学校の最初の授業参観、お絵かきの授業が開かれた。好きなものを画用紙いっぱいに描く至極単純な授業内容だったことを覚えている。みんなを真似して私もクレヨンを使って自由に描いた。

色などわからないけど適当に。


描き終わった後に先生に絵を提出した。先生の顔が強張ったがそんなに私の絵がうまいのかと自信がみなっぎった。


みんなの絵が集まった後、黒板にみんなの絵が張られた。

張られるたびに教室が盛り上がった。親も子供も笑顔だった。

その和やかな雰囲気も私の絵が張られた瞬間――――静寂が訪れた。


後から聞いた話、母親を描いた私の絵は顔が緑、神は青、口は黄色、体は赤のモンスターだった。


「ず、ずいぶん個性的な、絵ですね~……」

必死に取り繕った言葉なのだろう。


でも愚かな私は気づかなかった。だからこんなことを満面の笑みで言う。

「クレヨン全部同じ色だったから描くの難しかったよ~、上手いでしょ」


後ろの保護者たちがざわざわとしだした。その時に、ふと「かわいそうに」と聞こえた。


その言葉が私の心のやわらかいところにやけに深く突き刺さった。

幼いながらに理解してしまった。

私は他より優れているのではない、劣っているのだと。







キーンコーンカンコーン

相も変わらずの金属音で私は日常に意識を戻した。


手には汗がにじみ出ており、心なしか体が小刻みに震えていた。

その時また昔の苦い過去を思い出してしまったことを理解する。

理解したとたん過去が私の頭を支配する。

最悪な気分だ。


昼食の時間数人の友人が私の行方に集まってきた。

どうやら私とご飯を食べたいらしい。

自分がコミュニティを築けている事実を再確認し久しぶりに唇が弧を描いた。


徹底的な色に対する知識を詰め込み、対応マニュアルを考え必死に脳内シミュレートを繰り返した。

どっちの色がいいと決断を迫られても適当に選択しそれっぽい理由を書き出せば事なき得ることを知った。

私にとって会話はロジカルなものへと変貌した。

そのたびに自分の感情はどこにあるのか、正常なのか気を疑うことが増えていった。

確かに会話の楽しみは薄れてしまったが私の中に後悔は一切ない。

楽しくなかろうが人と話せているのだから。


悪夢は所詮過去のものでしかないと自分を納得させ、ようやく私は日常に入り込んだ。






「一緒に帰ろうよ、愛菜」


高校の入学式からこの子とももう2年の付き合いとなる。

元気で感情の変化に機敏で気が利き、大きな胸と整った顔立ちをしているクラスの中心的な人物である彼女とはなぜか仲が良い。

私の意をくみ取ってくれる彼女は本当にいい会話相手だと思う。


「うん、夏帆帰ろ」


校舎を出ると外は夕焼けで、初夏特有の暑苦しい空気が流れていた。

無難な会話をしながら数分歩いたところで立脇が神妙な顔をして私に話しかけた。


「そういえば、最近盗難事件があったらしいよ。

刃物を持ってコンビニの店員から現金を脅し取ったらしいよ。」


私も同じく神妙そうな顔を作り、

「怖いね。」と答えた。


「大丈夫だよ。風のうわさではもう捕まったらしいから。」


…彼女の予想外の返答にあきれながらもじゃあ安心したよ、と軽く返答した。

いったい何の時間だったのかと思いつつも、いつも通りの話をしながら帰り道を進んだ。


そうして4、5分経ちT字路につくと互いの家の方向にじゃあねとさよならの言葉を残し別れた。






一人で歩く道は静かで昔を思い出しそうで嫌だった。

言い知れぬ孤独と恐怖にわずかに身震いし早く帰ろうと足を少し早める。

白黒の世界を進みながら暇をつぶすために今日の晩御飯は何かを考えた。


立脇と別れ2分ほどたったころ、曲がり角を曲がる時に視界の端に黒い大きい何かが一瞬目に映った。

それを人と認識した時には遅く、強い衝撃が私を襲った。

ぶつかった相手はこんな夏場にマスクをつけ、帽子を深くかぶった見るからに怪しい男だった。


一瞬振り向いた後に走って行ってしまったが忘れられない衝撃があった。


私はなぜかただただ漠然とした不安を感じた。

急いでいる怪しい大男とぶつかるという初めて遭遇した非日常だったからかもしれない。

いや、脳内ではすでに答えが出ている。

この先に何かがあるのではないかと。

男が走って逃げる、その先には何かがあるのだと。

今まで私が築き上げてきた日常が壊れてしまう何かがあるのではと。


足を前に進める度に心のどこかで何もないと思う気持ちは小さくなった。

かすかに空気に混じる匂いが、嗅覚が、肌がざわつく。

喉が徐々にからからと乾き、視界が狭まり前しか見えなくなっていった。


なぜ引き返さないだろうか?

この先進んだら何かが壊れると知りながらなぜ歩を止めないのだろうか?


私は何かを望んでいるのだろうか?


その後、歩みを進め30秒ぐらいたっただろうか、ふといつもと違う強烈な匂いがしてきた。

今まで出会ったことのない生の、でも既視感のある生命を凝縮した不思議な匂いであった。


今日の夕食はもつ鍋がいいなと呑気なことを無理矢理思いつつ一歩一歩歩くと、

なぜか背中に氷柱が入ったような、味わったことのない、緊張感が体を巡った。

それは気のせいと判断するにはあまりにも馬鹿げていると思うほどに、恐ろしい。

これ以上歩みを重ねたくないと思うほどの恐怖。

生物の原始的感情が頭の中を支配した。

ふと自分の両手を見ると震えていた。


覗くなと訴えかける脳を無視し、好奇心の赴くまま覚悟をきめ、恐怖の発生源である袋小路になっている路地裏をのぞき込む。


そこには赤い血を流した人が倒れていた。










「…………え?」









赤、白黒以外の色。

これが、赤い?

初めて見た、網膜が焼けるのではないかと思うほどの情報が眼球に直に入ってくる。

これが色。

これが赤。


目が離れない。

………


血を流しながら倒れている男性を見て最初に安否を感じない私は狂っているのだろう。

しかし、しかし長年恋焦がれた手に入れたいものが視界に広がっている。

救急車を呼ぶなんてできない。携帯電話を出す時間すらもったいない。


私は瞬きを忘れ目が赤い血から離せなかった。

何て、きれいなんだろう。


ふと思ってしまった。

もっと見たい、もっといっぱい色を見たい。謎の欲求があふれ出てくる。

色を。いや、今は赤を、見たい。


恐怖は無かった。心にあるのはただただ純粋な色への渇望であった。


震える足を必死に地につけ進み倒れた人を起こした。


……首が無かった。








私は人生初めての死体との会合であったにもかかわらずかわいそうだとか、気持ち悪いだの考えは浮かばなかった。

いや、死体を見ていなかった。

死体の首からいきおいよく飛び出している鮮烈な「赤」が頭から離れなかった。


「きれい」


ぼそりと自然に口から出た言葉は自分が言ったとは思えないほど蠱惑的な言葉だった。

しかし今の感情を表すにこれ以上ないほどぴったりな言葉はなかった。


あぁ、私はどうしようもないほど狂っている。





死体にさらに近づき、血まみれの手をほほにあてた。


「ずっとこのまま時が止まればいいのに………」


私は幸福を感じながら気を失った。


倒れる際一瞬、知らない男が見えた。



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