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紺碧の絆  作者: 睦月心雫
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極寒の帝都 イテイル

「お待ちしておりました。リィン様」


正門を出ると侍女が待っていて丁寧に一礼してくる。

その後ろには白地に金色の繊細な模様が描かれた大きな馬車がある。

まるで王族専用の馬車だ。


「え、私達なんかのためにっ!?これに乗っていいんですか!?」


「あほ。うるせえよ」


そんな声とともにまたも私の頭にチョップがとぶ。ムスッとしてロイを睨みつけていると、侍女が苦笑しながら


「もちろんです。サァヤ様も外交の際にはいつもこちらの馬車をご利用になられてますよ」


じゃあ、ほんとに王族専用の馬車って感じなんだ!それに乗れるなんて⋯⋯!


「ロイどうしよう!興奮しすぎてまた鼻血でるかも」


「おい、それだけはやめろよ」


ルンルンした気持ちで馬車に近寄る。


「うへ〜。綺麗〜」

なんていってると男の人がすっと現れて

「どうぞ」

といって戸を開けてくれる。


「あ、ありがとう」


なにこのお姫様扱い!

王族が乗るような馬車に乗る前に王族が住む豪邸にすんではいる。


しかし⋯⋯




「すごい興奮する!」


「⋯⋯⋯⋯」


押し黙ってずっと外を見ているロイに若干イライラしてくる。


「ちょっと!わざとらしい無視はやめてくれないっ!?」


「んっ?ああ、なんか言ったか?」


「⋯⋯⋯⋯」


今度は私が押し黙る番だった。

もうロイなんてどうでもいいや。

ムスーッとして外を見やる。


頬をなでる風は最初のうち生暖かいものだったが夜になったことで次第に涼やかなものになってくる。


「⋯⋯あと何時間かかるんだろ」


ポツリと漏れる呟き。

灼熱の都をでて迂闊にも軽装できてしまった私は寒さで震える体を抱え込む。


「何いってんだ、お前。四、五日はかかるぞ」


「え⋯⋯ええっ!?嘘でしょ?」


「こんなとこで嘘つかねえし」


そういって耳をほじるロイ。汚い⋯⋯。


「四、五日って⋯⋯」


絶望感にうちひしがれていると馬車が急停車して油断していた私は思いっきり前に体を持っていかれる。


「ゔっ」


「っつ」


「は、鼻もげる⋯⋯」


目の前にあったのはロイくんの逞しい胸。その胸に思いっきり顔をぶつけたせいで鼻がズキズキと痛い。

私が先ほどの体勢に戻るとロイは早々に馬車の窓から顔をだす。

心配の一つもないところがロイらしいというかなんというか⋯⋯。


痛む鼻をさすっていると

「事故か?」

と独り言のようにロイくんが呟く。


「えっ?事故なのっ!?」


慌てて私も馬車の窓から顔をだす。

すると⋯⋯


「トウヤ?⋯⋯」


暗い中でよく見えないがあそこに倒れているのはもしかして幼なじみのトウヤ?⋯⋯。

私は馬車から飛び出すと慌ててそのトウヤらしき青年の元へと駆ける。


馬車の手前で腰を抜かして怯えた表情をしている青年。

それは見間違いなんてしない、トウヤ本人であった。


「トウヤ⋯⋯っ!」

嬉しさのあまりトウヤに抱きつく私。


「⋯⋯リィン?⋯⋯ちょっ、ぐるしい⋯⋯」


「あ、ああ、ごめん」


嬉しさのあまり力の加減を誤ってしまったことに謝罪しながら手を離す。


トウヤはケホケホと苦しげに咳き込むと倒れ込んだ。


「リィン様、お知り合いですか?」

そうたずねてくる従者さんに「うん、そう!」と元気よく答える。


「ん?そういえばトウヤは私のこと覚えてる?⋯⋯」


「忘れる訳ないだろ⋯⋯っていうか、ゴホッゴホッ」


「あはは、あまりに嬉しくて強くやりすぎちゃった。ごめんよ、トウヤ」


トウヤが私のことを覚えていたことがトウヤと再会できたこと以上に嬉しい。「⋯⋯別に、キラで慣れてるしね⋯⋯」

そういうトウヤの表情はやけに暗い。


トウヤはいつもキラにいじめられていた(といっても陰湿ないじめというよりじゃれ合いのような感じ。トウヤがすぐに泣いちゃうからキラがいじめてるように見えたっていうのもあるけど)少年。

弱虫で泣き虫で意気地無しだけど、とても心優しい、そんな男の子。

そんな彼は常に泣きそうになりながら話しをする。


だけど今は泣きそうになる気配もなく、ただただ暗い表情をしてうつむいてる。

こんなトウヤ初めて見たかも。


「なんか元気ないね。大丈夫?」


「⋯⋯うん。こっちに来てからずっと体調悪くて⋯⋯。リィンに会えて嬉しい⋯けど⋯⋯」


パタリと倒れ込むトウヤを慌てて抱え込む。

顔色は青白くてとてもいいものとはいえない。


ナナミへの影響が『記憶がなくなる』ことだったのに対してトウヤへの影響は『体調が悪くなる』ことなのかもしれない。


私はトウヤと肩をくむ形になると馬車の方へ歩いていく。


「この子も連れて行っていい?」


途中心配そうな表情をした従者さんにそうたずねる。


「は、はあ⋯⋯しかし外交の際には⋯⋯」


「うん、わかってる。その時は馬車に寝かせていくから」


「⋯⋯わかりました。どうぞ」


そういって従者さんが戸を開けてくれて、私はトウヤを連れて馬車に乗り込んだ。


「⋯⋯誰だ、そいつ」


そういうロイに「幼なじみのトウヤだよ」と答える。


「良かったな。どこの国にも見つかってなくて」


「うん!」


そういう私の隣でスヤスヤと寝音をたてはじめたトウヤを見て微笑む。

トウヤ、こんな格好で寒いよね⋯⋯。

トウヤの今の服装は、短パンに半袖という、砂漠の夜にはとても不向きな格好。

体調が悪化したら大変だ、そう思った私はカーディガンを脱ぎそっとトウヤにかけた。


「お前⋯⋯」


「あんまり見ないでよ」


カーディガンを脱いだ今の私はキャミソール一枚というなんとも破廉恥な姿。

しかし破廉恥なことなどこの際気にならない。ただただ寒い。


「⋯⋯⋯⋯」


何も言わずにまた窓の外に目をやるロイ。

先程よりもどこか気まずい空気が流れていった⋯⋯。





明るい日の光に瞼をあけると太陽が顔をだしていた。


「もう朝か⋯⋯」


そういって大きく伸びをするとパサリと下に落ちるもの。見てみればそれはロイがきていた紋章のはいったジャケットだった。

目の前のロイを見てみれば薄着のカットソー一枚で険しい表情をして眠っている。

……案外優しいところあるのね。

なんて思ってジャケットをロイにかけようとする。

すると、

「んがっ。」


そこでタイミングよく目を覚ましたロイが寝ぼけ眼といった様子で私の頭をたたく。

サァヤとのガールズトークの中でキャーキャー言っていた頭ポンポンとも頭トントンとも似つかないそれ。ロイくんは一体何をしたいんだろう、そう思っていたらまたも頭をたたかれる。しかも先程よりも強めに

「止まんねえな⋯⋯」

寝言のようにそうつぶやくともう一度手をあげるロイ。そんなロイの手首をつかむと怒りを抑え込み

「さっきからなんなのかな。ロイくん」

という。


「んっ⋯⋯リィン⋯⋯。ああ、もう朝なのか。ふわあぁ」

なんていってのんきにあくびをするロイ。


「なんで私の頭たたいたの?理由を言ってみなさい、理由を」


「は?お前の頭?たたいてねえよ」


「はいー?あくまでしらをきるつもり?私、確かにたたかれたんだけど!」


「はあ?ほんとにお前何言ってんだよ⋯⋯。そういや夢の中で止まらない目覚ましを何回もたたいてたんだけど」

そういうとニヤリと笑うロイ。

「あれ、お前だったのか?」


「⋯⋯⋯⋯っ」


怒りを言葉にすることにも疲れを感じた私はジャケットをロイの顔めがけて投げつけるとムスッとして自席に座り込む。

ほんとに信じられない。いいやつだな、って見直した直後にこれだからロイくんは⋯⋯。



それから四日後、ようやっとイテイル帝国に着いた時、私とロイは共に疲弊していた。

同じ空間にいることで歯止めが聞かなくなる口喧嘩。止めてくれる人が誰もいないという悲しさ(トウヤはずっと眠り込んでいたので実質二人だけの空間だった)。イテイル帝国に近づく程に急低下していく気温にいい歳してジャケットを取り合う私達。


「やっとかよ⋯⋯」


「ほんと⋯⋯。とりあえず暖かい服を買わなきゃ外交どころじゃないよ」


ガチガチとなる歯を押さえ込む余力すらない私は震える唇で

「すいません、衣服を買える店に寄ってもらえますか?」

という。するとすぐに「わかりました」という従者さんの声が聞こえてくる。

「はあ〜、良かった〜。これで凍え死ななくて済むよ」


「ほんとだな」





呉服店につくと豪勢な馬車を見た店主がどこかのお偉いさんだと察したのか生まれてこの方受けたことがないような厚遇を受けた。


もちろんお金は払ったけどほどんどの品を割引で売ってくれて「また来てください」とまで言われた。


呉服店でもらった服はどれも動物の毛皮を使った人肌に優しく暖かいものばかり。


暖かいってこんなに幸せなことだったんだ⋯⋯、なんて思いながら窓の外を眺める。

先ほどは寒さで外の景色を楽しむどころじゃなかったしね。


人々は私達が先ほど呉服店でもらったような動物の毛皮を使った服装をしていて街頭で賑わっている店からはどこも湯気が漂っている。ゴウネルスは冷たい食べ物を取り扱う店が連日人気だがこちらでは逆に暖かい食べ物を扱う店が人気なのだな。


そして城に着く直前、雪が舞い始めた。生まれてこの方雪というものを見たことがない私はかなり興奮したが、これから外交なのだと考えはじめたらやけに緊張してきてそれどころではなくなった。


イテイル帝国の城は城と水色を基調としたもので、棟の先端がすべて尖っている。なんだか冷たくて刺々しい印象を与える。しかしそれをふくめて高貴で美しい雰囲気が漂っていた。それとともに、近寄り難い雰囲気も⋯⋯。

従者さんが戸を開けてくれて外に出るとずっと城を見つめる私。


「おい、なにボーッとしてんだ、行くぞ」


その声に振り向くとムスッとしたロイくんがいた。


「わかってるよ⋯⋯。あれ?そういえば馬車は?」


先ほどまで馬車が停まっていた場所はもぬけの殻となっている。


「馬車停めるところがあるから、そこで待ってるってよ。さ、行くぞ」

そういって歩き出すロイに慌てて続く。



外交、上手く行きますようにーー。

そう心の中で祈りながら私はロイと共に城内へ足を踏み入れた。


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