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紺碧の絆  作者: 睦月心雫
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舞踏会を開きましょう

「うわあ⋯⋯気持ち悪い⋯⋯」


廊下を歩いていて、ふと窓の外を見やると一人で何事かを叫び頭をぶんぶんと振っているロイくんを発見する。

大方サァヤのことでも考えていたのだろう。

そう考えると意図せず生暖かい目になってしまう。


これからロイくんがどんな顔でサァヤに会うのか見物したいところではあるが今は大事な用があるのだ。

急がなくては⋯⋯。




「失礼します」


そういって私が足を踏み入れたのは玉座の間。


「おお、リィン、よく来たのう」


そういっていつものようにニコニコと私を迎え入れてくれる王。

そんな王に向かってまっすぐ歩いていく。王の目の前につくと膝をつき、ソウブ王国へ行ったことに対する報告をする。


「私の幼なじみが双流の白刃であることは間違いありません。」


そう言葉を紡いでから一つ息を呑む。

わかりきっている現状だけど、やはり言葉にするのは、怖い。


「しかし彼女は私を忘れているようで、しかもイテイル帝国の皇女だといいました。それに加え性格も豹変していて⋯⋯」


そこまで言うと、なんだか無性に泣きたいような気持ちになってくる。が、それを抑え込み、王をまっすぐに見据える。


「これは、どういうことなのでしょう?⋯⋯」


半分は王に、半分は自分に問いかけるようにそういう。


「悲しいことになってしまったのう」


「悲しいこと⋯⋯ですか」


魔域ゲートが消えてお主らはこちらに来た。しかし、お主程の力の持ち主でも魔域ゲートを完全に消すことはできん」


確かにそうだ。

あの日、消えたと思った魔域ゲートはすぐに元の姿へと戻っていった。


「じゃからのう、お主らがこちらに来るときもある程度の魔域ゲートは作用している状態で、そこを通り抜けて来たんじゃ」


「はい」


魔域ゲートにはとてつもない魔力が宿っておるから、たとえ魔道士であっても耐えられん」


それを聞いて、なんとなく察しがついて、すごく、怖くなった。


「お主はずば抜けて魔力が強いからの。三日程寝込むだけで済んだが⋯⋯」


そこまで言うと、そこから先をいっていいものか迷っている様子で白髭を触る王。

私は今にも崩れこみそうな気持ちを抑え込んで、その先を促すようにそっと微笑む。


「その者は記憶を失ったんじゃろうな」

言葉になるとそれはより現実味を増した。

なにかが壊れるような音がしてへたりこむ。

私のせいだ。

私が"外"に行こうなんて言わなければ⋯⋯!

あの時にみんなを振り払ってでも一人でいっていれば……!


「それからイテイル帝国の皇女だといっていた件じゃが⋯⋯」


悲哀に満ちた表情をしながらも淡々と目を背けたくなるような現状を言葉という形にしていく王。


「記憶を失っていた彼女にイテイル帝国の者が嘘を吹き込んだんじゃろうな」


その言葉を聞いて私の中で合点がいく。


「新しい記憶⋯⋯嘘の記憶⋯⋯。性格も変わるわけだよ⋯⋯」


視界を埋めていくものを拭いとる余力もなくて、思いの丈が床に当たっては弾けて消えていく。


「どうすればいいんでしょう?⋯⋯」

情けない声がでる。


「想いは伝わるものじゃ」


そのはっきりとした強い声に顔をあげた。

本当に、この王様は不思議だ。どんな不安も、この人の強い瞳や優しい笑顔を見るだけで大丈夫かもしれないと思える。


「忘れてしまったものはまた作っていけばいいんじゃよ。それはそう簡単なものじゃないが、だからといっていつまでも嘆いていたらなにもはじまらん。何かを始めれば必ずなにか進歩がある。その成果があらわれるのは三日後のことかもしれないし、五年後のことかもしれん。しかし、どんなに時が経っても、前を向いてシャンとしてれば変化は必ずおとずれるものじゃよ」


そんな王の言葉に目尻に溜まっていたものを拭いとる。


「ありがとうございます。私、前を向いてとりあえず進んでみたいと思います」


「うむ」


王はこの上なく朗らかに微笑むと一つ大きく頷く。


「ところで、早速という感じなんじゃが今度舞踏会がある。そこにはこの世界の三大勢力のトップ、イテイル帝国、ゴウネルス王国、フラメニア島、の王族貴族が集まるんじゃ。きっと、そこには双流の白刃と呼ばれる娘も来るじゃろうし、ほかの幼なじみにも会えるかもしれん」


「みんなに⋯⋯!!」


「ああ。しかし、わしらの領域に先日イテイルが攻めいってきたわけだからの。例年通りに舞踏会が開けるかは怪しい」


「そんな!どうすれば開けますか!?」


「⋯⋯イテイル帝国の帝王に侵略の道しか見えておらぬようなら無理じゃろうな。しかしまだ我らと良好な関係を築いていたいというのなら⋯⋯」


「私、イテイルに行きます!」


「しかし、リィン、行って一体なにをするというんじゃ」


「舞踏会に参加してくれるよう頼みます」


「しかし」


「大丈夫です!任せてください!」


強い声音でそう言うと王は困ったように笑って

「わかった。しかし、無理はするんじゃないぞ」

という。


「はい!!」


私は大きく返事をすると期待に胸を踊らせて玉座の間をでた⋯…。




誰もいなくなった広い玉座の間で、ポツリと独り言をもらす白髭の優しそうな年寄りの男。


「⋯⋯なんでだろうな。あのを見ていると、ふと思い出す⋯⋯」


「⋯⋯二人は、似ているのですか?」


いつの間にそこにいたのか、玉座の後ろから姿を現した褐色の肌に白銀の長髪、瑠璃色の瞳をした少女がそうたずねる。


「似てはいないな。けど、なんていうか、同じものを感じるんだよな」


少女と二人きりの空間では、普段のように笑みを浮かべることもなく淡々と砕けた口調で話す男。


「そうですか」


男の言葉を聞いて、酷く悲しそうな表情をして目を伏せる少女。

しかし、男はその様子に気付かず、いや、もしくは気づいていても気にしていないのか


「もう何年経ったんだろうなあ。あの子が亡くなって⋯⋯」


「千年と十の月、ですよ」


少女は悲しげな微笑を浮かべてそれだけ告げると音もなくその場から消えた。

男は彼女がいなくなったことを気にした様子もなく、

「千年、か⋯⋯」

そう、ポツリとつぶやいた。





私は自室に行くと早速魔法陣を描きロイくんを呼び出す。

最近はこのロイを呼び出すための魔法陣はうまくできるようになって(たまに違う人を呼び出しちゃうこともあるんだけど)いちいち騎士の宿舎の方にいかなくてすむようになった。


「こんにちは、ロイくん。お仕事ですよ」


「⋯⋯わーった」


魔法陣の上にポンッと表れたロイは暫くムスッとしていたがやがてスッと立ち上がる。


「では、これからイテイル帝国に行きまーす」


「は、はあっ!?イテイルだあ?なんだってイテイルなんかに」


「舞踏会のこと、頼むの。にしても、なに?そんな嫌がってさ。なんかトラウマでもあるわけ?」


「……あそこには会いたくないやつが何人もいんだよ。それに、ゴウネルスとイテイルははからずも良好な関係じゃねえんだし、行きたくなくて当然だろ」


後半は言い訳のような形で付け足すロイを若干冷めた目で見ていると

「舞踏会ってのは、一年に一回開かれるもんでさ」

と頼んでもないのに解説をはじめる。


そんなに触れて欲しくないのだろうか。まあ、この間話聞いてもらったりしたし、ここは突っ込まないどいてあげよう。


三美響秋ソウネルブの舞踏会って呼ばれてんだ。世界のトップである三国から王族貴族が集まって、その名の通り舞踏会を開くんだよ」


「ロイも知ってたんだね」


「あたりまえだろ。星鎖の騎士団も毎年警備にいってるしな。それに舞踏会の裏で、世界の動向が見えるからそれもまた⋯⋯ってお前、なんつー顔してんだよ」


「だ、だって、ロイくんが『世界の動向』なんていうから⋯⋯」


そういって吹き出す。


「何がおかしいんだよ」


「ロイくん、『世界の動向』なんて言葉知ってたんだなって、ぷぷぷ」


わざとらしく笑ってやると脳天めがけてチョップされる。


「ちょっ、いった!何すんのさ!仮にも乙女である私にこんな暴挙働くなんて騎士の風上にもおけない男ね!」


「うるせえ、うるせえ」


そういって耳を塞ぐロイにベーっと舌を出す。


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


暫くの沈黙。

あーあ、ほんと、いっつもこんなんばっかり。

そんなことを思っているとロイが口をひらく。


「⋯⋯大方、この前イテイルがゴウネルスの領域犯したから例年通り舞踏会開けないかもしれない。だから、イテイルに行くって感じだろ」


「そうそう!ロイくんよくわかったわね」


「その言い方腹立つわ」

そういってから一つ間を開けて

「けど、お前の幼なじみ⋯⋯ナナミっつったか?」


「ん?うん」


「そいつは人一人殺さなかった。あんなの侵略のうちにははいんねえし」


「うん」


「だから、なんつうか、大丈夫なんじゃね?たぶん。俺、難しいことはよくわかんねえけどよ」


「ほお⋯⋯」


「なんだよ」


「いや、今日のロイくん随分まともだなって」


「それはいつもの俺がまともじゃないって言いたいのか?⋯⋯」


「なんでそうマイナス方向にとるかね。今日は冴えてるねって感じにとりなさいよ」


「そりゃどーも」


「こちらこそー」


なんていってたら不意に笑いがこみ上げる。

ナナミが記憶を失ったと知った時、何をどうすればいいのかわからなくて、暗闇の中に一人でいるような、そんな気持ちになった。光なんてなくてどっちを向いても暗闇ばかり。でも、王様の言葉はさながら暗闇のなかの一筋の光のように、私の希望となってくれた。

そして私には、共に歩いてくれる仲間もいるんだ。


「さあ、ロイ、イテイルに行くよ」


そういうと歩きだす私。

「お、おい待てよ!」


希望を胸に絶望の彼方へと歩まんーー。


ふと頭に「リオネス大王国建国記」の一節が浮かび、私はそっと微笑んだ。

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