第三十話 かたる悪魔
僕は現在、華憐と一緒に学校へ向かっている。
普通、美少女との二人っきりの登校ならば楽しくない筈がない。
けれど僕は若干、今の現状に疲れていた。
なぜなら、隣の華憐が先程から世界征服の素晴らしさについて延々と語り続けているからだ。
「七月様、世界征服は男性のロマンだとは思いませんか?
この世のすべてを手中に収める。誰もが夢想し、なし得なかったことです。
その人類初の偉業を七月様が成し遂げるのです!どうです、やってみませんか!」
正直、どうですと言われても興味がないとしか言いようがない。
僕は現状の生活に満足しているし、争い事はあまり好きじゃない。
「世界征服をすればハーレムが作り放題ですよ」
「…………」
何を言われようと僕の心が揺らぐことはない。
僕が望むのは純愛なのだ。そんな爛れた関係に一切興味はない。
まったく、華憐は僕のことをなんだと思っているのだろうか……!
「いきなり、ハーレムと言われてもピンとこないですか?
では、七月様の周りの方で想像してみてください。
七月様の周囲には様々なタイプの女性がいらっしゃいますよね。
そんな魅力的な彼女達全員を七月様の思うがまま好きなままにできるのです」
……………
華憐の言動で僕の脳内が一瞬ピンク色に染まったなんてあるはずがない。
まぁ、そんなありきたりな誘惑ごときに惑わされる僕じゃない。
ここは僕の名誉にかけてきっぱりと否定しておこう。
「……き…きょ、興味ないよ」
普通にどもった。恥ずかしい。しにたい。
これじゃあエロいことを考えていたのがバレバレだ。
「……えっと、そうですか……あー……では、しかたがないですね……」
「………うん」
おそらく、何かフォローをしようと思ったのだろうが、その華憐の優しさが今の僕にはとてつもなく痛い。
「…………」
「…………」
長い沈黙により次第に空気が重くなっていく。
「……えっと………あっ…!な、七月様は悪魔をどんな存在だと思っていますか?」
明らかに不自然な話題転換だが、華憐の厚意を無碍にしたくはない。
よし、ここは真剣に考えるとしよう。
………悪魔か。
「……どんな存在って…そりゃ悪魔って言うくらいだから悪いんじゃないの?」
結局、真剣に考えたものの出てきたのは漠然としたイメージだった。
悪魔と聞くとどこか胡散臭い雰囲気がある気がするし、少なくともいいイメージはない。
「いーえいえ、そんなことはありませんよ。悪魔というものは契約を結ぶ存在なのです」
「契約……?それって、何かを対価に願いを叶えるっていうやつ?」
「ええ、そうです。悪魔は人の強い思いに呼ばれ世界に召喚されます。
そして契約を結び願いを叶えるのです。むしろいいものだと思いませんか?」
そう言われるといいもののように思えるけれど、
物語とかだと願いを曲解したりして結果不幸になる話が多い気がする。
「それは空想の話ですよ。実際はそんなことはほとんどありません。
七月様、空想と現実をごっちゃにするのは現代っこのよくないところですよ」
少し怒った様に華憐は言うが、そもそも悪魔自体が眉唾物だから仕方がないと思う。
あと、華憐も現代っこだから、というツッコミはすべきなんだろうか?
「……ふむ、では七月様。なぜ、悪魔が眉唾物の存在だと認識されているかわかりますか?」
「それは……やっぱり存在が確認されてないからじゃないの?」
現代には人外や異能者と呼ばれる存在はいても悪魔という種は確認されていない。
だから、当然いないと考えるのが普通だと思うけど……。
「確かにそれもありますが、もっとも大きな理由は別にあります。
それは悪魔という存在がありえないと考えられているからです」
「……?」
「この世界には異能や魔術といった、物理法則を無視した力があります。
けれど、それらですら不可能とされていることを悪魔は実現出来るからです。
悪魔は空間と時間、そして確率の操作ができ、これらすべてを使って人の願いを叶えるのです」
たしかそういった力を持つ人は異能者にもいるし、魔術にもあった気がする。
けれど、その人たちにも出来ないことはある。
例えば―――
「死者、蘇生……?」
「そうです。死んだ人間を生きたように動かすことはできても、
死という事実を覆せるのは神と悪魔だけに限られているのです。
故に、親しいもの亡くしたもの達は異能や魔術に傾倒するのです。
けれど、そこに限界が訪れる。そんな時に人は望むのですよ。
『誰か助けてくれ』
と、ね……そんな人たちの願いを叶えてあげるのが悪魔の役目なのです」
そういって華憐は僕ににっこりと笑いかけた。
ここまで話し合ってきてなんだけれど、
正直に言ってしまえば僕は悪魔という存在は信じてはいない。
華憐は元悪魔だと言ってはいるが何一つとして証拠はないし、
今の話も華憐の考えた妄想だと考えるのが普通だろう。
けれど、華憐と接していると時折思うことがある。
僕に甘い言葉を囁き、誘惑する華憐の姿はまさしく物語の悪魔のようで……
「どうかしましたか?」
「……ううん。なんでもないよ」
心のどこかで違和感を感じているはずなのに華憐を拒むことが出来ないのは
僕の心が既に悪魔に魅入られてしまったからかもしれない。
―――なんて、覗き込んできた華憐を見ながら、僕はそんな馬鹿みたいなことを考えていた。
約4ヶ月ぶりの更新となります。
期待されていた方やコメントをくださった皆様、遅くなりすいませんでした。
この4ヶ月間ほぼ小説を書いていなかったので色々と思い出すのが大変でした。作者ですらそうなのに読者の皆様には尚更だとおもいます。以前と文章の感じが変わっていたら申し訳ないです。
いまから書く次の話では新キャラがおそらく出ます。
出来れば楽しみにして頂けると嬉しいです。
ここまで読んで下さった皆様ありがとうございます。