夢の終り
悪魔は僕の一歩手前で足を止め、
そのまま一切の動きを停止した。
そのまま時間がたつ。
十
九
僕の勝利条件は悪魔の動きを十秒止める事。
八
七
僕の敗北条件までは後五分程ある。
六
五
動きを止めたまま
四
三
全く動こうとしない悪魔
二
一
そしてそのまま
零
「これで……終わりだねお兄ちゃん」
僕に近づき触手を再び首に当てる。
同時に首に痛みが走るが、身体が動かせる事に気付く。
「……なんで」
あまりの理解出来ない現状に言葉が出てこない。
悪魔はそれを見て、慈しむような表情で笑いかけた。
「お兄ちゃんの勝ちだよ。
だから、お兄ちゃんの本当の願いを叶えてあげる」
僕の本当の願い…?
「お兄ちゃん、私は桜が死んだときにここに呼ばれた訳じゃないんだ。
それよりもっと前にお兄ちゃんの願いに呼ばれてこの世界に来たの。
それは、五月お兄ちゃんみたいになりたい、という願い。
でも、その願いを叶える事は出来なかった。
強い願いだけれど、叶わなくてもいいって思いも強かったから。
それに私達悪魔は誰かの身体を借りなければ生きていけない。
生きた人間に無理矢理入ればその人間の心は壊れてしまう。
だから、わたしはずっと見ていることしか出来なかった。
でも、お兄ちゃん達の事を見ている内に、私にも少しずつ変化が出てきた。
私も皆と遊びたい。傍にいてお喋りがしたい。そう思う様になったの。
そんな私はある日とても強い願いに気付いた。五月の強い願い。
それはお兄ちゃんへの強い願いだった。私はそれを叶える為に少し背中を押してあげたの」
それまで黙って聞いていたが悪魔の発言に見逃せないものが混じっていた。
五月の願いの後押し?つまりそれは――――
「っつ!お前がお兄ちゃんにあんなことをさせたのかっ!」
激情に頭が支配される。しかし、悪魔はそれに悲しそうに首を振った。
「初めの切っ掛けはわたしだよ。でも例え私が放っておいてもいつか同じ事は起きていた。
それだけの感情を五月は抱いていたんだよ」
その言葉に言葉を失う。
それじゃあどうやっても回避できない事だったのか…?
「…お兄ちゃんの対応も関係が無いよ、あれは起こるべくして起きた事だから。
でも、桜の死は違う。あれはただの不運だった。本当は死ぬ予定だったのは五月だったの。
私はただ、お兄ちゃんが死なないように確率の操作をしたの。それで、桜が犠牲になった。
私は初め五月の身体に入って願いを叶えるつもりだったけど、
予定を変えて桜の身体に入る事にしたんだ。
そして、私はお兄ちゃんの願いを五月を演じさせることで叶えようとした。
結果としては上手くいった。お兄ちゃんは五月という存在にとても近づけた。
だから、私はすぐに負けて桜を生き返らせようと思った。
……でも、お兄ちゃんを見てたらもっと幸せになって欲しかった。
これまでの辛い過去も無い、それでも沢山の人に愛される。そんな最高のハッピ−エンド。
それをあげたいと思った。でも、そのためには対価が足りなかった。だから私は―――」
悪魔のその台詞に今までの事が繋がっていく。
今日の事でも分かるように悪魔はおそらく手加減をしていた。
僕に捕まらず、捕まえないぎりぎりを狙っての事だ。
一週間前も僕が逃げるのを諦めてしまったから、千早を招き入れた。
そして、五月に接触することで僕の危機感を煽る。
イレギュラーこそ有ったが、結果として僕は皆に頼る事を決意した。
そして、今日の鬼ごっこで皆から対価を手に入れた。―――皆の力だ。
「七月様の大切な人達から対価をもらうことにしました。
そしてようやく私が全ての願いを叶えられるほどの力が溜まったんです。
以前に言いましたよね、願いには相応の苦労や苦悩、対価として相応しいものが必要だと。
七月様のこの六年間は無駄ではありませんでした。七月様は強くなられました。
そして、掛け替えのない人達を手に入れました。
皆、七月様の為に命を掛けられるほど強い絆を持った人達です。
以前の七月様ではきっと成し遂げる事の出来ない願い。
ですが、六年もの決死の努力が願いを叶える対価となったのです」
悪魔は初めて会った時のような口調で嬉しそうに話している。
僕はそんな悪魔の話を聞いていて気付いたことがあった。
悪魔は僕が五月になりたいという願いを叶えるため、五月の後押しをしたと言った。
でも、桜の身体に入った後の悪魔の言葉は、初めから全て計算尽だったように思える。
特に鬼ごっこのルールで、契約について話した人を対価とする制度は、
僕が人に頼れるようになれるために追加したような節がある。
「……それでは、そろそろ願いを叶えましょうか。
桜様の死も無くなり、五月の殺意も二度と湧かないようにします。
そして、七月様のこれまでの努力で得たものは失われません。
お友達もそのままです。七月様の能力もそのまま。まさにハッピーエンドです。
……まあ、私の記憶は一切無くなりますがそちらの方が幸せでしょう」
こんなに最高のプレゼントを貰っても本当にいいのだろうか?
ご都合主義のすぎる展開に思わず悪魔をじっと見る。
すると突然、頬に手を当て恥ずかしがるようにもじもじとし始めた。
なんだろう…前にも見たような気がする。
以前はこの後に訳の分からない要求をされたんだよな。
「…七月様、実は対価なんですが余剰分がまだ有るんですよ。
より良い悪魔は過不足なく願いを叶える必要があります。
なので、他にも何か願いは有りませんか?
ちょうど人一人の人生をどうにかできるぐらいなんですがねぇ…?」
ちらちらと僕を見ながら期待する様に言う悪魔。
そもそも、人一人の人生をどうにかできるって対価取りすぎだろうに……
僕がそう思っていると凄く恐ろしい事に気付いた。
こいつは先程の話で皆と遊んだり話したいと言った。
それは、人の身体を借りないと生きていけない悪魔には難しい事だ。
でも、人だったら、そんなの簡単だ。
もし、それを叶える為に今回の出来事を仕組んだのだとしたら?
……でも、この悪魔の姿を見ているとどうでもよくなった。
実際に、僕の五月のようになりたいという願いは叶っているし、
こいつが人間になってしまえば、二度とこんな事も起こらないだろう。
……しかたないな。
「あのさ、僕達と仲良くなりたいなら今度は人間としてきなよ。
そしたら、僕が悪魔の友達になるよ」
「そ、それが願いでいいんですね!
わっかりました!それでは願いを叶えますよ!
どっせ〜いっ!!」
言葉と同時に僕の視界は暗転。
暗闇の中で僕は祈る。
<願わくば、僕が目覚める時には平凡な日常が待っていますように>
そして僕の世界は終わりを迎えた。
***
生徒達で溢れ返った教室の中、僕はぼんやりとしていた。
昨晩は妹の桜とゲームを夜遅くまでやっていたので眠くて仕方が無い。
僕が欠伸をしていると後ろから声を掛けられた。
「おはよう、七月。君は相変わらず天使のように可愛いな」
とても美しい容姿をした僕の親友、三月ちゃんだった。
三月ちゃんは僕をよくからかってくるので、話し半分で聞いていないと恥ずかしい思いをする。
「うん、おはよ。三月ちゃんは今日もとっても可愛いね」
三月ちゃんは意外と褒め言葉に弱い。
でも、僕の言葉に顔を赤くしている三月ちゃんは本当に可愛い。
「…こほんっ、あ〜今日は転校生が来るそうなのだが知っているか?」
僕から顔を逸らし強引に話しを変えようとする。
未だに頬が赤いままなので僕も思わず笑ってしまった。
三月ちゃんはそんな僕に気付き軽く睨んでくる。
おっと、そろそろ真面目に答えないと不味いかな?
「ううん、知らないよ。そういうのはお兄ちゃんが詳しいんじゃないの?」
「……五月は美少女マニアだからな。転校生と聞けばまずは男か女か調べるだろうな。
まぁ、私も同じだが」
三月ちゃんも美少年マニアだったのだろうか?
それとも美少女マニア?
……三月ちゃんと美少女が二人で―――
「―――――つき、七月?おい、どうしたんだ?」
わっと、つい妄想の世界に飛び立ってしまっていた。
三月ちゃんに呼ばれていたのに気付かなかった。
「えぇっと、転校生って女の子?」
直接的に聞いたのは不味かったかもしれない。
これじゃあ、お兄ちゃんと同類だと思われちゃう。
三月ちゃんも僕をじと眼で見ている。
「お〜い、全員席付け〜」
おおっ、ナイスなタイミングで担任が入ってきた。
三月ちゃんも渋々席に戻っていく。
流石、独身貴族だ。一切貴族的要素は無いが。
「あ〜、もう知っている奴もいるかもしれないが今日は転校生がいる。
それじゃあ、入ってきていいぞ」
そう言って入ってきたのはとても可愛らしい少女だった。
そして彼女は容姿に不釣り合いな、風変りな話し方で自己紹介をした。
「……やぁ、初めまして。一応、自己紹介をしておきましょう。
―――私は」
Q・非日常は敵ですか?
A・ はい
⇒いいえ
これで、シリアス編?完結です。
駆け足だったので読みにくい文章になってしまいました。すいません。
これからは、色々と変わった七月達の世界でラブコメを続けていきたいと思います。
ここまで読んで下さった読者の皆様、本当に有難う御座います。