第二十八話 最終決戦
夕日を背負った悪魔は校門の前で悠然と佇んでいた。
その表情は逆光で推し量る事が出来ない。
「お兄ちゃん、皆に協力してもらうことにしたんだね」
「・・・」
「昔のお兄ちゃんだったらそんなこと思いつかなかっただろうね。本当に強くなったよお兄ちゃんは。
……でも、これでお別れだよ。これ以上は語る必要なんて無い。これで、最後にしてあげる。
――――じゃあ始めようかお兄ちゃん」
悪魔の言葉と同時に校門の外へ足を踏み出す。
皆も悪魔を捕らえるため肉薄しようとして
悪魔は逃げの一手に出た。
「なっ!?」
まさか逃げるとは思わなかった僕は動揺してしまった。
お試し期間中は別にして、これまで悪魔が逃げる事など一度も無かったのだ。
悪魔は既に影も形も無くなっていた。
皆も悪魔の潔い逃げっぷりに戸惑っている。
とりあえず全員で追いかけようとして、三月から制止が掛かった。
「待てっ!皆で追えば一番遅いもののペースに合わせなければならなくなる。
それでは時間の無駄だ。だから、ここは四手に別れた方がいい」
三月の提案では危険だと反論しようとしたが、それを遮り言葉を重ねる。
「ここで一番危ないのは戦えない米良だ。だから米良は七月に家まで送ってもらう。
米良はそのまま自宅で待機だ。その後、米良は七月に携帯を渡してくれ。
七月は携帯を持っていないからな。悪魔を見つけ次第連絡する」
「っ…分かりました。じゃあ電話番号を―――」
「七月の周囲の女の事は知り尽くしているから大丈夫だ!
三上と磯木は共に行動してくれ。どちらかを囮にしても構わないから連絡を頼む。
私と剣野は単独で悪魔を追う。行くぞっ!」
「って待ってよ!三月!そんなの危険すぎるよ!」
三月の無謀な提案に納得できず呼びとめる。
「七月!今はそんな事を言っている場合じゃないんだ!
明日になればおそらく米良が真っ先に狙われる。
米良じゃなくても三上が狙われれば結果は同じだ。
どちらにせよゲームオーバーだ。それじゃあ意味が無い。
だから、今日どれだけ無茶しようとも終わらせなければならない。
こうして話している時間すら惜しいんだ。
七月、頼む私達の事を信じて任せてほしい」
こんな風に頭を下げる三月を僕は初めて見た。
冷静になってみると僕には三月以上の案を持っていないことに気付く。
つまり、僕に出来る事は決断することだけだ。
だから僕も信じよう皆の事を。
「わかったよ三月。行こうっ、依緒!」
僕は依緒の手を取り走り出す。
皆も思い思いの方向へ走り出した。
「依緒の家ってこっちだったよね」
以前に依緒から聞いた話だと、僕の家に割と近かったので五分程で着く筈だ。
僕はその確認を取るも依緒から返事が返ってこない。
「依緒…?」
「…先輩、ごめんなさい。私がいなければ先輩も一緒に探せたはずなのに。
私が足手まといだから――――」
この期に及んで自分を卑下する依緒。
僕はそれが許せなくて言葉を遮った。
「ストーップ!それ以上は言ってもしょうがない事だから言っちゃ駄目だよ!
僕は依緒に知って欲しいと思った。だから、話したんであって、
僕は依緒をそんな風に悲しませたい訳じゃない。今回はこれが最善だったってだけだよ。
依緒は絶対に足手まといなんかじゃない。分かった?」
言い含めるように依緒に言うが、依緒は無言で俯いてしまったので効果があったかは分からない。
でも、強く握り返された手を信じて、振り返らず走り続ける。
三分程走った頃、依緒が声を掛ける。
どうやら、着いたようだ。
「依緒、それじゃあ僕は皆に加わるけどそれを気にしすぎちゃ駄目だよ」
「ふふっ、分かってます。先輩…頑張って下さい―――」
笑みを取り戻した依緒は、そう言って僕の頬に口付けた。
「帰ってきたらもっと凄いご褒美をあげます。だから……帰ってきてください先輩」
依緒は僕に悪戯っぽく笑いかけ携帯を手渡し、家の中に入って行った。
僕は踵を返し学校への道を引き返す。
再び学校に戻ってくる頃に電話が振動する。
おそらく三月からだろう。
僕は走りながら携帯に出た。
「もしもし、三月か?」
「ああ、そちらは無事に米良を送り届けたようだな」
「うん、三月の方はどう?」
「いや、まだ見つかっていない
どこに逃げるかの見当も付かないからな。
七月は何か心当たりは無いか?」
「ううん、悪魔が逃げるのも初めてだから見当もつかないよ」
「あの反応からしてそうだとは思っていたがな。
まあ、焦っても仕方が無いゆっくりと―――――」
「三月?もしもし三月?…三月っ!」
突如携帯からの三月の声が途切れた。
まさか悪魔に……?
っつ、そんな筈が無い!三月の無事を確認しなきゃ!
僕は三月を探すべく当て所も無く走り出した。
無事でいてよ三月!
***
「はぁ、はぁ……」
時間を確認する。後、十分も無い。
皆とは一度も会っていないし、悪魔も見つけていない。
でも諦める訳にはいかない。
悪魔を見つけて勝つ。
それで全てが終わる。
それだけが、僕の身体を動かしていた。
「頑張るね、お兄ちゃん」
後ろから声がした。
振り返り悪魔を視認。
同時に殴り掛かる。
「せっかちは嫌われるよ?」
僕の拳が当たる直前、身体が大きな何かに吹き飛ばされる。
受け身は取ったが身体にはかなりのダメージを受けてしまった。
しかし、構わずに悪魔に向かっていく。
悪魔の姿を目に捉え手に持つ物を確認する。
それは
「……なんで、お前がそれを」
剣野の大剣だった。
まさか、剣野がやられたのか?
「お前っ、剣野に何をっ―――――」
悪魔に問い詰めようとした瞬間、
悪魔の手が伸び僕の首を掴んだ。
「がっ…!?」
そのまま凄い力で引き寄せられる。
抵抗も出来ないまま悪魔の眼前まで来た僕は、
悪魔の背中から無数の触手が生えているの目にした。
それは、僕がよく見慣ている千早の――――
僕のその考えを遮るように触手の一本が首に吸いついた。
同時に首にチクリとした痛みを感じる。
悪魔は手の拘束を解き、僕はそのまま地に倒れ伏してしまった。
すぐさま立ち上がろうとして気付く。
身体が全く動かせない。
まさか、先程の触手が
「お兄ちゃん、知ってた?千早さんの触手には獲物を麻痺させる針があるんだよ」
……!やっぱり、あれは千早の触手だったのか!
ということはさっき手が伸びたのは結の力なのか?
こいつ…!皆に何を……!
「安心してよお兄ちゃん。少し皆の力を借りてるだけだから。皆の命には一切の別状は無いよ。
ふふ、でもここまで上手くいくとは思わなかったよ。
私が恐れていたのは三月さんだけだったから、皆の力を手に入れて倒そうと思ってたんだ。
思ったより執念深かったから思わずやりすぎちゃったけどね」
逃げるのが目的じゃなくて皆を分散させるのが目的だったのか…
そうだ、こいつはこれで最後にすると言った。
初めから逃げるつもりなんて無かったんだ。
僕たちはまんまとこいつの考え通りの行動を取ってしまったんだ。
例え僕たちが固まって行動してても明日になれば悪魔の勝ちになる。
だからこそ、ここで終わらせなければならないのに、
僕の身体はどれだけ力を込めようとも動こうとはしない。
「じゃあ、おわりにしようか?」
悪魔が一歩ずつ僕の方へ近づいてくる。
……これで、終わりなのか?
悪魔は僕の一歩手前で足を止め