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非日常は敵ですか?  作者: TS
第一部
32/40

第二十六話 悪魔

 悪魔と僕と兄は三人で見たことも無い空間にいた。

そこでは、疲れる事も痛みを感じる事も無く、お腹がすくことも無い。

ここは鬼ごっこに専念できる、最高の環境の筈なのだ。


その筈なのに僕は悪魔を捕まえるどころか、一度も触れることすら出来ない。


悪魔の逃げる速度は僕とほぼ同じ。

お互いに疲れる事が無いので永遠に鬼ごっこが続くのだ。

しかも、何も無い延々と続く、奇妙なマーブル模様の世界が精神的な疲労を蓄積させる。


僕が一度心を落ち着けるために止まると、悪魔が話し掛けてきた。



「七月様、そろそろ一週間が立ちますので通常空間に戻りますね」


もうそんなに時間がたっていたのか…


まだ全然捕まえられないのに、一体どうしたらいいんだろう…


僕が不安に思っていると視界がぐるりと回る様な感覚。

気が付けばそこは僕の家だった。


「それでは、明日からは本番ですね。頑張って下さい」


嫌味のような悪魔の言葉を聞いて、僕はある事に気付いた。


今の兄は何にも反応せずずっと黙っている。

その上かつての僕と同じだった銀の髪は白くなってしまっている。

このままでは学校を休ませるしかない。


それに、兄を心配しているだろう三月ちゃんには何と言おう。

悪魔のことは誰にも話せない。

となると、兄の事も何と説明していいのやら僕には分からなかった。

僕はこんなことになった兄の事を誰にも知られたくない。

兄は皆に尊敬される素晴らしい人だ。そのイメージを壊したくなかった。



悪魔にそのことで意見を求めると、とんでもない事を言い出した。



「私は一週間前に、桜様を事故死として扱うよう様々な人の記憶や記録を改ざんしています。


これ以上の記憶の改ざんをするとなると更なる対価が必要になりますが、それでもよろしいですか?」


よろしい訳が無い。

しかし、桜の事はかなり助かった。

兄は生きているからいいが、いなくなった人間の説明なんて出来る筈が無い。

鬼ごっこが長期化すれば誤魔化しも利かなくなるだろう。


ならどうすれば……



「七月様が五月様になればいいのではないですか?」


悪魔の突然の提案に理解が及ばない。


僕が兄になる?


どうやって?


僕の疑問顔に具体案を示す悪魔。



「七月様が気にしているのは五月様の体面ですよね?


でしたら、正常な七月様が五月様を演じればいいんです。


双子ですから見た目も変わりませんからね」


簡単そうに言う悪魔。だけど、僕なんかが兄のようになれる筈が無い。

それに、そんなことをすれば本当の兄はどうすればいいのか。

反応が無いのを利用して僕だと言い張るつもりなのか?


そんな僕の疑問に答えるように話は続く。



「七月様が五月様になる。


そして、五月様には七月様になってもらえばいいんです。


まあ、五月様は記憶ごと七月様になってもらいますが」


記憶ごと…?



「先程は記憶の改ざんに対価が必要と言いましたが、五月様一人なら問題ありません。


そこで、五月様には自身が七月様であると認識してもらいます。


そうすれば、桜様を殺害したことも忘れ以前のように会話することも出来るでしょう。


ただ…ショック状態を無理矢理解除する訳ですから、身体に何らかの異常が出るかもしれません。


しかし、これが最も誰にとっても問題のない解決策でしょうね。


それでは七月様、どうなさいますか?」


…確かにそれなら色々と誤魔化しは利く。

問題なのは僕が兄を演じきれるかということ。

(これは技術的な問題が多い。余程努力が必要になるだろう)


もう一つが全てが終わった後の事だ。



「…ねぇ、もし僕が勝ったらお兄ちゃんの記憶も元に戻るの?」


例え僕が勝ったとしても兄が自身を七月であると認識していたら意味が無い。



「その辺りは安心して下さい。七月様が勝利すれば、記憶の改ざんは全て解けるようになっております。


ついでに五月様の記憶から桜様の死についても取り除いておきましょう。


あと、桜様の事故死という事実も解けますので問題ありません」


胸を張って言う悪魔に疑問を覚える。

悪魔にそこまでするメリットがあるのだろうか?



「人間の方々には分らないかもしれませんが、


悪魔は人間に願われて初めて存在できるのです。


故に悪魔は願いに関しては真摯であるべきだと考えています。


過不足なく願いを完遂する。それが悪魔の存在理由です」


それは今まで見た悪魔のどの表情よりも真剣で、おそらく本当なのだろうと思った。


ただ、その瞬間に今まで気付かなかったことに気付いた。

桜を事故死扱いにしたが、悪魔が桜を演じれば早かったのではないか?


僕がそう伝えると、こともあろうに悪魔はこうのたまった。



「やですよ、めんどくさい。


もとい、色々人の世界に入ると誤魔化しが利かなくなりますからね。


世の中には勘の鋭い方がいますからね。ばれる可能性もあります」


最初の言葉が本音のように思えて仕方が無い。


僕がそう思って、じと眼で悪魔を見ていると、

突然、頬に手を当て恥ずかしがるようにもじもじとし始めた。


桜の格好でそんなことをやられると途轍もない違和感がある。

正直止めて欲しいのだが、そのまま悪魔は僕にとんでもない提案をした。



「賭けの勝利後のアフターケアは私のサービスですので、


対価は頂きません。代わりにお願いがあります。


私を妹として扱ってくれませんか?」


悪魔の訳の分からない提案に唖然とする僕。


それに一体何の意味が?



「私は今、桜様の身体をお借りしています。


それによって桜様の命は保たれていますが、精神はそうはいきません。


妹と認識されず悪魔と思われ続けると精神が歪んでしまうのです。


なので、私を妹扱いする必要があります。


だから私は七月様を兄と呼びたいのです」


明らかにこじ付け臭い上に、本音が最後に出ている気がする。


でも、悪魔の機嫌を損ねるのは得策じゃない。


だから、兄と呼ぶことは一応許可はしておく。


別に桜になり替わる訳じゃない。ただ僕を兄と呼ぶ存在が出来ただけだ。


「うん、分かった。好きに呼べばいい」


「…うん、じゃあよろしくねお兄ちゃん」


急に話し方が変わったな。

桜は僕をななちゃん呼ばわりしていたから、その顔で言われると違和感がある。



「お兄ちゃん、私はななちゃんの治療をしてくるから準備しといてね」


…そうか、ななちゃんはもう兄のことなんだ。


だったら僕も春野五月として振舞う必要がある。



「ああ、分かった。俺も準備をしてくる」


「……お兄ちゃんは俺って似合わないね。


これからは、俺禁止ね」


無茶苦茶な事を言う妹。


一体どうしろと?


「頑張って理由を付けて学校でも僕って言う事。


じゃないと……」



じゃないと……?



「殺しちゃうよ?」


首筋に冷たい感触。

後退り首に手をやるとすっぱりと切れていた。



「ふふふ、日和られても面白くないから、油断はしないでね。


いつでも、私はお兄ちゃんを殺せるんだから」



嬉しそうにそう言って七月を連れて奥に消えて行った妹。




僕は本当にこんな生活を続けられるのだろうか?


不安で堪らなかった。

けれどもう後戻りできない。



僕の世界は非日常に埋め尽くされてしまったのだから。



僕がこれ以上何も失わないよう、そして…



「僕の平凡な日常を取り戻すためにも……」




 負けられない








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