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非日常は敵ですか?  作者: TS
第一部
30/40

第二十四話 殺意

 それは僕がまだ小学五年生の頃の話。

その日の僕はいつも通り、部屋で本を読みながらくつろいでいた。

そんな時



突然扉が凄い勢いで開け放たれた。


何事かと思い振り返る僕。


僕の瞳にはじめに映ったのは、鈍く光る包丁。

次に、それを持つ僕の兄の姿。


冗談のようなその組み合わせが、脳で上手く処理されず理解出来ない。



「え、お兄ちゃん?どうしたの…」


いつものように話しかける僕。


しかし、兄は眼を血走らせ荒く息をついている。

そんな絶対に有り得ない、異常な光景に現実感が湧かない僕は


「おにい――――」


そのまま、疑問を重ねようとして


「なんで、おまえなんだよぉぉぉぉおお!!!」


兄の突然の怒号。


その声にようやく現実を認識し始める。


兄はそのまま僕に馬乗りになると、

包丁を突き付けながら詰問を始めた。



「なぁ、七月。どうしてお前なんだ?


俺はお前より運動も勉強も出来る。


なのに、どうして叶野はお前を選んだんだ?」


それはおそらく、前からずっと思っていたことなのだろう。

兄の歯に着せない本音の言葉に、僕の心は刃で傷つけられたような鈍い痛みを感じた。

それと同時に三月ちゃんが自分を選んだという事に疑問を覚える。



「お、お兄ちゃん…それは誤解だよ。


三月ちゃんはお兄ちゃんのことが―――」


「黙れっ!!お前の言うことなんて信じられるものか!


今までずっと俺の事を馬鹿にしてたんだろ?


無駄な努力を続ける俺を裏で嘲笑ってたんだろ?


……俺がどれだけ頑張っても叶野は手に入らない。


それは全て…全てお前のせいなんだよぉぉぉおお!!」


弁解する僕の言葉には耳を重ねず、恨みを連ねる兄の姿に絶望する。


もはや、僕の言葉は兄にとって一切の意味を持たない。そう気付いたから。

それでも僕は、それを受け入れる事が出来ず言葉を重ねようとする。



「お兄ちゃん、僕は三月ちゃんのことは何とも思っていないよ!


それに、三月ちゃんもお兄ちゃんの事が好きだと思うよ。


だから、僕も三月ちゃんとお兄ちゃんが付き合えるように手伝うよ。ね?」


言いながら悪くない提案だと思った。

三月ちゃんと兄が付き合えば全てが丸く収まる。

そうすれば、いつもの優しい兄が帰ってくるはずだ。


兄もその言葉を聞いて呆けたような表情をしている。


ひょっとして分かってもらえたのだろうか?



「――――――な」


何事かを兄が呟く



「おにい―――」


「――――ふざけるなよ。手伝う…?


お前が?何も出来なくて、俺の後ろを付いてくるだけのお前が?



ふっざけんじゃねぇぇよっ!!何様なんだよてめぇはッ!


俺を哀れみやがって……くそがっ……。


そうだ……そうだよ、お前さえいなければ良いんだ。



おまえさえいなければ―――――っ!」


兄がその言葉を発した瞬間、瞳に残っていた僅かな理性が霧散する。

代わりに瞳に宿ったのは純然たる殺意。


生まれて初めて浴びせられた殺意に僕の生存本能が反応する。



気が付けば兄を突き飛ばし部屋から逃げ出していた。


背後から音を立て追ってくる兄に恐怖を煽られ、


転がるように階段を落ちる僕。


僅かに意識が途切れ、視界がシャットダウンする。


視界が戻った瞬間に瞳に映ったものは包丁を持った兄の姿。


兄は歪んだ笑みを浮かべ僕に向けて包丁を突き刺す。


スローモーションのようにゆっくりとした映像に、



一つの影が飛び込んでくる。



そのまま兄は影に包丁を突き立てた。



影の背中から鈍く光る何か飛び出し、僕の顔に赤い液体が付着する。


これはなに?



「あ、うぁ、あぁぁぁぁ………」


兄が何か呻き声を上げながら床にへたり込む。

兄は何か赤い液体で全身を汚していた。


僕の前にあった影がゆっくりと傾いていく。

影はそのまま、床にばしゃりと音を立てて倒れる。


これはなに?



「ち、ちがう…俺が望んでいたのはこんなことじゃない…


お、俺は桜を殺すつもりなんて―――」


桜?


そうだ僕たちの妹だ。


今日は帰りが遅いのかまだ帰っていない。



じゃあこれは?


僕の目の前にある赤い何かで汚れたこれは



なに?



「うわぁぁぁぁあああ」


誰かの絶叫。

それは兄の口から放たれていた。



「あああぁぁぁぁ―――――」


次第に絶叫は治まっていき、兄が地面に倒れ伏した。

倒れた兄の瞳には何も映っておらず、僕に死んだ魚の眼を連想させた。



「……」


僕はこの狂った非日常の世界の中で一人考えていた。


何が原因なんだろう?

どうすれば良かったのだろう?


どうして桜は死んで――――――死んで?



桜が死んでいる。



それを認識した瞬間、腹の底から嘔吐感がせり上がってくる。


そうだ、僕の前に倒れているのは桜だ…


倒れた桜は全身を赤く染め、光を失った瞳はかつての桜からは想像出来ないほど濁っている。


もはや動くことのない妹の姿に、何も考えられず




妹と目が合った。



それは錯覚や気の所為で有る筈が無い。


確かな意思を持った明確な動きだった。



次いで指が動く。

力を込めるかのように指が閉じられていく。


次に腕。

腕を胴体へと引き寄せ身体を持ち上げていく。


そうして少しづつ身体を動かしながら起き上る妹。


実は死んでなんていなかったの?


そう思ったけれど、それは即座に否定された。

妹の口から放たれた言葉によって。



「……やぁ、初めまして。一応、自己紹介をしておきましょう。





―――私は悪魔です」


にこやかに告げるその姿に桜の面影は一切無い。




それが僕と悪魔の出会い。










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