第二話 影に生まれしモノ
1階へと降りる僕。しかしあと一段といったところで僕はそいつに出会ってしまった……
「あっ、五月。おは
というのは勘違いだったようで気にせずリビングに向かい歩を進める僕。
「えっ、ちょ何で無視す、ぐぼぁ!?
途中変な音を立てる障害物を蹴り飛ばした気がしたが時間もないので放置だ。
「俺が一体何をしたと?言…ぐぅおうぇっ!!
何となくローリーングソバットをかましたい気分だったので僕の背後に躊躇なく技を放つ。
ついでに、床に転がる産廃にビーフジャーキーを仕込んでおく。これで44秒の追加だ。
音もなく華麗にリビングに舞い降りた貴公子は洗顔を済まし、キッチンへと足を運ぶ。
しかし、そこで僕は多大なる失敗を犯してしまった。ふと視線を感じ窓の方を見てしまったのだ。
そこには―――
舌をガラスに這わせながら喜悦のあまりに歪んだ口で嗤う妹が、窓に蜥蜴のように張り付いていた。
いる。ではなく、いた。という表現の方が正しいだろう。なぜなら
「ぅおぉにぃ゛ぢゃぁぁん、どぉお゛ぁし゛たぁぬう゛ぉ゛ぉ?」
何十匹もの蛆が肌の上を這いずり回る、そんな錯覚を抱かせる声がしたからだ。
僕の耳元で
「っつ!!」
背後を見ないまま前方へ跳躍、僕の頬に鋭利な刃物で切られたような痛みが走る。
「えへへっ、さっすがおにーちゃん。逃げなかったら胴と頭が、さよならってしちゃってたよぅ〜」
指についた僕の血を美味しそうに舐める妹はとてもとても愉快そうに笑う。
「…そんなに血が飲みたければ七月のにしておけ。いまなら無料サービス実施中だぞ」
僕は呆れたように溜息をつき、ついでに七月ドリンクバーもお勧めしておく。
「あははっ、ななちゃんの血を飲むぐらいなら泥水でも啜ってるよ。
もぅ、お兄ちゃんはいっつも私に意地悪するんだから。そんなんじゃ、めっ!だよっ」
……はいはいと、僕は妹の戯言には適当に返事し、妹の凶行ついては一切触れずに朝食の準備を始める。
この程度で騒いでいたら身が持たない。これは春野家の常識であり、鉄則である。
朝食は面倒だったので、卵とパンで済ませておく。
僕は焼き上がったパンを齧りながらテレビの1コーナー「今日のプレデター」に心を癒されていた。
その際、床を這いずり回りながら埃を摂取している妹はなるべく視界に入らないよう注意しておく。
僕の心休まる時は一日の中でも大変稀であるが故、絶対に邪魔されたくはないのだ。
追記:朝の寿司占いは最下位。ダンプカーと鉄骨と隕石に注意だそうだ。
……どうしろと?
朝の占いで死を仄めかされた僕。しかし、何時までも気にしていてもしょうがない。
気合いを入れ僕は通学という名の地獄への一歩を踏み出した。ついでにゴミも踏んでおいた。
そんな僕の後ろを妹がぴったりとついてくる。
……さて、行くとしますか。
扉を開け放ち、跳躍するかのように一歩を踏み出す。
玄関から一歩出た途端背後の気配が膨張。しかし僕は振り返ることなく全力疾走をする。
僕の視界には塀の上を四つん這いで並走するとんでも人間が映っているが、無視。
前だけを見つめ決して速度を緩めはしない。捕まれば僕の短い生涯はここで幕引きとなってしまうからだ。
全力疾走に僕の頭が朦朧としてきた時、眼前に校門が映る。
だが、油断も安堵もできない。
そのままカールルイスもびっくりな速度で校門を走り抜ける僕。
妹は僕が校門を抜けると同時に動きを停止した。
「あぁ、口惜しや。あともう少しで兄者を喰らえたものを…」
遠く離れた妹は芝居がかった口調でそう呟き、残念そうに笑っていた。
下駄箱に着いた僕はようやく全身を緊張から解く。
……どうやら妹との賭けは今日も僕の勝ちのようだ。
文字通り命を賭した戦い。それは過去の僕の願いの代償。
結果として、僕は日常に愛想を尽かされ、非日常が世界を埋め尽くした。
平凡な日常こそが至上。非日常こそが敵。そう定めた僕。
だからこそ、非日常に負けるわけにはいかない。絶対に。
僕は前を見据え、しっかりと地を踏みしめ歩き出す。
僕が大切なものを失ったあの時、心に誓ったのだ。
僕がこれ以上何も失わないよう、そして…
「僕の平凡な日常を取り戻すためにも……」
―――負けられない
別にシリアスじゃないです。
むしろ「今日のエイドリアン」にするかどうかに一時間迷った話です。